仏像にまみえる

無著菩薩立像:六田知弘の古仏巡礼(5)

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仏像彫刻の最高傑作とも言われる菩薩像。無著(むじゃく)からの波動を感じた写真家がその魅力を余すことなく伝える。

リアルな表情に、息をのむ。

そこに生きている人間がいる。そう思わせる存在感が、緊張感とともに伝わってくる。遠くを見つめる穏やかな視線。玉眼を使用した瞳が、かすかな光を反射する。

右足をほんの少し前に踏み出す姿勢が、今にも動き出しそうな気配を感じさせる。

寄木造の本像は、興福寺北円堂の無著菩薩立像である。無著は、5世紀の北インド・ガンダーラに実在した人物だ。弟の世親(せしん)と共に、存在するものはただ心のみであると説く大乗仏教の唯識思想を発展させて体系化したと言われる。その思想が興福寺の宗派である法相(ほっそう)宗の教学を確立させた。

無着世親兄弟がその教えを弥勒(みろく)から授かったとされるため、北円堂の本尊である弥勒菩薩の脇に無著・世親の両像が安置されている。弥勒とは、釈迦に次いで仏になると約束された菩薩だ。

 興福寺北円堂は、藤原不比等(659〜720)の追善のために8世紀前半に建てられた。本尊を弥勒としたのは、不比等の弥勒浄土への再生を願ったためだろう。ところが1181年、源平合戦によって奈良の寺が焼き払われてしまう。その復興は1208年から始まり、この菩薩像をはじめとする新たな仏像が製作された。文献によると、その筆頭に運慶が記され、北円堂を担当した慶派仏師たちを統括していたと考えられている。

左脇の袈裟(けさ)を吊る鐶(かん=金属製の輪)は、中国・北宋(960〜1127)時代の絵画に見られるが、慶派仏師が日本で最初に彫刻作品に採用したとされる。無著が経典を入れた(仏舎利が収められているという説も)宝篋(ほうきょう)を左手で支え、右手をそっと添える表現は、とても大切なものを持つしぐさを再現している。仏像彫刻リアリズムの到達点と言ってもいいだろう。

無著菩薩立像

  • 読み:むじゃくぼさつりゅうぞう
  • 像高:193.0センチ
  • 時代:鎌倉時代
  • 所蔵:興福寺
  • 指定:国宝

バナー写真:無著菩薩立像 興福寺蔵 撮影:六田 知弘

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