世界にはばたく日本酒

文化 歴史

麹(こうじ)菌を使って日本酒や焼酎、泡盛などを造る伝統的な酒造りが、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産に認定された。国際利き酒師であり、認定日本酒プロフェッショナルのジム・ライオンが、日本人とは異なる視点で日本酒の魅力を伝える。

米麹(こうじ)づくりは酒造りの基本である(© ジム・ライオン)
米麹(こうじ)づくりは酒造りの基本である(© ジム・ライオン)

日本酒に真剣に向き合うようになって6年あまり。この間に、日本酒は世界的に認知度が高まった。輸出量は右肩上がりで増え、国際的な日本酒資格認定クラスや専門店が世界各地で盛況となり、何よりも、日本酒を味わい、学び、さらには酒造りに携わろうとする人が驚くほど増えている。日本酒が世界的な現象になっていることは明らかだ。

京都府京丹後市にある1842(天保13)年創業の木下酒造で外国人初の杜氏となった英国人フィリップ・ハーパーや、島根県出雲市の板倉酒造の蔵人ジュリア・マリオら国際的な酒造家の姿を目にする機会が増えている。また、メキシコ、台湾、カナダ、ニュージーランドなど、世界各地で新たな酒蔵がオープンしている。

 筆者の著書『Discovering Yamaguchi Sake(山口県の地酒との出会い)』の出版記念イベントには国際色豊かな人々が集まった(© ジム・ライオン)
筆者の著書『Discovering Yamaguchi Sake(山口県の地酒との出会い)』の出版記念イベントには国際色豊かな人々が集まった(© ジム・ライオン)

一体、日本酒の何が世界の人々をひきつけているのだろうか?

日本酒にほれ込んだ米国人として、また長年にわたって日本酒について海外の “酒呑(の)み” を啓発してきた者として、いくつかの理由を挙げたい。第1に、その多様性である。

日本酒の原材料は、米、米麹、水、酵母というシンプルなのに、その味わいの幅広さに驚かされる。バニラ・カスタードを思わせるクリーミーな甘い酒もあれば、トロピカル・フルーツの香りがする繊細な酒もある。熟成酒は、ウイスキーのような重厚さと、ドライシェリーに期待されるアーモンド、キャラメル、マッシュルームの香りを醸し出すこともあれば、搾りたての生酒は、酸味のある青リンゴのようなピリッとしたシャープな味を持つこともある。水のように爽やかな日本酒もあれば、蜂蜜のような甘さが後を引く日本酒もある。飲み飽きることのない幅の広さを味わえる酒なのだ。

飲み方にも無限の可能性がある。冷やしても、熱かんでも、ぬるかんでも飲める。グラスで飲むか、陶器のぐい呑みで飲むかで、違った表情を見せてくれる。同じボトルでも、開栓から1週間後にはまったく別のものになる。日本酒はさまざまな顔を持ち、好奇心旺盛な酒呑みは、その探求に飽きることはないだろう。

完璧な食事の友

その多様性とともに、日本酒は長い歴史の中で、主に食事とともに味わう飲み物であったという事実がある。日本料理の味付けがやや控えめであることもあり、酒造りは日本料理に合い、料理を引き立てることを目指すものであった。そのため、日本酒には和食を圧倒するような苦味や強い酸味はほとんどない。その結果、和食以外の料理にも合わせやすい。

とある隠れ家レストランでは、日本酒をワイングラスに注ぎ、フォアグラのパテやキャビアなどとペアリングしていた(© ジム・ライオン)
とある隠れ家レストランでは、日本酒をワイングラスに注ぎ、フォアグラのパテやキャビアなどとペアリングしていた(© ジム・ライオン)

ワインと同じように、日本酒でも料理とのペアリングが注目されているが、それは科学というより芸術といえる。味覚や感覚は人それぞれで、私と同じような味覚の感じ方をしない人たちとも一緒に飲んだことがある。それでも、世界中の人々と何十回と試飲会をしてきた中で、日本酒と料理の組み合わせがうまくいかなかったことはほとんどない。

米国、オーストラリア、そして日本からの参加者たちは、白カビサラミのような発酵食品や、熟成チェダーチーズやゴーダチーズのようなシャープな味わいのチーズが、神戸市東灘区・剣菱(けんびし)のかん酒とよく合うという意見で一致した。また、あるメンバーは、この濃厚な味わいの酒を中華料理の春巻きと一緒に楽しんだ。

コロナ禍で多くの日本酒イベントがオンライン化されたが、この剣菱の日本酒ペアリングの妨げにはならなかった(© ジム・ライオン)
コロナ禍で多くの日本酒イベントがオンライン化されたが、この剣菱の日本酒ペアリングの妨げにはならなかった(© ジム・ライオン)

最近では、和食に限らずさまざまなジャンルの料理とのペアリングする試みは、決して珍しいことではない。日本酒教育における同僚の一人、アーリン・ライオンズはスイス在住で、日本酒とさまざまな種類のチョコレートの相性を探る人気のあるセッションを開催している。

