感染症の文明史 :【第1部】コロナの正体に迫る

4章 新型コロナが残したもの:(3)1000万人のコロナ孤児が待ち受ける過酷な運命

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コロナ禍で孤児となった1000万人以上の中には、貧困層や人種的・民族的マイノリティーとしてもともと弱い立場に置かれていた子どもが多い。彼らは、教育、幸福度、健康の面でさらなる重荷を負わされることになった。また、コロナ禍はエイズへの関心を低下させ、検査や治療の遅れでエイズ孤児をさらに増やす恐れがある。パンデミックは社会の脆弱(ぜいじゃく)層を狙い撃ちにする。

1000万人以上のコロナ孤児

新型コロナによる全世界の死者数は、2023年3月時点で約690万人という膨大な数にのぼる。埼玉県の人口が730万人、千葉県の人口が630万人だから、大都市圏の一つの県に暮らす人々がそっくり消えてしまったことになる。この死者の陰で多くの孤児(0~17歳)が発生していた。親もしくは保護者を失った子どもの数は、2022年5月1日現在、世界で約1050万人にのぼるという推定を、米国小児科学会が発表した。米疾病予防管理センター(CDC)、世界保健機関(WHO)、国際児童基金(UNICEF)など13の国際機関が協力して調査したものだ。

米ハーバード大学などの研究チームによると、2020年4月1日から 21年6月30日までの間に、米国だけで約 12万人の子ども(18歳未満)が、親や親権を持つ祖父母、介護者を失ったという。さらに2万2000 人の子どもが、2次介護者(主として祖父母や親戚)の死を経験した。孤児の問題は新型コロナ流行における現在進行中の2次的な悲劇であり、パンデミックがつづく限り次の世代に引き継がれていくことになる。

孤児の発生には人種的、民族的、地理的な差がある。米国の総人口の61%を占めるのは白人だが、コロナ孤児の65%までが人種的・民族的マイノリティーの子どもだ。孤児となることは子どもに過酷な境遇を強いることになる。学校の中退、自殺、暴力被害、性的虐待、搾取などに陥るリスクが高まる。研究チームは「これらの調査結果は、パンデミックによってもっとも脆弱な立場に置かれた子どもたちの実態を明らかにしている。今すぐに彼らを守る施策が必要だ」としている。

新型コロナによる死亡率と入院者数は先進国では減少している一方で、低所得国では死亡者数が増加している。低所得国の人口の3分の1がワクチン接種を受けていない。インドでは流行の激しかった2021年春には毎日4000人前後が命を落とし、このために孤児が急増した。2020年3月から2021年4月までの間に、インドでは10万人以上の子どもが孤児になったであろうと国連の「児童の権利委員会」(CRC)は推定している。

インドの主要ニュース週刊誌「インディア・トゥデイ」の調査報道によると、怪しげな複数の組織がSNS などを通じてコロナ孤児の人身売買取引を持ちかけているという。ある組織は、2人の孤児を150万ルピー(約250万円)で売りに出していた。病院の医師が違法取引を仲介する例もあった。

国連児童基金(UNICEF)のヘンリエッタ・フォア事務局長は、「新型コロナによって生まれたもっとも脆弱な存在は孤児たちだ。家族や家庭から引き離された子どもたちの権利を守り、彼らをウイルスのまん延から保護するために団結することは、国際社会の責務だ」と訴えている。

キャンベラにあるオーストラリア国立大学(ANU)の研究チームが、コロナ孤児の組織的な調査をつづけている。オーストラリアでは、2023年1月末までに関連死を含めて約2万人が死亡した。この事実から推定すると、約 2600人が孤児になった可能性がある。関連死を含めて新型コロナの死者100人ごとに、約13人の子どもが両親の一方または両方を失ったとみられる。

研究者のひとりコラム・コーは、「成人と高齢者に比べて、新型コロナの18 歳未満の死亡率は極端に低い。これは、一家で感染すると親や介護者は死亡しても子どもだけが生き残り、彼らが孤児になる可能性が高いことを意味する。孤児の増加は、パンデミックの隠された悲惨な現実だ」と述べている。

「孤児は、精神衛生、健康、教育、長期的な幸福度などの面で大きな被害を受ける。新型コロナは現世代だけでなく、次世代に大きな禍根を残したことを忘れてはならない。とくに、先住民や農村地域に暮らす家族のようにきずなが強いコミュニティーでは、両親の一方または両方の死は子どもたちに強い精神的な打撃を与える」

