「ポスト尹錫悦」の日米韓安全保障:トランプ政権の対中・台湾シフトに日本と韓国はどう向き合うのか

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韓国の憲法裁判所が尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領の罷免を決め、2023年8月の米キャンプデービッド会談に顔をそろえた日米韓の首脳は総入れ替えとなった。石破茂首相、米トランプ大統領、そして、ポスト尹の新大統領の下で、日米韓の安全保障の枠組みはどのように変容していくのだろうか。

日韓協力「選択ではなく必要不可欠」

尹氏は2024年12月3日の戒厳令発令後、国会の弾劾訴追を受けて大統領の職務が停止となり、首相や経済副首相兼企画財政相が権限代行を務めてきた。次期大統領選挙の投開票日は6月3日。韓国の指導者の空白は半年に及ぶ。米国のバイデン大統領からトランプ大統領への政権交代や、米国による相互関税の対象国化という重要な時期にトップ外交が十分にできないまま、「国難」に韓国は向き合っている。

この不安定な時期に、韓国を外交的に支えたのは隣国・日本だ。大統領「不在」の間、日本政府は韓国を「重大な関心」を持って見守り、韓国政府と協力。日韓ならびに日米韓連携を支えてきた。

趙兌烈(チョ・テヨル)外相は、朝日新聞との書面インタビュー(25年3月21日)で「“困ったときの友達”になってくれた日本などの友好国の声援と支持が大きな支えになった」とし、「韓国国内の状況が非常に厳しかった今年1月、日本国内の懸念の声にもかかわらず訪韓してくれた岩屋毅外相の友情と勇気のある決断に心より感謝」を表明した。これに関連し、尹氏の弾劾が決定した4月4日、石破首相は衆院内閣委員会で「今年は国交回復60年だ。どういう状況になっても日韓の緊密な連携を最重要課題のひとつとして取り組んでいきたい」と述べた。

なぜ今、これほど日韓関係が重視されるのか。そのひとつは日本の外交・安全保障にとって戦略的に不可欠になっているからである。「今日のウクライナは明日の東アジアかもしれない」と岸田文雄前首相が語ったとおり、周辺地域の厳しい安全保障環境が日韓の結束を求めている。趙外相も「地政学的環境が地殻変動にさらされている昨今の厳しい国際情勢の下で、両国間の協力は選択ではなく必要不可欠である」との認識を示している。

高みに至った「日米韓」

日韓の戦略協力とセットになっているのが日米韓協力だ。日米韓協力とは日米・米韓の条約同盟が介在する日米・米韓・日韓の三つ巴の外交・安全保障の協力関係だ。この関係は1950年の朝鮮戦争以来続き、94年のアジア太平洋経済協力会議(APEC)関連会議に合わせた初の日米韓首脳会談で公式化された。

第1次トランプ政権下の2019年、日米韓協力は危機に直面した。米国の国務省、国防総省は、米中戦略競争を背景にしたインド太平洋戦略の中で、日米豪印(クアッド)に続き日米韓の取り込みを試みたが、トランプ大統領は関心を持たず、金正恩(キム・ジョンウン)委員長(現在は総書記)との対話にまい進。韓国も、革新系の文在寅(ムン・ジェイン)大統領が南北対話を優先した。18~19年は日韓間で歴史問題(徴用工判決)、経済対立(日本の対韓輸出管理強化)、安全保障での対立(韓国の日韓軍事情報包括保護協定=GSOMIA=の破棄通告、レーダー照射事件)などが立て続けに起き、関係は危機に陥った。

当時、トランプ大統領は日韓関係を事実上、放置。この状況を一変させたのは、日韓と日米韓協力の回復に積極的な米国・バイデン大統領と韓国・尹大統領の登場だった。岸田首相も呼応し、23年8月のキャンプデービッドの日米韓首脳会談に至った。日米韓首脳会議はAPECなど他の会議の合わせて行われてきたが、キャンプデービッドは初の単独開催だった。今思えば、歴史の歯車が重なった奇跡のコンビネーションだった。

