世界共通語TOFUの魅力:豆腐マイスター・工藤詩織さん
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1日3食豆腐の日も
滑らかな舌触りで、口に含むと大豆の甘さが鼻腔(びくう)に広がる。料理法によってはチーズや肉のような食感を醸し出す。大豆と水とにがり。たった3つの材料なのに、水加減や製法によって見た目や味が変わる。「畑の肉」と呼ばれる大豆は、高たんぱくで、しかも低カロリー。赤ちゃんからお年寄りまで幅広い世代の栄養源だ。周囲から「豆ちゃん」の愛称で親しまれる工藤詩織さんは、世界の人々を豆腐でつないでいる。
幼少期から豆腐が大好きで、米より好んで食べていた工藤さん。学生時代は、授業の合間や放課後におやつを買う感覚で豆腐店に足を運んだ。年間、何らかの形で1000食ぐらい食べるというからただ者ではない。
工藤さんにとって豆腐は、他の素材の味を殺さないし、汎用性もあり、冷蔵庫にあると安心する存在。豆腐の原料に使われる大豆はタンパク質が豊富で、糖度もあるために甘みが強く、豆腐にすると味わいが出る。そのままでも、火を通しても良く、すりつぶしてクリーム状にすれば、パスタなどの洋風料理にもなる。調理法を選ばない頼もしい味方だ。
国や宗教の壁を超えるボーダレスな食材
大学で異文化コミュニケーション学部に所属し、将来は海外で日本語教育に携わろうと考えていた工藤さん。国際交流のツールとして知識が役に立つかもしれないと思い、大学院に入った2013年4月に豆腐マイスターの資格を取得した。
大学の日本語クラスでは、日本語教師のアシスタントを務めた。授業の後に留学生とランチを共にしたり、自宅に招いたりしていたが、中には食事制限のあるイスラム教徒やヴィーガン(完全菜食主義)の学生もいた。豆腐は、ハラール食(※1)の1つで、ヴィーガンでも人気の食材だ。「豆腐ならみんなが食べられる」と気づいた。日本では美容や栄養面に関心が高まるが、食文化の視点から見ると、国や宗教の壁を超え、誰もが一緒に味わえる食材なのだ。
さて、日本人は疑問を持たないが、留学生たちが豆腐を買いに行くと「木綿」「絹ごし」「おぼろ・寄せ」とありその違いが分からない。そこで一緒に豆腐店に行き、「木綿」は硬めで、「絹ごし」は軟らかく、「おぼろや寄せ」は出来たての豆腐でそのまま食べるかスープなどに用いると特長を説明した。
国によって十人豆色
留学生に自国での食べ方を尋ねると、「生では食べない」「油で揚げて焼きそばのトッピングにしていた」など、炒めたり揚げたりして食べる国が多かった。
日本では、冷ややっこや湯豆腐、みそ汁に入れるなどあまり手を加えないことが多い。そのため、「このまま食べられるの?」「日本人は何でも刺し身のように食べるよね」など、留学生の反応は新鮮だった。
工藤さんが足を運んだヨーロッパでは、硬めの豆腐が多かった。タイではサフランが入った真っ黄色なはんぺんのような豆腐が売られていた。ハワイで油揚げ店の立ち上げを手伝った時は、いなりずしや油揚げも人気で、純粋においしいから好きという人が増えている実感があった。
豆腐の世界にのめり込む
マイスターの資格を取ると豆腐についてあれこれ聞かれるようになり、試食会を開くなど、少しずつ活動を始めた。そのうち、最年少の豆腐マイスター(当時22歳)として民放のバラエティー番組への出演を依頼されるようになる。視聴者は自分の言葉を信じて豆腐を選ぶのだから、もっと責任を持たなければならないという自覚も芽生えた。
イベントや小さな情報発信の手伝いをしようと、工藤さんはインスタグラムや連載などを始めた。2018年からは、「往来(Ōrai=all right)」の屋号で、イベント企画やメニュー作成、マッチングやコーディネート、取材やデザイン事業を国内外で請け負い、普及活動に取り組んでいる。
