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ズワイガニ:冬の味覚の王様はいかにして生まれたか

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地方によって「松葉ガニ」「越前ガニ」とも呼ばれるズワイガニは「冬の味覚の王様」だ。寒くなると無性に食べたくなる人も多いだろう。しかし、ズワイガニがもてはやされるようになったのは、それほど昔のことではない。誰にも見向きもされなかったカニはいかにして「王様」になったのか。

250種以上に選別してセリに

「かに道楽」の成功に刺激されたのか、それ以降、各新聞がカニの解禁をニュースで報じるようになる。次第にテレビや雑誌にも取り上げられ都市の人々に認知されたカニは、憧れの食材になっていく。そして何が起こったのか。冬になるとカニを求めて産地を訪れるという動きが始まったのだ。バブル景気やグルメブームによるカニの乱獲で漁獲量は減り、価格は高騰していった。そして1991年、大阪のデパートで1匹20万円のカニ2匹がすぐに売れるというまでになった。異常な事態という他ない。

漁業関係者や水産庁もこの動きを黙って見ていた訳ではない。カニの価値が高まってくる1970年には、省令で漁期が定められた。同時にセリ前の選別作業が重要視されるようになった。一般に漁港のセリでは、どの魚も品質を選別して並べられる。選別は価値の明示であり、いい魚をより高く買ってほしいという漁業者から仲買人への意思表示だ。

カニの選別は、漁獲量の減少に伴いどんどん細分化されていった。一例を見よう。兵庫県香美町の柴山では、現在、なんと250種以上に選別してからセリにかける。大きさや重さを測り、爪や脚がそろっているか、甲羅の色は美しいかなどと共に、脱皮の状態やキズの有無を細かくチェックする。真夜中に帰港してから朝のセリまでの6~7時間が勝負の作業だ。大漁時は1隻で3000匹近いカニが揚がる。厳寒の冬の漁港で、乗組員やその家族たちが総出で選別作業に当たっている光景を目にすれば、カニが高価なのにも納得がいくというものだ。そうして価値別に分けられ仲買人が認めて買い入れたカニを、私たちは食べている。

柴山漁港でのズワイガニの選別作業。価値別にカニを細かく分けてからセリに出す
柴山漁港でのズワイガニの選別作業。価値別にカニを細かく分けてからセリに出す

産地タグを付けてブランド化

このように厳しい選別で、関係者間のカニの評価は定まっていった。しかし新たな問題が起こる。高値で売れるが故に、他産地や海外のカニが産地偽装して市場に出回るようになったのだ。そうして流通量が増えれば、値が下がってしまう。福井県では「越前ガニ」を称するカニが増えて店頭の売値が一気に下がった。当然セリ値も下がり、本物の「越前ガニ」を水揚げする越前漁港のカニ漁師が悲鳴を上げた。困った彼らは1997年、自分たちが水揚げしたカニの脚に「越前ガニ」と記した黄色の目印タグを付けて市場に出した。そして、他の漁港もこれに追随するようになる。2000年の初頭には山陰・北陸のほとんどの漁港で、カニに産地タグを付けてセリに臨むようになった。「間人(たいざ)ガニ」(京都府京丹後市)、「津居山ガニ」(兵庫県豊岡市)、「柴山ガニ」(兵庫県香美町)、「鳥取松葉ガニ」(鳥取県)、「加能ガニ」(石川県)などだ。

ピンクの産地タグと品質最上級タグの両方を付けた柴山ガニ。なんだか誇らしげだ
ピンクの産地タグと品質最上級タグの両方を付けた柴山ガニ。なんだか誇らしげだ

タグは漁業者がカニを区別するために付けた産地の目印だったが、マスコミや自治体、観光業者はこれを「国産ブランドの証し」と持ち上げた。「タグ付きのカニ」は素性の確かな地元産、という品質保証になったのだ。一般消費者にとっては、まさに「価値の見える化」が図られたと言える。タグ付きガニは高価で贅沢(ぜいたく)だが、「ほんものを食べている」という優越感・満足感が得られるのだ。

カニと温泉を堪能

ズワイガニは東北・北海道でも水揚げされるが、何と言っても話題になるのは山陰・北陸産だ。「かに道楽」などの専門店や高級な料理屋では産地から直接仕入れて提供するが、都市への流通量は少なく、多くは産地で消費される。地産地消の典型と言っていいだろう。そのため、山陰・北陸にはカニ料理を売りにする旅館や民宿が立ち並んでいる。シーズンに入ると「かに王国」宣言をする城崎温泉(兵庫県)をはじめ、湯村温泉(同)、三朝温泉(鳥取県)、あわら温泉(福井県)、和倉温泉(石川県)など著名な温泉地の宿がカニ料理でもてなす。訪れた人々はカニを堪能できる上、温泉も楽しめる。観光客が減少する冬場、温泉地にとってカニは救世主とも呼ぶべき存在だ。

兵庫県豊岡市の城崎温泉。冬になると「かに王国」宣言をして、旅館ではカニ料理で宿泊客をもてなす(PIXTA)
兵庫県豊岡市の城崎温泉。冬になると「かに王国」宣言をして、旅館ではカニ料理で宿泊客をもてなす(PIXTA)

このようにして「冬の味覚の王様」となったカニは、日本の誇る食文化だ。これからもずっとこの地位を保ってほしい。しかし、その漁獲量は減り続けている。1960年代に比べて、80%近くも減ってしまった。現在、資源の保護や管理が急がれている。卵から成体になるまで約10年かかるズワイガニは、海という大自然からの贈り物だ。海の恵みに感謝して、じっくり味わいたいものだ。

石川県金沢市・近江町市場内の魚屋の店頭。11月から3月にかけてのカニシーズンは、県内の漁港で水揚げされた「加能ガニ」でにぎわう
石川県金沢市・近江町市場内の魚屋の店頭。11月から3月にかけてのカニシーズンは、県内の漁港で水揚げされた「加能ガニ」でにぎわう

写真撮影:筆者

バナー写真=ズワイガニの姿茹(すがたゆで)。左は、1キログラムはある立派なオス。右はメス。こぶりだが、内子(うちこ=卵巣)と外子(そとこ=受精卵)のハーモニーは絶品(筆者撮影)

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