ニッポン偉人伝

二宮金次郎:よみがえる日本資本主義の「祖父」

歴史 経済・ビジネス

井上 雄介 【Profile】

薪を背負いながら読書する少年時代の姿で有名な二宮金次郎。しかし彼が成人してから果たした偉大な功績はどこまで知られているだろうか。日本の発展に貢献した数々の経済人たちが尊敬し、海外でも評価され始めた改革者としての側面を中心に、その生涯と思想を紹介する。

金次郎の「道徳経済一元論」

二宮金次郎は、各地の再興事業での実績に加えて、独自の哲学「報徳思想」で後世に大きな影響を残した。父母、夫婦、兄弟、天地大自然から受けている恩徳に感謝し、これに報いる行動を行うべきだという道徳思想だ。金次郎が指揮した各地の再興事業は、報徳思想に基づき行われたので「報徳仕法(しほう)」と呼ばれている。

報徳思想は「至誠」「勤労」「分度」「推譲」の4つが中心的な理念となる。このうち「分度」は、自分の収入に応じた支出の限度をあらかじめ算出すること。倹約と儲蓄(ちょちく)の基礎となる。金次郎は、個人だけでなく家や国家にも分度を求める。また、「推譲」は利他の思想。分度を守り生じた余剰は、他人や社会のために用いるよう求めた。

金次郎の高弟、福住正兄(1824-1892)は報徳思想を「道徳経済一元論」と総括している。金次郎が、克己と節制、利他主義に基づき経済活動を行えば、国家や社会の安定・繁栄に結びつくと説いているためだ。

マックス・ウェーバー(1864-1920)は、プロテスタンティズムの禁欲主義が近代資本主義の誕生を準備したと述べた。金次郎が、日本近代資本主義の形成を、思想面で準備したと言えるかも知れない。

後世と海外への影響

金次郎の報徳思想は、渋沢栄一(1840-1931)のほか、近代日本を代表する銀行家の安田善次郎(1838-1921)、繊維機械の発明家でトヨタ自動車の祖である豊田佐吉(1867-1930)、パナソニック創業者の松下幸之助(1894-1989)、京セラやKDDIの創業者である稲盛和夫(1932-)ら、近代日本を代表する実業家に受け継がれた。

金次郎の思想は、海外からも関心が持たれている。日本と中国の研究者により「国際二宮金次郎思想学会」が2003年に設立され、中国でも定期的にセミナーが開かれている。市場経済化が進む中国で、金次郎の倫理性が魅力を持つようだ(曲阜教育大のウェブサイト=中国語)。

映画『二宮金次郎』より。成田山新勝寺での断食修行から桜町領に帰還した金次郎を迎える家族と村人(© 映画「二宮金次郎」製作委員会)
映画『二宮金次郎』より。成田山新勝寺での断食修行から桜町領に帰還した金次郎を迎える家族と村人(© 映画「二宮金次郎」製作委員会)

令和に入ったばかりの日本で、劇映画『二宮金次郎』(五十嵐匠監督)が公開される。少年時代に刻苦勉励する金次郎の姿はよく知られるが、青年期以降の農政家としての金次郎にスポットを当てた劇映画は初めてという(映画の情報はこちら)。

『二宮金次郎』は、桜町領の報徳仕法を丹念に描いている。拝金主義と利己主義に傾く現代の日本人からみて、金次郎の思想と行動はとても新鮮に映る。映画の最後には、金次郎を称える明治時代の唱歌『二宮金次郎』がタイトルバックとともに流れる。「手本は二宮金次郎」のフレーズを繰り返す、年配者には懐かしい歌だ。敗戦とともに一時は消えた二宮金次郎。もはや完全復活と言ってもよい。

岡本秋睴筆『尊徳坐像』(画像提供:報徳博物館)
二宮金次郎(尊徳)— 岡本秋睴筆『尊徳坐像』(画像提供:報徳博物館)

参考文献

  • 松沢成文『教養として知って置きたい二宮尊徳』(PHP新書)
  • 三戸岡道夫『二宮金次郎の一生』(栄光出版社)
  • 小澤祥司『二宮金次郎とは何だったのか』(西日本出版社)
  • マックス・ウェーバー『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(大塚久雄訳、岩波文庫)

画像提供:報徳博物館(神奈川県・小田原市)

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1963年東京生まれ。早稲田大学法学部卒。 天津南開大学に留学し中国語を学ぶ。元共同通信記者。衆院議員政策秘書、経済紙記者などを経て現在フリーのライター。

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