これまで、パン屋が「この豆腐店の豆乳を使っています」と表示したり、ライブ会場でおいしい豆腐の販売や、陶芸作家のイベントで冷ややっこの提供を頼まれたりした。アートや音楽の分野など、異業種とのコラボで、まだまだ可能性が広がると工藤さんは感じている。
PR活動に力を注ぐ理由を「個人のお豆腐屋さんはテレビCMも、ラジオや新聞広告もありませんから」と工藤さんは明かす。豆腐職人は、根気があって忍耐強く、一人で黙々と仕事する人が多いが、外に向けてアピールするのが苦手な傾向にある。
講座では、選び方、使い方、作り方を伝える。消費者が豆腐により詳しくなれば、食生活は一層豊かになり、ひいては豆腐店も生き残れると考えた。
豆腐の良さを知ってもらうきっかけを作ろうと、グループホームや保健センターに出向いたり、留学生寮で豆腐店の店主と60人ぐらいの学生に作り方を教えたりしたこともある。
コンビニの数だけあった豆腐店が9分の1に・・・
消費は伸びているのに、家族経営を主体とする小規模の豆腐専門店は減少の一途をたどる。全国豆腐連合会によると、1960年のピーク時には、全国で5万1600軒あったのが2019年には5713件と9分の1に減った。62年ごろから全国的に、大手メーカーや専門店協同組合が、衛生管理の高まりや効率化を求めて、設備を近代化し、豆腐は全国への流通商品となっていった。作りたてをまちの豆腐店で買う習慣は徐々になくなり、高齢化や価格競争などが激しさを増し、小規模の専門店経営者は苦戦を強いられている。
「お豆腐屋さんが減っていくのは止められないかもしれません。でも、お豆腐屋さんが地域とつながり、小学校の授業で大豆や豆腐について教えるなど、日本の食文化を支えていると思うのです」。毎年500軒近くが店をたたむ一方で、100軒ぐらいの新規店が開業しているという。豆腐店を残したい、そんな街に住みたいという意識が高まれば、豆腐店は生き残れるだろうと工藤さんは信じている。
きっかけを作る豆腐伝道師に
嗜好品のコーヒーやチーズなどに比べ、豆腐の銘柄や原料の大豆にこだわる人は少ない。それは、消費者が本当においしいと思える豆腐に出会うきっかけが少ないからだと、工藤さんは考えている。
豆腐は、北海道から沖縄まで、地域によって種類はさまざま。原料となる国産大豆は、全国に400種類を超える。工藤さんは豆腐を「10人豆色(じゅうにんといろ)」と表現する。京都ではだしや料理の味を邪魔しない軟らかい豆腐が、東京では豆の甘みが強い豆腐が、雪深い北陸では縄で縛っても崩れないほど固い豆腐が好まれる。
例えば、初めて訪れた旅先でスーパーをのぞくと、地域によって豆腐の種類が全く違うことに驚くはずだ。豆腐店でおいしい1丁に出会えたら、次からは100円高くても駅から離れていても、そこで買うようになる。豆腐店での対面販売で勧められた通りに15〜20分程度置いて室温に戻してから食べてみたら、うまみや香りが際立ち、ぐっと味わい深くなることに気付く。
「コロナ禍で、今は、普段何気なく食べていたものを見詰め直したり、深掘りしたりするチャンスだと思います。豆腐のおいしさに目覚めるだけでも、暮らしの豊かさが変わると思うし、三度三度の食事に愛着を持つことは、日々を楽しむ上でとても大切だと思います」と工藤さん。少し手間がかかっても豆腐をおいしく味わう人を増やしていきたいと思っている。
バナー写真:一緒にイベントを開催してきた「豆富司みしまや」で、出来立てのおぼろ豆腐を手にする工藤詩織さん。撮影=ニッポンドットコム・土井恵美子
(※1) ^ イスラム教の戒律によって食べることが許された食材