
高田千明・裕士:視覚障害、聴覚障害を補い合って目指す東京パラ、デフリンピック陸上の金
People スポーツ 東京2020- English
- 日本語
- 简体字
- 繁體字
- Français
- Español
- العربية
- Русский
いつも二人で
妻ははきはきとインタビューに答えながら、時折両手を素早く動かして夫に手話で語り掛ける。夫は妻の手話を媒介に質問に丁寧に答え、必要に応じて周囲の様子を妻に説明する。顔を見合わせて笑ったり、軽く言い合いをしたり、二人の仲の良い同級生のような様子を見ていると、心がほっこり和む。
「二人で半分こずつ」。先天性聴覚障害(ろう者)を持つ高田裕士(35歳)と視覚障害者の千明(35歳)夫妻は自分たちのことをそう表現する。夫は妻の目になり、妻は夫の耳の役目を担っているからだ。
だがこの夫婦、陸上競技で日本記録を持つ日本代表選手だ。千明は、初出場した2016年リオ大会の走り幅跳びT11クラス(全盲)で8位入賞。19年11月ドバイで開催された世界パラ陸上選手権では、リオの記録を24センチも上回る4メートル69を記録し4位に入賞。銅メダルまでわずか5センチ届かなかったが、東京パラ大会代表に内定した。100メートルの日本記録保持者でもある。一方、400メートルハードルで日本記録保持者の裕士は聴覚障害者の大会である「デフリンピック」3大会に出場。つまり、パラ・デフ陸上界のトップアスリート夫婦なのだ。
身体障害者のためのパラ大会には、聴覚障害者は参加しない。裕士が少し悔しそうに言う。
「パラリンピックの知名度はかなり高まりましたが、五輪・パラの翌年に開催される僕らろう者だけが出場するデフリンピックはあまり知られていません。イベントや講演などでもっと啓発活動をしていかないと…」
ここ数年、取材やイベントの要請は千明に集中しているが、「二人で半分こずつ」夫婦は、どこにでも一緒に出掛け、パラリンピックとデフリンピックそれぞれの魅力をアピールし続けている。
強力な助っ人
リオ大会以降、千明には大きな注目が集まる。パラ大会の花形競技・陸上で初出場にもかかわらず入賞、日本人選手がトラック種目で結果を残すのは厳しいこともあって、未完の大器に多くの人が期待を寄せた。そして、前述のドバイの世界選手権でリオを大きく上回る結果を出し、2大会連続出場を決めた。千明が言う。
「4位は悔しかったですけど、東京大会に向けいいモチベーションになりましたし、メダルが確実に見えてきましたから」
千明がリオ以降、一足飛びに飛距離を伸ばしているのは理由があった。全盲クラスの走り幅跳びには、手拍子と声で助走や踏切のタイミングを知らせる「コーラー」と呼ばれるガイドがいる。千明のガイドは、バルセロナとアトランタ五輪400メートルなどに出場した大森盛一(しげかず、47歳)。当初、大森の指導で100メートル、200メートルに出場していたが、そのスピードを買われ走り幅跳びにも挑戦。すぐに才能が開花した。だが、さらに飛躍するためには、走り幅跳びの専門家に教わった方がいい。そう考えた大森は日本記録保持者で2008年北京五輪日本代表の井村久美子(旧姓・池田)に指導を依頼。井村との出会いは千明を大きく前進させた。
「空中のフォームを一から直されました。でも、目が見えないので久美子さんの言っていることがすぐに理解できない。まだ少し見えていた子供時代に走り幅跳びの選手の姿を見ていたならイメージも湧きますが、走り幅跳びなんて見たことなかったですから。久美子さんも私にどう教えたらいいのか、かなり苦労されたと思います」
千明は、井村の言葉に耳を傾けつつ井村がやってみせる姿勢のフォームを手で触って理解した。踏切から着地までの動作をパラパラ漫画に例えるなら、数千枚以上になるはずだと言う。その1コマ1コマを、つま先から指先まで体に覚えさせる作業を繰り返すのだ。
「ドバイでの仕上がりはまだ3~4割でした。夏までには10割に近づけたい」
2019年11月9日、世界パラ陸上の女子走り幅跳び(視覚障害T11)で、大森盛一コーチ(右)の声と手拍子を頼りに跳躍する高田千明(ほけんの窓口)=アラブ首長国連邦・ドバイ(時事)