第4回:庶民に愛された稲荷神、祭神になった“白ギツネの息子”安倍晴明
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稲荷神と稲荷神社:五穀豊穣、商売繁盛を願う
八幡神(はちまんしん)への信仰が武士を中心に広まり、全国へ展開していく一方で、庶民の間で広い信仰を集めたのが稲荷神である。
稲荷神は、後に「古事記」「日本書紀」に穀物の神としてその名が登場するウカノミタマと同一視されていくが、もともとは民間伝承から生まれた神だ。
稲荷神の総本社は京都の南にある千本鳥居が有名な伏見稲荷大社である。奈良時代初期の伝承によると、裕福な渡来系氏族の秦伊呂具(はたのいろぐ)が、あるとき餅を的にして矢を放とうとすると、餅は白鳥となって飛び去った。白鳥が舞い降りた山の峰に稲が生えたことから、その山は「稲成り(いねなり)」転じて稲荷山と呼ばれるようになった。そこに社が作られ、現在の伏見稲荷大社へとつながっていく。
平安時代の初め、伏見稲荷に近い平安京(京都)の南に、空海(弘法大師)が教王護国寺(東寺=とうじ)を開き、土地の神として稲荷神を祭る。空海の教えが全国へと広まっていくとともに、稲荷神も全国展開することとなった。
由来が「稲成り」であることからも明らかなように、豊作や五穀豊穣(ほうじょう)を祈願する神であったが、都市部にも信仰が拡大すると、商売繁盛のご利益を求める人も増えていった。江戸時代、江戸の市中にはどこでも稲荷の社を見ることができたという。現在でも稲荷を祭った小さな祠(ほこら)は、商店街などでも見かけることが多い。
稲荷神社というと、目につくのが狐の像だ。宝珠や蔵の鍵、稲穂などを口にくわえている像もある。
前述のように、古い伝承では、稲荷神は白い鳥と関わっており、狐は登場しない。しかし、いつのころからか稲荷神の神使(しんし)は狐であるとされ、「稲荷あるところに狐あり」はなじみ深い風景となっている。
稲荷神と狐が結び付いた理由は明らかではない。狐は春先に山からいち早く下りてくるので、田の神を先導する動物と考えられたとか、尻尾が豊かに実った稲穂を連想させるから、あるいはスズメなどの米を食う害獣を駆除するから、など諸説ある。
不思議な力を発揮する “ヒーロー” 安倍晴明
いつの世にも人々は悩み苦しみ、この先どうなるのかを知りたいと願う。平安時代の呪術師・安倍晴明(あべのせいめい・921~1005年)は、不思議な力を発揮してそうした人々の願いに応える超人的な存在として神格化されていった。
古代中国の思想に「陰陽(いんよう)五行説」がある。世界のあらゆるものは陰と陽の2つの気で成り立つという陰陽説と、世界が木・火・土・金・水という5つの要素(五行)の循環や相互作用によって運行し、変化していくとする五行説が結びついた思想だ。
陰陽五行説は日本文化に大きな影響を与え、日本古来の「卜占(ぼくせん)」などとも結び付き、「陰陽道(おんみょうどう)」として独自に展開した。特に平安時代には、日本人の暮らしと深く関わっている。陰陽道を基に天文や地相から吉凶を判じ、暦の制作も担う呪術者を陰陽師と呼んだ。その中で最も人気があり、ヒーローともいえる存在が晴明だった。
◆晴明神社
安倍晴明は、天を見て吉凶を判断し、なにか異常があれば天皇に奏上する「天文密奏」役も務めていた。貴族たちの信頼も厚く、身の回りに起きた異変などを相談していたようだ。もちろんそれは呪術にまつわるような不思議な事柄だ。
また、式神という鬼神を使役し、日常の世話をさせ、彼の名声をねたむ僧侶たちの前で、直接手を触れずにカエルを殺してみせるなど、強力な呪術を駆使したと伝えられる。
晴明の死後まもなく、一条天皇が晴明を称えるために彼の屋敷跡に造らせたとされるのが、京都市の晴明神社である。神紋は陰陽五行説を表す「五芒星(ごぼうせい)」だ。境内には、晴明が湧き出させたと伝えられる井戸や、式神の像もあり、今も晴明ファンでにぎわっている。
◆葛葉稲荷
晴明の出生については、「葛の葉」(くずのは)という白ギツネが、人間の女性に姿を変え安倍保名(あべのやすな)と夫婦になって、産まれた子だとの伝承が残る。晴明の人並外れた不思議な力の根源を狐に見いだしたのだろう。
大阪府和泉市葛の葉町には、母ギツネの「葛の葉」を祭る信太森がある。葛葉稲荷神社の通称で知られており、特異な能力を持つ安倍晴明を産んだとされる狐だからか、安産や子宝を願う人が多い。
平安時代から現代に至るまで、晴明の活躍ぶりは説話、浄瑠璃、歌舞伎、小説、マンガや映画など、さまざまなメディアで描かれてきた。どれほど科学が発達しても、占いや呪術に頼りたい思いは消えない。晴明信仰は、そうした人間の性(さが)とも結び付いているのだろう。
バナー写真:さとうただし(イラスト)