感染症の文明史 :【第1部】コロナの正体に迫る

3章 新型コロナはどう収束するのか:(6)「新・新型コロナ」の恐怖:都市化や温暖化が休眠中のウイルスを覚醒

社会 政治・外交 科学 国際・海外 環境・自然・生物

新型コロナ感染症が過去のパンデミック(世界的大流行)と異なるのは、グローバル化が進んだ地球環境がこれまで以上にウイルスにとって拡散しやすくなっていることだ。現代社会の在り方を大きく変革しない限り、「新・新型コロナ」が登場する可能性がある。

収束しても再興するリスク

新型コロナ、SARS、MERSは、過去数十年の間に新たに出現した感染症であり、「新興感染症」と呼ばれる。HIV/エイズ、ラッサ熱、エボラ出血熱などもこのグループに入る。これに対して、収束したかにみえて再び勢いを盛り返したものを「再興感染症」という。

新興感染症を引き起こす3種類のコロナウイルス

「再興感染症」の代表選手は、インフルエンザであろう。変異の激しいウイルスで、いつ新たなパンデミックを起こすか分からない不気味な存在だ。「3密」のコロナ対策が効果的だったのか、しばらくおとなしくしていたが、世界保健機関(WHO)は、2022年12月1日、新型コロナとインフルエンザの同時流行が一部ではじまったと警告した。厚生労働省も「新型コロナ・インフル同時流行対策タスクフォース」を発足させて警戒している。

最近、身の回りの感染症で怖いのは結核である。日本におけるここ数年の結核患者の傾向をみると、70歳以上の高齢者が約6割を占める。これは、昭和20~30年代に感染し、若いうちは発症が抑えられていたのが、高齢になって免疫力が落ちたことなどから発症する人が増えたとも考えられる。

戦前の日本では、結核は「国民病」や「亡国病」と称されるほど猛威を振るった。1933(昭和8)年当時、15~34歳の若者にかぎっても結核死亡者はこの年代の死亡者数の6割以上を占め、死亡原因のトップだった。しかし、1951(昭和26)年に改正された「結核予防法」に基づいたツベルクリン検査、BCG接種、医療費の公費負担などの施策によって抑え込まれていった。死亡者数は着実に減り、「過去の病気」と言われるようになり半ば忘れられていた。

ところが、1997年に年間の患者数が38年ぶりに増加に転じ、その勢いが止まらない。そして集団発生、病院内感染、耐性菌の出現など、さまざまなニュースが報じられるようになった。新規患者数は横ばいだが、毎年約2万人が発症して約2000人が亡くなっている。

梅毒の感染者も急増している。2012年までは年間1000人を下回っていたが、2013年ごろからは1200人を超え、その後も増加し、2022年には梅毒患者報告数が1万人を突破した。このほかにも、子宮けいがん、性器ヘルペスといった性感染症が増加の一途をたどっている。原因は若い世代の性行為の多様化や海外からの観光客の急増が挙げられている。

物理学者の寺田寅彦(1878~1935)の名言を借りるまでもなく、感染症の流行も「忘れたころにやってくる」のだ。地球に住むかぎり、地震や感染症から完全に逃れるすべはない。地震は地球誕生からつづく地殻変動であり、感染症は生命誕生からつづく微生物の活動によって引き起こされる。

過密社会はウイルスの培養器

今後の新型コロナの行く末を考える上で、過去のパンデミックになかった要因を探し出すことが重要だ。飛沫(ひまつ)や空気を介して感染を広げるコロナウイルスにとっては、21世紀の大都市の過密社会は格好の培養器である。歴史に残るパンデミックもほとんど都市が震源地になったが、緊密度が格段に異なる。

スペイン風邪が流行した1920年の世界人口は25億人だったが、2022年11月には80億人を超え3倍強になった。この間に都市人口は、2億2000万人から約20倍に膨れ上がった。その結果、約100年で1平方キロあたり約5人だった人口密度が60人と、12倍にもなった。

