
トランプ関税への対処法:日本はEUや豪州、韓国と「自律連合」の形成を
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米国の黄金期を知らないトランプ政権のブレーンたち
トランプ米政権が打ち出した相互関税の本質は何か。まずそれを見極めないと、日本がどう対処すべきかが見えてきません。株価の急落を放置できなくなって、トランプ大統領は相互関税の実施を90日延期すると発表しましたが、本質は変わりません。
戦後の自由貿易体制が米国の繁栄を崩したという考え方は、決してトランプ氏1人のものではない。今40代のエコノミストにそういう捉え方をする人が多い。大統領経済諮問委員会(CEA)のスティーブン・ミラン委員長や、先日訪日していた政権ブレーンのオレン・キャス氏たちがそうです。彼らは米国の黄金期を知らない世代です。米国は「核の傘」を提供して世界の安全を守ってきたのに、各国はそれを利用しているだけじゃないかという強烈な被害者意識があります。安全保障と経済を一体に考えているから、安保が欲しいなら経済でそれに見合う負担をするのは当たり前だと。こういう世界観は要注意です。
もちろん自由貿易体制が米国の利益になってきたじゃないかと反論するのはたやすい。まっとうな経済学を学んできた人間なら、戦後の経済秩序によって米国の覇権が維持されてきたと理屈の上ではいくらでも言えます。ドルという基軸通貨を持っているから、輪転機でどんどんドル紙幣を刷ってきたんだろうと。
米国の製造業を復権させるために関税を上げるというのが彼らの理屈です。でも米国の経済実態を理解していれば、関税を上げたところで、生産基盤が毀損(きそん)して、部品などのサプライチェーンもガタガタ。しかも移民を強制送還して、労働コストが高くなっている。こんな状態で製造業は絶対復権しない。貧富の格差が極端に強まって、中西部の白人労働者の雇用が失われているというなら、本来は米国政府が再分配政策で対処すべきです。
ただし、そういう正論が、今のトランプ政権に響くとは思えない。彼らなりに壮大な実験をしているからです。実験の結果、失敗したということが分かるまで続くと思います。だから今回の混乱は失敗に気付かせるためのコストととらえる必要があるかもしれません。
インタビューに応える細川昌彦・明星大学教授(ニッポンドットコム編集部撮影)
グローバルサウスが中国になびく展開に警戒を
今後の悪い展開として考えられるのは、グローバルサウスの国々がもう米国に依存できないということで、中国になびくことです。相互関税で一番ダメージを受けるのはグローバルサウスです。米国が手を引くことで、その空白を中国に埋められる。放置していたらみんな中国になびいてしまう。これが最悪のパターンだと思います。日本がそうした国々を引き寄せる努力をすべきでしょう。
世界は米中の両大国がそれぞれ「自国第一主義」で動く時代に突入しました。ブロック経済化の危機です。中国は口では自由貿易と言いながら、やっていることは全然違います。重要産業については国内で自己完結できる産業政策を推し進めている。
だからこれから日本の生きる道は、豪州や韓国、そしてEU(欧州連合)とどう連携していくかだと思います。私はこれを「自律連合」と呼んでいます。グローバルサウスも取り込みながら、自律連合をどう組んでいくかが大事です。
実は私は通産省に勤務していた1980年代に同じ経験をしました。当時はEUの経済統合と北米の自由貿易協定が進んで、両方がブロック経済化することに大変な危機感、恐怖心があった。そこで豪州などに接触して、APEC(環太平洋経済連携協定)の構想を編み出したんです。
日本の強みは他国からの信頼
これからはEUがすごく大事になってきます。端的に言えば、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)にEUを入れることです。トランプ政権がTPPに戻ってくることはもうない。TPPをベースに米国市場ではないものをどれだけ広げて行くかしか手はない。日本はそういう戦略的な対策を練るべきです。
日本のように小さいマーケットの国が報復関税をやっても、自分が受けるダメージの方が大きくなる。だから各国が個別に米国に対応するのではなく、共同歩調を取ることが大事です。表で声高に言うより、水面下で進めたらいい。
幸い、TPP11を取りまとめる過程で日本は貴重な財産を得ました。それは信頼です。日本はウソをつかないと。自国のことだけを言っていたら交渉はまとまりませんが、日本は汗をかいて調整役を果たした。だからASEAN(東南アジア諸国連合)も日本を信頼している。そこは中国とは違う。自分たちの国の価値を自覚することが大事で、日本はこの強みを生かさないといけません。
その意味で石破政権がやっていることには不満があります。何と言っても対応が遅い。2月7日に日米首脳会談をしてから何もフォローしていない。日本にとって影響が甚大なのは相互関税よりも25%の自動車関税です。3月に自動車関税の発表があった後、武藤容治経産大臣を訪米させてハワード・ラトニック商務長官と協議させましたが、ラトニック氏には当事者能力がないんです。トランプ大統領しか決められないのだから。しかも武藤大臣はラトニック氏との交渉が不調だったからと言って対策を事務方に降ろしている。しかし降ろされた事務方も困るのではないでしょうか。
自動車関税こそ日本の死活問題
石破茂首相は4月7日に大統領と25分間、電話で協議しましたが、協議の後にトランプ大統領はSNSに以前と同じ日本の自動車とコメへの不満を書き込んでいる。要するに相手に刺さるような話ができなかったということです。電話協議は石破首相が国内向けに「やってる感」を出すためだったとしか思えない。
自動車の非関税障壁は国交省、農産物の扱いは農水省です。本来、首相はこういう役所を巻き込んで交渉の枠組みを指示しないといけない。首相が指示したら役所は動きます。農産物は参院選を控えて自民党はカードとして切り出しにくいでしょう。しかしコメ高騰で備蓄米を放出している現在、ミニマムアクセスで米国産の安いコメの購入を拡大することなど世論にも支持されるのではないでしょうか。
全部の閣僚を集めて対策会議をやって「やってる感」を出すのではなく、トランプ氏の関心に焦点を当てて石破総理自らが検討を指示して主導することが重要でしょう。
日本にとって関連業界を含めて550万人の雇用を抱える自動車こそ死活問題です。都道府県に相談窓口を設けるというのも大事だけど、交渉の戦略を早急に立てることも必要です。
(聞き手:ニッポンドットコム常務理事 古賀攻)
バナー写真:ホワイトハウスのローズガーデンで世界各国・地域への追加関税を発表するトランプ大統領=2025年4月2日(AFP、時事)