キャンプデービッド会談が画期的だったのは、日米韓協力を戦略的に「さらなる高み」に持ち上げたことである。従来の北朝鮮問題を中心とした枠組みとしてだけでなく、対中バランスを意識したインド太平洋戦略の核のひとつとして、またウクライナ戦争を背景に「法の支配」と国際秩序を守るパートナーとして再定義した。また経済・技術の安全保障や開発支援、気候変動などの課題に取り組む包括的パートナーシップとしても位置付けた。政府間の対話や協力を制度化し、「日米韓調整事務局」も設置した。

インド太平洋重視と対中・台湾シフトの影響は

2025年1月の第2次トランプ政権発足により、日米韓の関係継続に懸念もあった。だが、ふたを開けてみれば、トランプ政権は「キャンプデービッド」への言及は避けつつも、日米韓の協力自体は継続する姿勢だ。2月7日、ワシントンでの日米首脳会談の共同声明ではインド太平洋での日米連携とともに「日米豪印、日米韓、日米豪、日米比といった多層的で共同歩調のとれた協力」の推進を確認。日米韓の枠組みは維持された。その後、日米韓外相会談も2回実施した。

日米首脳会談後の共同記者会見で記念品を手にするドナルド・トランプ大統領(右)と石破茂首相=2025年4月7日、米ワシントン(時事)
日米首脳会談後の共同記者会見で記念品を手にするドナルド・トランプ大統領(右)と石破茂首相=2025年4月7日、米ワシントン(時事)

ただ、内容はトランプ政権の優先課題に合わせ変容もしている。そのひとつがインド太平洋における「中国・台湾シフト」だ。外交では「ソフトな孤立主義者」と言われるヴァンス副大統領のほか、伝統的な共和党国際主義の系譜で、同盟を重視する対中強硬派のウォルツ国家安保担当補佐官やコルビー国防次官らが政権にいる。両派とも同盟国への応分の負担を要求するが、ウクライナや欧州とは対照的に、インド太平洋で米軍が撤退・縮小する気配はなく、むしろ態勢を強化しつつ同盟・同志国の協力と負担増を求めている。

対中・台湾シフトの傾向はワシントン・ポスト紙(25年3月29日)が報じた米国防総省の「暫定国家防衛戦略指針」にも表れている。米軍にとって中国が「唯一の差し迫った脅威(sole pacing threat)」であり、「中国による台湾侵攻・占領の阻止」が「唯一の差し迫ったシナリオ(sole pacing scenario)」とされ、「27年」を念頭に中国・台湾事態を最優先事項に指定した。その他、ロシア、北朝鮮、イランなどのリスク抑止の大部分は欧州・中東・東アジアの同盟諸国が担い、米軍は中国・台湾のシナリオに集中するという発想だ。

「暫定指針」の通り進めば、日米・米韓同盟と日米韓協力に大きな戦略的課題が突きつけられる。朝鮮半島有事と台湾有事の「複合事態」における役割分担について公式協議は進んでいないのが現状だ。また、台湾防衛が優先され、朝鮮半島有事・北朝鮮問題が格下げされることにもつながり、韓国は困惑している。米国の「核の傘」を含む拡大抑止を話し合う「米韓核協議グループ(NCG)」、朝鮮半島域外への在韓米軍派遣に関する「戦略的柔軟性(strategic flexibility)」、在韓米軍の再編と削減、米韓連合防衛司令官(在韓米軍司令官兼務)の戦時作戦統制権返還などさまざまな問題が浮上するからだ。日米同盟にも台湾有事と朝鮮半島有事への対応についてどうバランスを取るのかはジレンマになる。

