3章 新型コロナはどう収束するのか:(5)3通りの「収束」から考えるパンデミックの夜明け
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根絶には専門家の4割が否定的
「コロナ3兄弟」で、SARSは「自滅」し、MERSは今もって「ドサ回り」をつづけて収まる気配はない。では、末弟の新型コロナはどうなっていくのだろうか。2020年に新型コロナが感染爆発したとき、新聞、雑誌、テレビなどから取材やアンケート調査で「新型コロナはいつどのように終わるのか」という質問を何度か受けた。
過去のさまざまなパンデミックの最後を思い出してみたが見当がつかず、公衆衛生学の大御所である米ハーバード大のウィリアム・A・ヘーゼルタインの以下のような言葉を引用して、その場を取り繕った。現在でも、これが大方のウイルス専門家のコンセンサスといってよいだろう。
「感染症の歴史に照らしてみて、運が良ければSARSのように突然変異によっていずれ自滅する可能性があるが、その保証はない。新型コロナのパンデミックの収束には数年かかるかもしれず、私たちはそれを覚悟する必要がある」
英科学誌「ネイチャー」が、2020年4月に新型コロナウイルスを研究する約100人の各国の免疫学者、感染症研究者、ウイルス学者に、「今後このコロナウイルスを根絶できるかどうか」のアンケート調査を行った。回答者の89%が、「将来、新型コロナは風邪のような日常的な病気になり、世界の人びとの間で循環しつづける」と答えている。また「特定地域から根絶できるか」の問いには4割が否定的だった。その後もさまざまな予測が発表されたが、その多くがはずれる結果になった。
ワクチンと変異株のイタチごっこ
感染症が「収束」に至る過程には、「制圧」「排除」「根絶」の3段階がある。ワクチンやロックダウンなどの規制策によって、新規感染率や死亡率を減らしていくのが「制圧」。さらに世界全体として極めて低いレベルに抑え込む、あるいは特定の国や地域の新規感染者をゼロにするのが「排除」。世界全体で感染者をゼロにするのが「根絶」である。「制圧」や「排除」では再燃する可能性があるので、究極の目的は「根絶」(疫学的収束)にある。
まず、パンデミックの「収束」とはどんなことを意味するのだろう。過去のパンデミックを振り返ってみると、3通りの「収束」があった。
1番目は、「医学的な収束」だ。
ワクチン接種や治療薬などによって感染率と死亡率が大きく減少して収束することがあるが、この成功例は1980年に世界保健機関(WHO)が根絶宣言を出した天然痘だけだ。
58年にはじまった「世界天然痘根絶計画」は、当初は全人類にワクチン(種痘)を接種するはずだった。しかし、保健医療体制が脆弱(ぜいじゃく)な発展途上地域では困難で、感染者を徹底的に探しだし、その人が接触したすべてに接種する「封じ込め作戦」に転じた。さらに報奨金を与えることで感染者を見つけだす方式が功を奏した。
WHOは次の目標をポリオにしぼり、88年に根絶計画がはじまった。だが、予想以上に困難で、約20年かけて成功した天然痘に比べ、35年たった現在でも根絶できていない。それでも成果は上がり、かつて世界約125カ国で推定35万人の感染者が発生していたのが、2020年には世界で140例にまで減った。しかし、もう一歩のところで足踏みしている。
新型コロナの場合、通常10年以上かかるワクチン開発をわずか1年で完成させた。驚異的なスピードだ。ワクチンは1兆円産業であり、各国とも「威信」と「国運」を賭けて取り組んだ。だが、日本は開発競争から大きく後れをとってしまった。いずれにしてもワクチン製造はむずかしく、新型コロナの兄弟分のSARSとMERSはついにワクチン開発が間に合わなかった。
新型コロナウイルスの免疫が長続きしない例が数多く報告されている。感染したりワクチンを接種したりしても、再感染する恐れがある。しかも、新たな変異に効果のあるワクチンが開発されても、すぐにそれを回避できる変異株が出現するイタチごっこが今後もつづいていくかもしれない。
さらに、医学的に収束したとしても新たな問題が発生する可能性が、豪バーネット研究所のブレンダン・クラブらによって23年1月に学術誌に発表された。それによると、感染者の1割以上が、4カ月以上も重度の疲労、脳障害、神経系の機能障害、吐き気、息切れなどの後遺症に悩まされるという。原因は、新型コロナが単なる呼吸器疾患ではなく、血管の炎症を引き起こすためとしている。一方、米国退役軍人省による15万人の感染者の分析でも、発病したときの症状に関係なく、感染後1年以内に心不全や脳卒中などの心血管疾患のリスクが増加したという。
