感染症の文明史 :【第1部】コロナの正体に迫る

3章 新型コロナはどう収束するのか:(3)変幻自在なオミクロン株

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激しく変異を繰り返したり、一度消滅したウイルス感染が復活したり、ウイルスワールドには謎が多い。感染やワクチン接種で免疫を獲得しても、ウイルスの再感染と他の人への感染を完全に防ぐことができるかについても分かっておらず、新型コロナの出口がなかなか見えてこない。

前回紹介したオミクロン株が最初に出現したのは、2021年11月。すでにボツワナなどアフリカの南部一帯に広がっていたようだ。11月11~16日に南アフリカの感染者の検体からはじめてこの変異株が検出された。これを機にオミクロン株は爆発的に拡大し、それまで主流だったデルタ株を押しのけて最大勢力にのし上がった。この主役の交代は、大事件だった。デルタ株よりも重症化率は低いものの伝染性がきわめて高く、猛スピードで変異を起こすからだ。

オミクロン株は系統樹を見ても分かかる通り早い段階で祖先株と枝分かれしたが、他の系統からは孤立している。ある日突然に現れたようにみえて、その出自はナゾに包まれている。

オミクロン株の遺伝子配列の一部が、コロナ4姉妹の長女「コロナ風邪①」(HCoV-229E)の遺伝子配列と同じであり、両者に深い関係があることを米スタンフォード大学などの研究者グループが最近突き止めた。「コロナ風邪①」は私たちの多くがすでに感染し、免疫を持つ人も多い。オミクロン株はコロナ風邪の遺伝子を取り込むことによって、すでに免疫のある「コロナ風邪のようにみせかけて」ワクチンの免疫の攻撃をくぐり抜けているとも考えられる。オミクロン株が引き起こす症状は比較的軽いが、ワクチンが効きにくいのは、これで説明がつく。まさに「羊の皮を被った狼」だった疑いが濃い。

新興感染症を引き起こす3種類のコロナウイルス

次々に変異株が登場するミステリアなウイルスワールド

オミクロン株に関するもうひとつの仮説は、ヒトからネズミに新型コロナが感染し、2020年半ばから2021年後半の間にネズミの集団内で変異し、それがヒトに「ブーメラン感染」したのではないかとするものだ。いずれにしても、摩訶(まか)不思議なウイルスワールドである。

世界保健機関(WHO)によれば、英国で最初に特定された「B.1.1.7」(「B.1.1」の7番目の子孫)と呼ばれる亜系統株は、従来株に比べて感染力が1.36~1.75倍になるという。英国ではわずかな間に、新規感染の95%を占めるまでに勢力を伸ばし、世界中に広がっている。

南アフリカで発見された「B.1.351」と呼ばれる別の亜系統は、ワクチンを回避する能力が高かった。南ア政府はアストラゼネカ製ワクチン100万回分を輸入したが、効果が期待できないとして他のアフリカの国に転売した。

エジプト、デンマーク、インドなどでは、「B.1.525」と呼ばれる新しい変異株による大規模なクラスターが発生した。ニューヨークでもすぐに「B.1.526」という変異株が広まった。2022年11月には欧州、米国、アフリカを中心に、「BQ.1」 と 「BQ.1.1」 として知られる 「BA.5」から派生した2 つの亜系統が出現した。「BA」というのは「B系統」のさらに下位の系統だ。

同時期に日本でも「BQ.1」が国内で広がってきた。国立感染症研究所によると、国内では22年8月上旬以降、夏の第7波から「BA.5」が感染者の9割以上を占めて主流だったが、「BQ.1」に置き換わりはじめた。同研究所の12月7日の公式発表では「BQ.1」が36%を占めるとしている。

警戒すべき300超の亜系統

注目される新顔は、22年5月にインドで検出された「BA.2.75」。通称は星座名からとった「ケンタウロス」。あっという間に47カ国で感染者が出た。これら亜系統の名称が複雑すぎるとして、発見者がわざわざ分かりやすいこのニックネームをつけた。

同時に注目されているのは、バングラデシュ、インドなどアジアで主流になりつつある「XBB」だ。いずれも変異が他のものよりも激しかったので、別系統の名称が与えられた。XBBはBA.2から派生した「BA.2.10.1」と「BA.2.75」(ケンタウロス)の組み換えによってできたウイルスだ。組み替え株にはとくに「X」の文字が与えられている。「組み換え」はコロナウイルスでは頻繁に起きていて、同じ細胞に2種のウイルスが同時に感染した場合に起きる。これまでに出現したオミクロンの亜系統株の中では、免疫を回避する能力がもっとも高い。

23年になって、この「XBB」から派生した「XBB.1.5」が猛威を振るいはじめた。1月4日の米疾病予防対策センター(CDC)の発表では、米国の国内感染者の43%を占めるまでになった。日本政府は1月11日の時点で、国内で4件の発生が確認されたことを明らかにした。