ペスト禍では捨て子が横行

感染症の歴史を振り返ってみると、パンデミックが起きれば必ず多くの孤児が社会からはじき出されてきた。14世紀に欧州を席巻したペストがもたらした荒廃は史上最悪の悲劇を招いたが、とくに子どもたちにとっては過酷なものになった。わが身を守るのが精いっぱいの大人たちは、子どもをかまってなどいられない。当時の年代記作者の記述には、両親による「子捨て」が横行した事実が数多く語られる。

イタリアの年代記作者が書き残した記録には、こんな一節がある。「ある子どもがこう叫んでいる。お父さん、どうして私を見捨てたの。 私があなたの子どもであることを忘れたの。お母さん、どこへ行ったの。昨日はあんなに優しくしてくれたのに。今はどこにいるの」

ジョヴァンニ・ボッカチオの『デカメロン』は、1348年にイタリアのトスカーナ地方を襲ったペストの流行から逃れるために邸宅に引きこもった10人の男女が、退屈しのぎに交代で面白い話を語り合う物語だ。当時のペスト流行の様子が生々しく語られている。「教会の墓地という墓地に深い溝が掘られて、運ばれてきた亡きがらが何百となく投げこまれた。死体は層をなし、たちまち溝からあふれ出した」。さらに「ほとんど信じられないことに、父親と母親が自分の子どもを自分のものではないかのように育てたり助けたりすることを拒否した」という一節もある。

1918年から 1920年にかけて世界がスペイン風邪のパンデミックに巻き込まれたとき、両親のひとりまたは両方を失った子どもたちが街にあふれ出した。米国では、67万5000人が死亡したが、その約半数は20歳から45歳の子育て期にあり、 孤児の数は数十万人に上ったと思われる。たとえば、1918年の最悪の3カ月間で、ニューヨーク市では2万1000人、ペンシルベニア州では4万5000人が新たに孤児となった。孤児は貧困層に集中した。

新型コロナの流行でエイズへの関心が低下

1980年代にはじまったエイズの世界的な流行も、現在までに8420万人の感染者と約4010万人の死者を出し、いまだに収束していない。感染者の数はドイツの人口に匹敵し、死者数は新型コロナの約6倍にもなる。このパンデミックで膨大な数の子どもが孤児となった。WHOの推定では流行開始から2020年末までに、190万人の子どもたちが両親のひとりか両親を失った。彼らの4分の3は、サハラ砂漠以南のアフリカに暮らしている。

私は、エイズ孤児の発生がピークを迎えた2000年前後に、アフリカ南部のザンビアにある日本大使館で働いていた。エイズ死者数のワースト10に入る国で、エイズはあまりにも日常的だった。大使館の現地職員やその家族、レストランや理髪店の店員、出入り業者らが突然に姿を消し、しばらくたってからエイズが原因で亡くなったことを知らされた。

エイズの感染経路は輸血、注射の回し打ちなどさまざまだが、性感染症がもっとも多い。婚姻者間でのエイズ感染は、子どもが両親を失う可能性が高いことを意味する。一時はアフリカの大都市にあふれたストリート・チルドレンも、エイズ孤児が目立って多かった。これらの子どもたちの大半は物乞いや強盗、少女の多くはセックス・ワーカーとして生きざるを得ない。親を失った子どもたちは、自分では解決できない重荷を背負わされた最弱者といってよいだろう。

私もザンビアの孤児院や病院などを回って実情を聞き取り、日本のNGOにも支援を呼びかけた。15歳ぐらいからセックス・ワーカーとして働き、本人もエイズに感染した少女が数多く収容されていた。男児の場合には、拉致(らち)されて少年兵として反政府軍に組み込まれる例が後を絶たなかった。

現在でも、年間10万人を超える子どもたちがエイズ孤児となっている。国連の新たな報告書は、「新型コロナの流行によってエイズへの関心が下がっている」と懸念する。感染率の高いアフリカ諸国における乳児のエイズ検査は 50~70%も減少し、14 歳未満の子どもに対する新たな治療はこの3年間で25%も減った。いくつかの国では、感染者の医療施設への収容、妊産婦の エイズウイルス(HIV) 検査および抗ウイルス薬の治療開始が大幅に遅れるようになった。こうした事態も新型コロナのパンデミックがもたらした悲劇だといえよう。

(文中敬称略)

4章 新型コロナが残したもの:(4)蚊帳の外に置かれた日本のワクチン開発 に続く

バナー写真=新型コロナのパンデミックの中で、イード アル フィトルの祈り(ラマダンの終わりを告げる祈り)をささげるイスラム教徒。南アフリカ・ケープタウンのモスクで。2021年5月14日撮影(この写真は記事の内容に直接の関係はありません)(Photo by Xabiso Mkhabela/Anadolu Agency via Getty Images)

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