米国は対中抑止・防衛を念頭に、多岐にわたり同盟国に協力を求めている。共同演習や作戦協力のほかに、補給、米艦船等のMRO(点検・修理・整備)、造船業を含む防衛産業サプライチェーンなど統合的な防衛協力体制の構築などだ。日米韓でも、ブリュッセルの外相会談共同声明(4月3日)でこの必要性(特に造船業)が確認されたことは特筆すべきだ。昨年7月に日米韓防衛相会談で署名した「日米韓3カ国安全保障協力枠組み」の対象となるべき課題であり、豪州・AUKUS(米英豪)・フィリピンなどとの連携も必要だ。

だがトランプ大統領の個人外交(ディール外交)によるリスクも想定しなければならない。インド太平洋の防衛態勢強化により中国の台湾侵攻を抑止できれば望まない戦争を避けられる。他方、現在進行形のトランプ関税(相互関税)は自由貿易の原則のみならず経済・防衛サプライチェーンの障害となるため、協議を速やかに進め、安定の回復を図る必要がある。トランプ大統領は金正恩総書記との対話にも関心を示しているので、日韓パッシングをされることがないよう備える必要がある。「日米韓調整事務局」を活用するなど、政策協議のメカニズムの構築が望まれる。

韓国の選択 中道シフトは可能か

日米韓の行方を左右するもうひとつの要因がポスト尹の韓国だ。尹政権は米中戦略競争において、文政権の「戦略的曖昧性(strategic ambiguity)」から「戦略的明確性(strategic clarity)」へ転換し、中国に配慮しつつも、「グローバル中枢国家」というコンセプトで米国側にピボット(旋回)した。その結果が韓国版インド太平洋戦略の採用、台湾海峡の平和と安定への関与、そして日米韓キャンプデービッドであった。

文政権も2021年に米韓関係の文脈で台湾海峡を含む米インド太平洋戦略と自らの「新南方政策」との連携を表明したが、「韓半島(朝鮮半島)」中心の戦略思考と、「米高高度防衛ミサイル(THAAD)を追加配備しない」「米ミサイル防衛に参加しない」「日米韓を軍事同盟にしない」(3つのノー)という中国への配慮原則が足かせとなり、限界があった。日米韓協力は北朝鮮問題に限定していた。

ウクライナ、露朝協力、台湾など、戦略環境が激変した今、「選択ではなく必要不可欠」な所与の条件となった「グローバル・インド太平洋・日米韓」の安全保障上の関係を継承するのか、それとも路線を転換するのか。韓国なりのバランスを模索すると思われるが、ポスト尹の韓国の選択が注目される。

大統領弾劾後2カ月という短期間で大統領選投開票日を迎えるがゆえに与党・保守系「国民の力」は苦戦を強いられる。最有力候補と目されているのは野党・革新系(進歩系)「共に民主党」の李在明(イ・ジェミョン)代表である。韓国政治は分断されていると言われるが、それに辟易(へきえき)としている中道層(無党派層)もいる。李代表は中道層の支持も獲得しなければならない。対外的には今、直面しているさまざまな「国難」を乗り越えるためにも日米との連携を基本として選択せざるを得ない。

最近、李代表と「共に民主党」は米韓同盟、日韓協力、日米韓協力の価値を認めていると現実路線・「実用主義」路線を内外でアピールした。ただし、対中政策や台湾問題についてはまだ曖昧(あいまい)だ。状況が一変した南北関係・北朝鮮政策についても明確な立場は出していない。米ワシントン・ポスト紙とのインタビュー(25年2月14日)で李代表は米朝対話を歓迎した。朝鮮半島の平和と核・ミサイルで意味のある成果を得られれば、トランプ大統領をノーベル平和賞に推薦したいと明言している。懸念も残るが、日韓国交正常化60年の節目に、日韓両国が共に厳しい安全保障環境を乗り越えていくためにも、韓国の中道シフトに期待したい。

バナー写真:NATO外相会議の際の日米韓外相会談に出席した、岩屋毅外相(右)、ルビオ米国務長官(中央)、趙泰烈韓国外相(左)=2025年4月3日、ブリュッセルのNATO本部(AFP、時事)

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