これまで、新型コロナ変異株には1600以上の名称がつけられている。出現後、わずか2年余でこれほどまでに枝分かれしたことに改めて驚く。WHOの専門家マリア・バン・ケルコフによると、2022年11月現在でWHOが警戒しているオミクロン株の亜系統だけで300を超えるという。

変化球を打たれると、次から次へと新たな変化球を繰り出していく。オミクロンの変異株をみていると、大リーグの大谷翔平選手と重なってくる。解説者によると、最近は投手のどのような球種でも再現できるピッチング・マシーンがチームにも備えてあって、打者はそれを使って大谷選手の変化球を攻略する練習をするという。だが、大谷選手の方はそれを上回る新たな変化球を繰り出して打者を打ち取るのだ(大谷選手、ウイルス扱いしてゴメンナサイ)。

天然痘ウイルスは2度死ぬ

私たちはウイルスの行動を、もうひとつ理解していなかったのかもしれない。SARSは劇的に消滅したので注目を集めたが、どうやら知らないところで、姿を現したり、小さな流行を起こしたり、突然に消滅したりしているらしい。

イングランド国王エセルレッド2世(在位:978~1013、1014~1016年)は、「無思慮王」という不名誉なあだ名で知られる。侵入してくるデーン人(バイキング)に、多額の銀貨を支払ってそれと引き換えに略奪をまぬがれてきた。その銀貨は税金として国民から取り立てたものだ。

しかし、度重なる襲来で財政も厳しくなって払えなくなり、1002年に絶滅させる目的でデーン人数百人を捕まえて虐殺する手段に訴えた。これが歴史に残る「聖ブライスの日の虐殺」である。それから1000年余たった2008年に、オックスフォード大学のセント・ジョンズカレッジの校内で38体の若い男性の骨が見つかり、虐殺の犠牲者の埋葬地と判明した。

ケンブリッジ大学のエスケ・ウィラースェブらが発掘された骨のDNAを分析したところ、そのうちの26 体から天然痘のDNAが発見された。その天然痘は1980年に根絶宣言された株とはまったく違う未知ものだった。映画の「007シリーズ」ではないが、天然痘ウイルスは「2度死んだ」ことになる。

さらに分析を進めていくと、天然痘ウイルスが動物(不明)から人間に複数回感染したことが分かり、いずれも絶滅宣言の対象の株ではなかった。ということは、さまざまに変異した天然痘が人びとの間を循環していた可能性が高い。そのうちの最大の流行株は、種痘(ワクチン)の普及で根絶させたが、いつ他の変異株が現れて感染症を引き起こすかもしれない。

2013~16年に西アフリカで約1万1000人の犠牲者が出たエボラ出血熱は、WHOによると1976年にウイルスが発見されて以来、アフリカ全土で少なくとも26回の流行が発生している。そのうち判明しているだけでも6種類のエボラ出血熱の変異ウイルスが見つかった。このウイルスはヒトをはじめゴリラやチンパンジーなど他の動物集団の間を徘徊(はいかい)していて、ときどきヒトに侵入して感染症を引き起こしたり、そのまま消滅したりを繰り返してきたようだ。

「免疫」が通用しないウイルスが存在?

毎年のように、変異株が出現してワクチンを打ち直す必要のあるインフルエンザも、歴史をさかのぼると激しく消長を繰り返してきたことが分かる。過去100年ほどの間に5回のパンデミック(世界的大流行)を繰り出したインフルエンザA型ウイルスは、野鳥、家禽(かきん)、豚、馬、ヒトなど多数の温血動物の中に巨大なウイルスワールドを形成している。ここでは常に新たな変異が生まれ、その一方で古い株が姿を消している。

米コロンビア大学のイアン・リプキンは「ウイルスワールド」の中には、私たちがワクチンや感染で獲得した免疫を認識しないウイルスが存在していて、気がつかないままに私たちの体に侵入できるという。これまで流行を起こした変異株をモグラたたきしてきたが、地中深くにはさらに多くのモグラが潜んでいるようだ。

また、感染やワクチン接種で免疫を獲得しても、ウイルスの再感染と他の人への感染を完全に防ぐことができるかについてもよく分かっていない。岸田文雄首相が2022年8月にコロナに感染したのは、4回目の接種を受けた直後だった。新型コロナ対策の陣頭指揮を執る政府分科会の尾身茂会長も、5回のワクチン接種を受けていたのにも関わらず感染した。

とはいえ、今のところ私たちが手にしている対策は、ワクチン接種によって少しでも重症化を軽減するしかない。人海戦術で押し寄せてくるウクライナ東部戦線のロシア兵に対して、巧妙な作戦でその勢いを食い止めているウクライナ軍がお手本になるかもしれない。

(文中敬称略)

3章 新型コロナはどう収束するのか:(4)いつ集団免疫を獲得できるのか? に続く

バナー写真=新型コロナのパンデミックによる中断の後、3年ぶりに開催された「東京ゲームショー 2022」。2022年9月15日に千葉県千葉市の幕張メッセで撮影(この写真は記事の内容に直接の関係はありません) (Photo by Tomohiro Ohsumi/Getty Images)

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