総人口のうち都市部に住む人口の割合を「都市化率」という。国連の「世界都市人口予測」によると、1950年当時、世界の都市化率は30%にすぎなかったのが、2007年に人類史上初めて都市人口が農村人口を上回った。2018年に都市化率が55%になり、このままでは2050年には68%にまで上がると予測される。

しかも、都市の人口増と農村から都市への流入、そして近年は国によって海外からの移民・難民が都市人口に加わっている。2010~25年の間に世界の100万人都市は324から524に、1000万人以上のメガ都市は19から27に急増する予測だ。都市の外国人の集住はさまざまな社会的軋轢(あつれき)を生んでいるが、人の移動に伴って世界各地からさまざまな細菌やウイルスが入り込み、国際都市は感染症の温床になりつつある。そして大都市から地方都市へと感染が拡大していく。新型コロナの感染拡大の様子などからもそれは明らかだ。

新型コロナの「終わらせ方」を考える場合、「地球環境保護」が鍵となる。このシリーズで中国・雲南省や西アフリカの森林破壊を報告したが、環境破壊によって自然宿主(しゅくしゅ)のコウモリがすみかを追われて人里に出没するようになったことが、ウイルス拡散の原因と考える専門家が多い。

さらに、気候変動という新たな要因もウイルスの拡散を加速させている。東南アジアのコウモリの調査では、温暖化によってコウモリの活動範囲が広がってウイルスを他の哺乳類に拡散しやすくなっていることが研究者によって明らかにされた。『ウイルスの惑星』の著者カール・ジマーは「気候変動によって今後50年間で何千ものウイルスが哺乳類のある種から別の種にジャンプするようになり、新たなパンデミックを引き起こすリスクを高める」と述べている。

蚊の行動も気になる。蚊はマラリア、デング熱、ジカ熱、日本脳炎など20種を超える感染症の媒介者である。地球上もっとも多くの人間を殺している動物は、サメでも毒へビでもなく蚊である。熱帯地域から温暖地域に生息域を拡大することによって、マラリアの原因になるハマダラカの活動範囲が広がっている。

医療の発展、環境の整備などにより先進国ではマラリアは終わったように見える。しかし、1999年に米国内で1例が報告され、数年後にはほぼ全州で推定300万人が感染した。日本では、2014年に代々木公園を中心に108人が感染したデング熱が集団発生した。蚊が媒介する感染症は終わっていない。

米ジョージタウン大学のコリン・カールソンは、「種の移動が活発化すると、動物の異種間でウイルスを共有する機会が生まれ、感染症が増える可能性がある」として、温暖化に伴うスピルオーバーの増加をシミュレーションしている。温暖化で気温が上昇するにつれ、多くの種が赤道を離れてより快適な生息地に移動することが予想されるという。

「新・新型コロナウイルス」出現の可能性も

「コロナ3兄弟」はほぼ10年の間隔をおいて発生したが、これはコロナウイルスがヒトに感染できるように変異するのに要する時間かもしれない。新型コロナが現在も絶えず進化して、すさまじい勢いで次々に変異株を生み出しているのをみていると、近い将来に「新・新型コロナウイルス」が出現する可能性も否定できない。あるいは、別のウイルスによるパンデミックが起きるかもしれない。

ヒトはウイルスに対して謙虚になるしかない。アインシュタインはこう語った。「自然が見せてくれている姿は、ライオンの尻尾ほどでしかない。しかし、尻尾はあくまでライオンの一部であり、私は巨大な体全体を見渡すことができないことを知っている」

(文中敬称略)

4章 新型コロナが残したもの:(1)悲惨極まりない戦時下のコロナ感染 に続く

バナー画像=毎週木曜日の午後8時、エッセンシャルワーカーに対する一般市民の謝意を込めた拍手に、病院の窓から手を振って応える医療従事者。2020年4月23日、英国ニューポートで撮影(この写真は記事の内容に直接の関係はありません)(Photo by Matthew Horwood/Getty Images)

(感染症の文明史:【第1部】コロナの正体に迫る 3章「新型コロナはどう収束するのか」完)

医療 グローバル化 感染症 医学 医療・健康 インフルエンザ コロナウイルス コロナ禍 コロナワクチン シリーズ感染症の文明史 コロナの正体