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ズワイガニ:冬の味覚の王様はいかにして生まれたか

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広尾 克子 【Profile】

地方によって「松葉ガニ」「越前ガニ」とも呼ばれるズワイガニは「冬の味覚の王様」だ。寒くなると無性に食べたくなる人も多いだろう。しかし、ズワイガニがもてはやされるようになったのは、それほど昔のことではない。誰にも見向きもされなかったカニはいかにして「王様」になったのか。

カニは世界中で食されている。欧米で食卓に上がるイチョウガニやダンジネスクラブ、アジアやオーストラリアに多いワタリガニやその仲間のマッドクラブ、中国の上海ガニも忘れてはならない。しかし日本ほどカニを愛する国はないだろう。毛ガニ、タラバガニなど種類も多いが、西日本でグルメ垂涎(すいぜん)の的の地位を得ているのは、山陰地方で「松葉ガニ」、福井県で「越前ガニ」と呼ばれるズワイガニだ。毎年、カニシーズンの到来が待たれ、11月6日の解禁日には初セリ価格がニュースになる。鳥取漁港では2019年の初セリで1匹500万円の値が付き、いくらご祝儀相場とはいえ世間を驚かせた。

毎年11月6日はズワイガニの解禁日。発セリには報道陣が詰めかけ、夕刊や夕方のテレビニュースには「冬の味覚、到来」の見出しが並ぶ。柴山漁港で
毎年11月6日はズワイガニの解禁日。発セリには報道陣が詰めかけ、夕刊や夕方のテレビニュースには「冬の味覚、到来」の見出しが並ぶ。柴山漁港で

冬になると大勢の人が日本海に面した山陰・北陸地方を訪れるが、その楽しみはズワイガニを産地で食べることに尽きる。大きいものは甲羅幅14センチ以上、脚を広げると80センチになろうとする立派なカニだ。真っ白い脚のむき身は甘く、甲羅内には絶品のカニミソが詰まっている。茹(ゆ)で、焼き、刺し身や天ぷらの他、鍋にすると特上の出汁(だし)が香る。その出汁で炊く締めの雑炊は至福の味だ。この味覚に魅せられてカニ貯金に励み、毎年産地を目指す常連客は数多い。

独特の甘味がたまらないズワイガニの刺し身
独特の甘味がたまらないズワイガニの刺し身

都市での通年提供を可能にし、カニ鍋料理を完成

日本でカニがもてはやされるようになったのは、そう古いことではない。1700年代から日本海で混獲されたが、鮮度劣化が早いために流通せず、商品として顧みられることはなかった。1960年代、戦後の高度成長期を迎えても、「カニなんかそのへんにころがってた」と浜の老漁師は思い出を語る。茹でて近くの村に行商に行く以外は缶詰にするか、子供のおやつにするか、残りは畑の肥やしにするしかなかった。そんなカニが、いつ誰により“発見”され、どのようにして冬の味覚の王様になっていったのだろう。

大阪市ミナミの繁華街である道頓堀に立つと、「かに道楽」本店のカニの大看板がいや応なく目に入ってくる。店に入ったことがなくても大阪名所として広く認知されている人気スポットだ。「かに道楽」は1962年、今津芳雄さんが創業した。当時は大阪でカニを食べると言えば缶詰であり、生のカニを見た人も食べた人もほとんどいなかった。

かに道楽 道頓堀本店(写真提供:かに道楽)
かに道楽 道頓堀本店(写真提供:かに道楽)

かに道楽の創業者・今津芳雄さん(写真提供:かに道楽)
かに道楽の創業者・今津芳雄さん(写真提供:かに道楽)

今津さんは1915年兵庫県北部のカニ産地の魚屋に生まれた。地元で行商する中でカニの価値を知り、何とか都市の人へ届けたいという想(おも)いを抱くようになった。機会を得て60年大阪に海鮮食堂を開き、魚類と共に茹でたカニも提供したが、冬に限られたためか特に評判にはならなかった。

そこから創意工夫が始まる。まずカニの通年提供を考える。当時の冷凍技術ではカニが乾燥してパサパサになり、使い物にならなかった。そこで今津さんは「花氷」に着想を得て「カニ氷」を考え、「カニの凍結」に成功する。大きなブリキ缶に水を満たし、生のカニを入れてマイナス30度で凍らせたのだ。そのカニ入り氷塊をトラックで大阪に運び、冷凍倉庫を借りて保管、夏に解凍して店で提供する。これで都市での通年提供が可能になった。次に料理内容を工夫した。茹でるだけでは看板料理にならないと板前が創作に励み、カニの鍋料理を完成させた。それを「かにすき」と名付け、満を持して1962年に「かに道楽」を開業したのだ。「かにすき」は評判になり大繁盛した、と社史に記されている。初めて味わうカニの味は、食いしん坊の大阪人の胃袋を瞬く間に捉えたようだ。

看板料理となった「かにすき」(写真提供:かに道楽)
看板料理となった「かにすき」(写真提供:かに道楽)

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広尾 克子HIROO Katsuko経歴・執筆一覧を見る

関西学院大学大学院社会学研究科研究員。1949年大阪府生まれ。1971年神戸大学文学部を卒業後、日本旅行に入社。主に海外旅行部門に従事して2000年に退職。2013年ズワイガニ食文化の研究目的で関西学院大学大学院社会学研究科に入学、院終了後現在に至る。カニ食文化の持続可能性調査を継続中。著書に『カニという道楽:ズワイガニと日本人の物語』(西日本出版社、2019年)。同書でズワイガニが垂涎(すいぜん)の味覚となった経緯を詳述。

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