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全世界配信で新たに問われる「エヴァンゲリオン」の真価

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初放映から四半世紀を経ても新たなファンを獲得し続けている「新世紀エヴァンゲリオン」。ネットフリックスでの全世界配信や2020年公開予定の『シン・エヴァンゲリオン』で、再び注目を集めているシリーズの魅力と、その世界観を考察する。

1990年代後半の「社会現象」に

1995年のテレビシリーズ「新世紀エヴァンゲリオン」全26話と、97年に公開された劇場用映画『EVANGELION:DEATH (TRUE)2』『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に』の2作が、2019年春からNetflix(ネットフリックス)で全世界独占配信される。かつて90年代後半に「社会現象」を巻き起こした歴史的なタイトルだ。

物語の発端はシンプルである。14歳の少年・碇(いかり)シンジは、生き別れていた父・碇ゲンドウに突然呼び出され、「汎用人型決戦兵器人造人間エヴァンゲリオン」(略称EVA)のパイロットになれと厳命される。シンジは、勝手が分からぬまま謎の敵性生命体「使徒」との戦闘に巻き込まれていく。ここには、『マジンガーZ』『機動戦士ガンダム』など「ロボットアニメの系譜」に連なる要素も多い。また、自分の立ち位置を周囲の人々との関わりから見いだしていくという点では、古典的な成長物語、娯楽作品としての要素もふんだんに盛りこまれている。

ところが、この作品にはさまざまな「仕掛け」が用意されていた。随所にちりばめられた神秘的なキーワードとともに、想像力をかき立てる設定や世界観、キャラクターの深層にまで及ぶ心理描写が、迫力ある戦闘映像、スタイリッシュな演出と絡み合うことで、視聴者の心を引き付けたのだ。

劇場版も話題、2020年『シン・エヴァンゲリオン』公開へ

『新世紀エヴァンゲリオン』は1995年の初放映時は夕方の放映枠だったが、97年の劇場版公開直前、深夜枠で再放送されたことで人気がさらに拡大していった。これがビデオパッケージ販売で製作資金を回収する「深夜アニメ」というビジネスモデルの呼び水となり、その後の流れを大きく変えた。玩具など2次利用の商品に頼らず、アニメ作品それ自体の価値に観客が対価を払うという消費形態を決定づけ、アニメの歴史を変える記念碑的タイトルとなったのだった。

加えて2007年からは『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』、『:破』(09年)、『:Q』(12年)と新たな劇場用映画シリーズ(4部作構想)が発表された。基本設定と物語の流れは前シリーズと同じ時点からスタートしながら、途中から全く違うストーリー展開になり、さらなる驚きと興奮を呼んで大ヒットとなったのである。そして完結編と目される第4作『シン・エヴァンゲリオン劇場版』は、20年公開に向けて着々と制作が進んでいる。テレビアニメ初放映から四半世紀近く経過しても「現在進行形の話題作」という点で、他に類を見ないロングラン人気を維持し続けている。

この壮大な物語の原作・総監督を務める庵野秀明は、1960年生まれのクリエイターだ。テレビアニメ、特撮が急速に進化した時期に成長期を過ごした「第1世代」を代表する映像作家に位置付けられる。2016年には実写映画『シン・ゴジラ』の脚本・総監督を務め、興行収入82.5億円の大ヒットを記録した。そのヒットメーカーが8年ぶりに世に問う『シン・エヴァンゲリオン』では何が起きるのか? そんな注目が集まり、熱量が再び上昇していく時期である。

「人の願望」を反射する作品構造

実は「エヴァ」について、この20数年間、非常に不思議なことが起き続けてきた。何かを深く語ろうとすると、どんな切り口からでも、いかようにでも語れるにもかかわらず、具体的な言葉を連ねれば連ねるほど、お互いに共通認識が持てなくなるのである。人の数だけ「エヴァの解釈」があると言っていいし、他人の意見を聞くと「そんなことが描かれていたのか?」と確認したくなるほど、圧倒的で多面的な情報が作中に盛り込まれていることに気付く。

