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「おいなりさん」は江戸から続くファストフードの定番 : 東日本は俵型、西日本は三角形って知ってた?

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甘じょっぱく濃いめの味つけにした「おいなりさん」は、お花見や運動会のお弁当の定番。これまでは、なんとなく地味で目立たない存在だったけれど、近年は、映える “オープンいなり” スタイルで注目されている。

形も中身も東・西で違いあり

しょうゆ油と砂糖で甘辛に炊いた油揚げの中に酢飯を詰めた「いなりずし」。指でつまんで手軽に食べられる、日本のファストフードの代表格。

東日本と西日本とではいなりずしの形が違うのをご存知だろうか?

東日本は油揚げの長辺の中央で半分に切って作る「俵型」なのに対し、西日本は直角三角形が2つになるように斜めにカットして作る「三角」。加えて、東日本はシンプルな酢飯が主流なのに対して、西日本はニンジン、ゴボウ、レンコンなどを加えた混ぜご飯タイプが多いと言われる。

いったいいつから東西の違いが生まれたのかは不明。俵型と三角にはっきりとした境界線があるわけではないが、「西の丸もち、東の角もち」と同じように、岐阜県と石川県を結ぶ線のあたりが分かれ目になっているようだ。

東日本は俵型(PIXTA)
東日本は俵型(PIXTA)

西日本は三角(PIXTA)
西日本は三角(PIXTA)

油揚げはキツネの好物?

江戸時代後期の東西文化の違いをつぶさに伝える私家版百科事典の『守貞漫稿』(1837-53)には、いなりずしについて詳しい記述がある(巻六の「鮨賣/すしうり」の項)。

天保末年、江戸にて油あげ豆腐の一方をさいて袋形にし、きくらげ、かんぴょう等をきざんで混ぜた飯を入れてすしとして売り巡る

当時は江戸でも具材入りのご飯を詰めていたようだが、基本的な作り方は200年近く前から大きく変わっていない。

屋台のあんどんに鳥居の絵を描いて、「稲荷鮨」「篠田鮨」の名で販売していた。キツネが油揚げを好むことから、キツネにちなむ名前がついた。

「稲荷=稲成り」はもともと稲作・農業の神で、田畑に被害を及ぼすスズメやネズミを駆除するキツネは、稲荷神の使者と考えられていた。稲荷がやがて商売繁盛の神として信奉されるようになっても、稲荷とキツネの結びつきは続き、今も各地の稲荷社には狛犬ではなく、狛狐(こまぎつね)がいるのはご存知の通り。

大阪府和泉市の信太森(しのだのもり)葛葉稲荷神社には、白狐・葛の葉が化身して人間と結ばれる伝説がある。子どもをもうけた後になって狐であることが明るみになり、葛の葉は泣く泣く信太森へと帰る悲しい物語は、歌舞伎や文楽の演目にもなっている。日本橋人形町のいなりずしの老舗「志乃田寿司」は、まさにこの物語にちなんで「志乃田」を屋号にしたそうだ。

ただ、キツネは雑食性とはいえ、本当に油揚げが好きかというと、そこはマユツバらしい。

ワンコインで小腹を満たす感覚?

安くてお手軽なことについて、『守貞漫稿』の記述は辛辣(しんらつ)で、

最も賤価鮨なり(=安物のすし)で、両国あたりの田舎者だけを相手にしている

とこき下ろす。

いったいどれぐらいの値段だったかについては、『守貞漫稿』と同時代の『近世商賈尽狂歌合/きんせいあきないづくしきょうかあわせ』」(1852)に記録がある。

まな板に大きな包丁といなりずしが載っていて、「一本が16文、半分が8文、ひと切れ4文」という売り声が紹介されている。当時は細長いいなりずしをカットして売っていようだ。4文は今の通貨価値でいうと100円くらい。小腹が空いて、コンビニでおにぎりを買って食べる感覚に近かったのかも…。

「近世商賈尽狂歌合/きんせいあきないづくしきょうかあわせ」(1852年)国立国会図書館所蔵
「近世商賈尽狂歌合/きんせいあきないづくしきょうかあわせ」(1852年)国立国会図書館所蔵

しゃれっ気でネーミング?「助六ずし」

劇場や演芸場などで販売されているいなりずしとのり巻きのセットを「助六ずし」という。これには歌舞伎の人気演目「助六由縁江戸桜/すけろくゆかりのえどざくら」が関係している。江戸一番のモテ男・助六は、吉原で人気絶頂の花魁・揚巻(あげまき)と恋仲にあり、横恋慕する大金持ちの意休(いきゅう)と大げんかになるというストーリー。

「揚げ」と「巻」と言えば、「助六」というのが、江戸っ子一流のしゃれっけだろうか。

助六ずし(PIXTA)
助六ずし(PIXTA)

いなりずしも “映え” たい!

近年、俵型でも三角でもない新タイプのいなりずしが登場している。油揚げの袋の口を閉じず、華やかな色味の具材や、豪華食材を載せる “オープンいなり” と呼ばれるスタイルだ。

手軽でおいしいけれど、地味で目立たない存在だったいなりずし。“映え” ることで、若い世代やインバウンド客にも注目してもらえるか?

オープンいなり(PIXTA)
オープンいなり(PIXTA)

バナー写真 : PIXTA

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