以前、山口県周南市を訪れた同市の姉妹都市・オランダのエームスデルタ市からの一行に日本酒のイベントを開催したことがある。日本酒をほとんど飲んだことがない人ばかりだったので、ある意味、第一印象を決める重要な機会だった。日本酒を理解することで楽しみ方が深まると思ったので、基本的なことを簡単に説明した後、肉、チーズ、パン、地元の麺料理など、主に洋食中心のメニューに合わせて、さまざまな地酒を提供した。地酒がこのように多種多様な料理とマッチしやすかったことが特に印象的だったようで、参加者の中には、日本酒愛に目覚めて、オランダに戻ってからも日本酒にはまり続けたいという人もいた。

G7・2023広島サミットでは広島の酒が贈られた。左から、柄酒造の「於多福 純米吟醸」、盛川酒造の「白鴻 特別純米酒」、小野酒造の「老亀純米酒」(© ジム・ライオン)
G7・2023広島サミットでは広島の酒が贈られた。左から、柄酒造の「於多福 純米吟醸」、盛川酒造の「白鴻 特別純米酒」、小野酒造の「老亀純米酒」(© ジム・ライオン)

個人的には、数年前から夕食のテーブルに何が並ぼうと、日本酒と合わせて相性を確かめながら食べている。ピザ、タコス、マーボー豆腐、ハンバーガー … どんな料理との組み合わせでも、日本酒がある味を引き出し、ある味を覆い隠すという、それぞれの食事で新しい経験をした。

日本酒がすしや刺し身以外にも合うことは明らかだ。つまり、日本酒は素晴らしい食中酒なのだ。

かといって、物ごとすべてにおいて絶対ということはありえない。好きな日本酒が好みの料理に合わないということもあるかもしれない。市場に出回っている高価な日本酒の多くは、日本酒そのものを楽しむために特別に造られているため、繊細なバランスの香りと結晶のような風味を持っていることも否めない。

そこで、日本酒とのペアリングの経験からいくつかの法則を挙げてみたい。第1に、基本的な純米酒や本醸造酒、あるいは一般的な普通酒のようなレギュラークラスの酒は、香りや味わいが強すぎないため、ペアリングしやすい。第2に、日本酒を冷やしすぎないこと。日本酒を冷蔵庫から出して20分ほど休ませるか、あるいは燗(かん)して、風味が開いてくるのを待つ。

私と読者の皆さんの味覚は違うので、日本酒と料理の相性を知るには、実際に自分で試してみるに限る。

日本酒購入の基本

日本酒の探究を楽しむための便利な用語がいくつかある。この記事で紹介するまでもなく、これらの用語は、酒のラベルや日本酒にまつわるさまざまな場所で目にするであろう。

筆者の出版記念パーティーで提供した山口の酒は、国際色豊かな参加者たちにも大好評だった。左から、「錦世界 純米大吟醸」竹内酒造場、「山猿 大吟醸」永山酒造、「中島屋無濾過吟醸」「カネナカ 生酛純米酒」中島屋酒造場、 「幾山河 純米酒」金分銅酒造、「錦世界原酒」竹内酒造場(© ジム・ライオン)
筆者の出版記念パーティーで提供した山口の酒は、国際色豊かな参加者たちにも大好評だった。左から、「錦世界 純米大吟醸」竹内酒造場、「山猿 大吟醸」永山酒造、「中島屋無濾過吟醸」「カネナカ 生酛純米酒」中島屋酒造場、 「幾山河 純米酒」金分銅酒造、「錦世界原酒」竹内酒造場(© ジム・ライオン)

普通酒:ラベルにわざわざ「普通酒」と表記されていることはないが、以下に説明する「吟醸」「純米」など製造方法や原料に厳格な基準がある特定名称酒とは異なり、文字通り「普通」の酒。テーブルワインのように手軽で一般的なもの。

吟醸 / 大吟醸:「吟醸」は法律で定義されており、原料や製造方法に細かな基準が設けられているが、消費者にとっては、米を高度に磨き上げ、細心の注意を払って造られた酒を示す。大吟醸は、さらに洗練され、より精白された米を示す。

本醸造:「本醸造」も法律で定められた用語で、酒米を70%まで磨いて造った酒を指し、風味を軽くし、香りを引き出すために、発酵の終わりかけに少量の醸造アルコールを加える。

純米酒:米、米麹、酵母、水以外の原料を一切使用せずに造られた酒を示す法律上の用語。醸造アルコールを添加した本醸造や、糖類、醸造アルコール、酸味料などを添加した普通酒とある意味対極にある。

生酒(なまざけ):一般的な日本酒は貯蔵前と瓶詰め前に、「火入れ」と呼ばれる60-65度ほどの加熱処理工程を経ているが、生酒は熱処理工程を経ない酒。搾(しぼ)りたての新鮮な状態で販売されるため、より生き生きとした、あるいは大胆な風味を持つことがある。

小布施ワイナリーの「Sogga père et Fils」は伝説的な生酒(© ジム・ライオン)
小布施ワイナリーの「Sogga père et Fils」は伝説的な生酒(© ジム・ライオン)

酒屋で店員に相談しながらいくつか試飲してみよう。自分の好みに合う酒があったら、ボトルやラベルをチェックして「純米」なのか、「大吟醸」なのかメモしておくことをおすすめする。

そのメモがあれば、日本の食事、日本の文化を楽しむ準備は万端!さあ、カンパイ!

原文=英語

バナー写真:2023年のG7広島サミットで参加者に贈られた日本酒のセレクション。© ジム・ライオン

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