特に物語や設定には、観客の心、その願望を反射して見せる「鏡」のような効果が巧みに仕掛けられている。その“反射”は見る人によって異なるものを返す。EVAに搭乗する2人のヒロインは、その「鏡仕掛け」の典型である。白い「プラグスーツ」を着用、無色透明で理性的、もの静かな印象の綾波レイ。赤がシンボルカラーで積極的な行動を起こす情熱的なアスカ。対照的な2人のどちらにどう興味を引かれるかを語ることが、「語り手」の心の特性を説明することにつながったりする。

だからこそ、誰もが「エヴァ」を語りたくなり、議論がいつまでも尽きない。そしてこうした仕掛けを通じて、観客はまるで「エヴァ」が「自分のために作られたアニメ」であるかのように感じ、好感度を高めていく。鑑賞後、思わず「エヴァ語り」をしたくなるというコミュニケーション・ツール的な特性は、他に類を見ないものである。

「新世紀エヴァンゲリオン」の碇(いかり)シンジと綾波レイ(C)カラー/Project Eva.
「新世紀エヴァンゲリオン」の碇(いかり)シンジと綾波レイ(C)カラー/Project Eva.

重層的に構築された「エヴァの世界観」

これから「エヴァ」の映像を初めて見る人は、その圧倒的な情報量と、視覚や感情に訴えかける「圧力」に驚かされるはずだ。それは単なる絵のディテールの多さを意味しない。「エヴァ」の映像は情報を「詰め込んだ部分」と「あえて欠落させた部分」のコントラストが鮮明だ。そしてその欠けた部分が観客の想像力を喚起する。

同時に、「誰の視点でどう語られているか」という主体の視点が複数平行して物語が進行する重層構造となっている。パイロットである少年少女の視点、彼らと直接関わる指揮官の視点、その上に立つ司令官の視点、さらにEVAを運用する「特務機関NERV」の上位に、「ゼーレ」という秘密結社が関わっているなど、登場人物の立場によって得られる「情報」にギャップが設けられている。網の目のように展開される「エヴァの世界観」に絡め取られた観客は、想像することへの主体的な欲求を媒介にして作品へ没入していく。プリズムや万華鏡のような幻惑感を介して生まれる「エヴァ世界への参加の感覚」こそが、初登場から約25年を経ても新たなファンを獲得し続ける最大のポイントではないだろうか。

全ては「観客へのサービス」を優先し、さまざまな仕掛けを巧みに仕組んだ結果だ。キャラクターにしてもエヴァンゲリオンにしても、あるいは特務機関NERVのマークにしても、ブランディングの満足感が得られる心理的効果すら計算した高度なセンスでデザインされている。近年では、キャラクターの絵がなくても、配色とデザインセンスの組み合わせで「これはエヴァだ」と認識させる域までブランド効果は達している。新幹線や自動車など公共性の高いコラボレーションが実現できたのも、「決して消費されない」(=決して消費者に飽きられ捨てられたりしない)という「エヴァ」だけが備えた特性によるものなのだ。

今回の全世界配信は、「エヴァ」が「社会現象」となった当時の環境を一度ゼロにリセットし、もう一度作品本来の力で「エヴァの実力」を問い掛ける絶好のチャンスとなるだろう。それは「日本製アニメの底力」を試すことにもなるはずだ。また、2007年から全4部作で始まった「新劇場版シリーズ」も、前述した20年公開予定の『シン・エヴァンゲリオン劇場版』で完結が予定されている。壮大な物語の締めくくりを直前に控えて、今回の配信はこれまでの歩みを一気に振り返るよい機会となる。時代性や見る人の立場、年齢で異なるものが見える「エヴァンゲリオン」シリーズは必ず新しい発見をもたらす。その驚きと楽しさに満ちたエヴァ体験は、観客の人生を活性化させるはずである。その点でも、大いに期待している。

(2019年2月 記)

バナー写真=「新世紀エヴァンゲリオン」(C)カラー/Project Eva.

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