摩耶夫人および天人像(東京国立博物館):六田知弘の古仏巡礼
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釈迦が母親の右脇から誕生する決定的瞬間だ。
踊っているかのような姿の母・摩耶夫人(まやぶにん=マーヤ夫人)、それを見守る三体の天人(侍者)、後に世界三大宗教の一つとなる仏教を開く赤子の釈迦。
今から2500年前、身ごもっていた摩耶夫人は出産のため故郷に向かう。旅の途中、立ち寄ったルンビニ(現・ネパール)の花園を散策している時、きれいに咲いた無憂華(むうげ)を見つける。その枝に右手を伸ばした瞬間、右脇から釈迦が誕生したという。こうした説話に基づく劇的な場面を表した、珍しい金銅の群像仏である。
髻(もとどり)が2つある髪型に結い上げた摩耶夫人は、広い袖の衣をまとっている。方形の顔や簡略な目鼻立ちの表現、抽象的な衣文(えもん)などから、飛鳥時代の製作と考えられる。
三体の天人像(一体は後の鎌倉時代の補作)は、衣の袖や裳(も)が風を受けてなびいているように見える。これは天空から舞い降りてきて釈迦の誕生を祝福する様子を表現しているのだろう。底には棒を刺す穴が残っており、それぞれ宙に浮いた状態で安置されていたと考えられる。
本像は、「法隆寺献納宝物」と称される作品群の一組である。法隆寺に所蔵されていた宝物約300点が、1878(明治11)年に皇室に献納され、戦後国に委託された文化財だ。法隆寺の末寺であった橘寺(たちばなでら)から移管されたと推測される。法隆寺金堂に収められていた仏像などの記録『金堂仏像等目録』(11世紀)に「灌佛具(かんぶつぐ)四体」と記されたものが、この4体の像はではないかと思われる。「灌佛」とは「灌仏会」の略で、4月8日に釈迦の誕生を祝して行う花祭りのこと。この日に誕生仏の頭に甘茶を注ぐのだが、この4体はこうした行事に使われた可能性がある。
本像は、右手を上げて左手を下げた姿の誕生仏(下)とは異なる、ドラマチックな釈迦の誕生シーンを表現している。脇の下から飛び出して7歩歩き、「天上天下唯我独尊(てんじょうてんげゆいがどくそん)」、この世に自分より尊いものはないと言ったと伝えられるが、2つの誕生仏を見比べてみるのも面白い。
摩耶夫人および天人像
- 読み:まやぶにん てんにんぞう
- 像高:16.6センチ(摩耶夫人)、11.5~13センチ(天人)
- 時代:飛鳥時代(7世紀)
- 所蔵:東京国立博物館
- 指定:重要文化財
バナー写真:摩耶夫人および天人像 東京国立博物館蔵 撮影:六田 知弘