薄れる新型コロナに対する恐怖心
2番目は、「社会的な収束」だ。
サッカーのワールドカップ・カタール大会の中継を見て、驚いた方も多かったのではないか。マスクをしている観客は全く見当たらなかった。きびしいマスク着用を強制されていた中国人も同様で、「中継を見て、世界の現状はマスクなしと知った」という声が中国内で報じられ、その結果、一部では政府に抗議する暴動にまで発展した。結局、政府も規制を緩和せざるを得なくなった。私自身、先日仕事で米カリフォルニア州とメキシコを回ってきたが、空港でも機内でもマスク姿は日本人以外見掛けなかった。
最近では移動や行動の制限がつづいて人びとが疲れ果て、ウイルスに対する恐怖心も次第に薄れてきた。期待していた集団免疫の効果もみえてこない。「うんざりした。もうどうにでもなれ」とマスクをかなぐり捨てる人が増え、さまざまな規制も無視される。こうした状態は、医学的に収束する前に社会的に収束したと言ってもいいだろう。
WHOによる「パンデミック宣言」は現在も発令されたままだが、コロナ禍は欧米ではもはや過去のものとなりつつある。初期の流行時には、誰もが未経験の事態に直面したことで、社会全体で自粛する動きがみられた。しかし、緊急事態宣言が何度も繰り返されるうちに、人々に「慣れ」が生じて、その実効性は薄れていった。
政治犯としてシベリアで4年間の流刑生活を送ったドストエフスキーは「人間は何事にも慣れる存在。これが人間のもっとも適切な定義だ」(『死の家の記録』)とつづった。まさに世界中がこの定義通りに行動しはじめたようだ。
この3年間の流行も、規制が緩めば再び流行の波が押し寄せ、また規制を強めるということの繰り返しだった。ワクチンや感染拡大によって集団免疫を確立できるのか、それともウイルスの変異がそれを上回るのか。「社会的な収束」がいくら進んでも、周囲に高熱で苦しむ人がいたら、「収束」とは呼べないだろう。「医学的勝利」が伴ってこそ、「社会的な収束」がやってくるような気がする。
鍵を握る政治主導のコロナ対策?
3番目は、「政治的な収束」だ。
新型コロナの感染拡大防止のための公的規制によって、国を二分するような対立を生んだ国も少なくない。米テキサス州のグレッグ・アボット知事(共和党)は2021年3月2日、州内の新型コロナ対策について、マスク着用義務を解除し、商業活動を全面的に再開すると発表した。米国のいくつかの州では、公衆衛生の当局者が時期尚早だと警告しているにもかかわらず、州知事が規制を解除し、商店や施設などの営業再開を認めた。同年11月の大統領選では、トランプ大統領(当時)率いる保守派はマスク着用を拒否して選挙の争点になった。皮肉なことにトランプ大統領夫妻は検査で陽性になり、側近や関係者ら29人に感染が確認された。
ブラジルのボルソナロ前大統領は、一時は、ブラジルのコロナ死者数が米国に次いで世界で2番目に多かったにもかかわらず、「新型コロナはただの風邪」と呼んでロックダウンを拒否、積極的な対応をとらなかった。しかし、その結果、ついには国内の死者が60万人を超えた。支持率が低迷し、ボルソナロ氏は、低所得層への現金給付策などで巻き返しを図ったが、22年10月の大統領選で敗れた。
政治主導のコロナ対策の典型は英国であろう。ジョンソン首相(当時)が、コロナ規制について「もう終わりだ! すべて元に戻す!」と宣言、22年2月に全ての規制を撤廃し、補助金も停止した。首相は「現代史においてもっとも暗く過酷な2年間だった」とコメントした。その後、心配されたような感染爆発は起きなかった。
政治的収束を狙うのは、ポピュリスト的な政治家が多い。そこには、スタンドプレーやコロナ禍を自分の人気とりや選挙対策などに利用しようという下心が透けてみえる。米ハーバード大学の歴史学者、アラン・ブラントはこう語る。「病気が医学的に抑え込まれて収束するのではなく、人びとがパニック状態に疲れて、自粛生活にうんざりしてパンデミックは終わる。新型コロナの収束は政治的なプロセスによって決まるのではないか」
(文中敬称略)
3章 新型コロナはどう収束するのか:(6)「新・新型コロナ」の恐怖:都市化や温暖化が休眠中のウイルスを覚醒 に続く
バナー写真=新型コロナに感染して3日間入院した後で、ホワイトハウスに戻ってきてマスクを外すトランプ大統領。2020年10月5日撮影(Photo by Win McNamee/Getty Images)
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