誕生から4年で国民的キャラ 今や「世界のちいかわ」に

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ツイッター(現X)で連載される漫画から始まり、爆発的な人気となっているキャラクター「ちいかわ」。かわいい生き物たちが展開するダークな世界観が大人にも受け、世界各国で人々を魅了している。人気の秘密を考察する。

ツイッター投稿から始まった

「ちいかわ」は「なんか小さくてかわいいやつ」の略で、クリエーターのナガノ氏が2017年からツイッターで投稿を始めた漫画に登場する二頭身の動物キャラクターだ。「こういう風になって暮らしたい」という作者の願望が映しだされており、20年1月からは専用の独立アカウントで公開されるようになった。

日本では11年ごろから、イラストレーターらがSNSにキャラクターや漫画を盛んに投稿し始めた。LINEやツイッター、ピクシブのようなコミュニケーション・投稿サービスが急激に普及していく中で、「ゆるキャラ」と呼ばれるキャラクターが数多く生み出された。14年5月に始まった「LINEクリエイターズスタンプ」の仕組みでは、スタンプ販売額の50%が著作者に還元されるようになったことがイラスト投稿者の増加を促し、クリエーターエコノミー(※1)のはしりとなった。

13年にキャラクター玩具大手サンリオが生んだ「ぐでたま」は、この市場拡大の波に乗った好例だ。SNS投稿とフォロワーによるシェアという新しい連載形式で14~18年に人気を集めた。下図で示したように、「ぐでたま」は18年1月にXのフォロワー登録者が100万人に達している。20年のコロナ禍のロックダウン期に入ると、活躍の場をデジタルに移行させるクリエーターが増え、LINEのスタンプビジネスがさらに活況を呈することになる。21年にはスタンプの累計売上高は1000億円を記録し、トップ10人のクリエーターの平均収入は約11億8000万円に上った。154人が1億円越えの収入を達成したが、登録されているスタンプクリエーター390万人のうち、きちんと稼げるレベルのクリエーターは0.01%にも満たない。

ゆるキャラのXフォロワー

ナガノ氏、当代随一の絵師で詩人

そうした厳しいスタンプクリエーター界において、ナガノ氏はすでに有名な作家であった。「自分ツッコミくま」「パグさん」「ぶりっこうさぎ」「気持ち色々パンダ」「うごうごうさぎ」「三択ねこ」などさまざまなキャラクターを次々と創作し、LINEのクリエイターズランキングで何度も1位に輝いた。「ちいかわ」を開始した時の本人のXフォロワーは33万人と、「人気絵師」としての地位をすでに確立していた。

なぜ1枚のイラストだけで表現されるキャラクターが、アニメやゲームのような巨額の開発費や宣伝費が投じられる作品をしのぐほどの人気を博するのか? ナガノ氏が生み出してきた作品に共通するのは、かつて新聞を中心としたメディアで多用された「カリカチュア(風刺画)」の精神だ。同氏の「ねことの共存」というXへの投稿では、「それぞれが自由に動き回り 視界にちらちらと入る なんたる幸せ」という言葉が添えられている。「あいすまんじゅう」というタイトルの投稿では、食べた瞬間を表現した「むちむちしたバニラ部分とねっちりとしたあんこ」という記述が読者の想像力を刺激する。まるでイラスト付きの詩や俳句のようだ。

ナガノ氏は「日常の、なんでもない一場面に、感じる幸せ」を1コマ漫画によって切り取る天才である。「ちいかわ」の世界では、キャラクターたちのサバイバルが展開される。日々食べ、働き、寝る―を繰り返しながら、ちっぽけで脆弱(ぜいじゃく)な生命体たちが身を寄せ合って小さな幸せをかみしめる。厳しい現実を生きる現代の大人へのエールにもなっており、単にゆるく、ふわっとしたファンタジーに終わらせていないところが人々の共感を集めている秘密だろう。

傍流メディアから「主流」に

ナガノ氏も2020年7月、ちいかわのLINEスタンプを発売した。21年3月度には、LINE社がダウンロード数、利用頻度、話題性などを総合的に判断して優れたスタンプや絵文字を選ぶ「トップクリエイター部門」でMVPに輝いている。

東京・池袋に常設された「ちいかわレストラン」のプレスリリースから
東京・池袋に常設された「ちいかわレストラン」のプレスリリースから

この勢いを拡大させるべく、ナガノ氏側はキャラクターグッズのライセンス事業を展開するスパイラルキュート社と提携。グッズ販売や公式の電子商取引(EC)ショップを始めるなど、本格的なグッズ販売に乗り出していった。さらに、22年4月にはフジテレビの番組「めざましテレビ」内でアニメ放送が始まり、「ちいかわ覇権」はもはや盤石と言えるまでになった。それを示すように、「ちいかわ」の公式Xのフォロワーは以下のように爆発的に増加してきた。

2020年:1万人→40万人

2021年:40万人→80万人

2022年:80万人→170万人

2023年:170万人→280万人

「ちいかわ」のXフォロワー数は4年間で「倍々ゲーム」を続け、23年末の時点で「鬼滅の刃」(Xフォロワー数294万人)、「ポケモン」(同234万人)、「ワンピース」(同206万人)といったトップコンテンツと肩を並べた。25年4月現在は400万人弱、ダントツの国民的キャラクターになっているのだ。

ここで、「ちいかわ」がコミック発でもアニメ発でもないことを強調したい。Xにほぼ毎日投稿される1コマ、1枚のショートストーリーの連載が「ちいかわ」の起源である。インターネットやSNSは旧来メディアからみれば傍流である。だが、近年プロだけがしのぎを削るクリエーターの世界を変革させてきたのは、ニコニコ動画やYouTube、TikTokといったアマチュアが主戦場とするメディアだ。そうした動きの象徴的なコンテンツが「ちいかわ」なのだ。

傍流メディアから出たコンテンツである「ちいかわ」は、次々とプロが選ぶ権威ある賞を獲得する。SNS流行語大賞(22年)、日本キャラクター大賞(22年、24年)、日本漫画家協会賞大賞(24年)…。まさに傍流が主流を飲み込んだといっても過言ではない。

中国発の海外人気

国内キャラクター界での「ちいかわ一強」は、そのタイトルとは正反対に巨大な経済圏を築いている。2024年3月からはグッズの本格的な海外販売も始まった。

海外でいち早く「ちいかわ」人気が高まった中国では、並行輸入品とともに多くの海賊版グッズが出回っていた。これに対応するためスパイラルキュート社は、「MINISO」ブランドを展開する中国の雑貨店大手、名創優品と提携。上海市に初の公式ポップアップショップを出店し、同年3月29日から3日間の売り上げは約800万元に達した。入店を待つ列は一時約7000人に膨らみ、公安警察が「待機列禁止」の指示を出すほどだった。熱狂は続いて北京、香港をへて、瞬く間に台湾、マレーシア、韓国へ飛び火し、ニューヨーク、ラスベガスでもポップアップショップが展開されて大盛況となった。

「ちいかわ」は24年に中国で売れた知的財産(IP)でトップ10に入る人気で、MINISOが表彰する「超級IPアワード2024」では、ハリー・ポッターやディズニーのキャラクターなどと並んで受賞の栄誉に輝いた。「日本のちいかわ」は、もはや「世界のちいかわ」になったのだ。

アプリゲームで新たな地平

「ちいかわ」の強みは、その継続性である。Xでの掲載が始まってから最初の3年間で、投稿が無い日は200日程度だった。ほぼ毎日新たなコンテンツが投稿され、テレビをつければアニメが放映されている。各種イベントなどでのコラボレーションも盛んで街中で見かけないことがほとんどない。

東京で開催された米大リーグ開幕戦とコラボした「ちいかわ」のグッズ=2025年3月7日、東京スカイツリータウン(Kazuki Oishi / Sipa USA via Reuters Connect)
東京で開催された米大リーグ開幕戦とコラボした「ちいかわ」のグッズ=2025年3月7日、東京スカイツリータウン(Kazuki Oishi / Sipa USA via Reuters Connect)

「ストーリーと世界観がしっかりとあり、コンテンツ更新が継続されている」という特性は、これまでのゆるキャラに大きく欠けていた部分だ。高い更新頻度と視認度は、新たなキャラクターコンテンツの展開において必須の要素となっている。

さらなるメディアミックス(※2)も始まった。2025年3月には、アプリゲーム「ちいかわぽけっと(ちいぽけ)」がリリースされ、最初の1週間ほどで300万ダウンロードを記録した。SNS、テレビアニメ、グッズ展開をへて、「ちいかわ」はアプリゲームによってどのように新地平を拓いていくのか。「世界のちいかわ」のさらなるステージアップが始まることになるだろう。

バナー写真:中国・上海に登場した「ちいかわ」のポップアップストア=2024年3月29日(新華社/共同通信イメージズ)

(※1) ^ 個人のクリエーターがインターネット上で創作物やサービスを提供し、利益を上げるデジタル市場

(※2) ^ 複数の異なる表現媒体(メディア)を使って、広告や作品を展開する手法

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    キャラクター SNS LINE クリエイター ちいかわ

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