「ポスト尹錫悦」の日韓関係:「米国抜き」で互いに向き合い、問題を解決できるか

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唐突な「戒厳令」騒乱から4カ月。ついに韓国大統領の罷免が確定した。米国の変質により戦後の国際秩序が崩れつつある中、6月に国交正常化60年を迎える日韓関係はどこに向かうのか(文中敬称略)。

李在明=反日政権の誕生という日本側の懸念は妥当か

2025年4月4日、韓国の憲法裁判所は8人の裁判官による全員一致で尹錫悦(ユン・ソンニョル)の大統領罷免を確定させた。これにより大統領不在の中、60日以内に大統領選が実施され、直ちに新大統領が就任する。

新政権の成立は、日本を含む他国との関係に大きな影響を及ぼす。この点について、日本でよく指摘されるのは、日韓関係を重視し、元徴用工問題に代表される歴史認識問題においても融和的な姿勢を示してきた尹錫悦の退陣により、韓国政府の対日政策が再び敵対的なものになるのではないか、という懸念である。とりわけ、第一野党「共に民主党」の候補者になると目される同党代表の李在明(イ・ジェミョン)がこれまで歴史認識問題で日本に強硬な姿勢を取ってきたことから、「左翼政権の誕生により対日関係が悪化する」事態が懸念されている。

とはいえ、現在の韓国の対外政策、とりわけ対日政策を考えるうえで重要なのは、かつての日韓関係の延長線上で設定された歴史認識問題や領土問題とは異なる要因の比重が高まっていることであろう。なぜなら、日韓関係を取り巻く国内的・国際的環境が大きく変化しているからである。

政策議論の余裕を失わせる左右のイデオロギー対立

まず韓国の国内的状況から見てみよう。第1に指摘すべきなのは、韓国国内の激しいイデオロギー的分断である。尹錫悦の弾劾過程で発生した弾劾賛成・反対両派による巨大デモが可視化したように、今日の韓国世論は保守・進歩の両派により大きく分断されている。各政党も自らの支持層の偏りに配慮して、政策をイデオロギー化させる傾向にある。大統領選挙において与野党の各候補者は党内の予備選挙を勝ち抜かねばならず、左右両極化が進む状況で勝利するためには、中道側ではなく、両端に足場を置く方が合理的である。結果、与野党の政策が先鋭化し、お互いの対話すら難しくなっている。

このような状況においては、保守・進歩どちらの陣営から大統領が選出されても、対立陣営との融和による円滑な政策運営は難しい。とりわけ保守派は現状、国会での少数勢力であり、この状態は2028年まで続く。すなわち仮に保守派が巻き返しに成功して大統領選挙に勝利したとしても、尹錫悦政権期と同様の事態が続くことになる。それゆえに、尹錫悦政権初期に見られたような、穏健な対日政策が有効な形で行われる可能性は極めて低い。

国内の変化として指摘すべき2点目は、韓国の政治家たちが対外関係について議論する余裕を失っていることである。大統領選挙まで2カ月を切っているのに、保守派は候補者の見通しすら立っておらず、故にその政策の方向性は全く見えない。これは野党の側においても同様だ。李在明は与党攻撃を強める一方で、対外政策はおろか、有権者の主たる関心であろう国内政策についても、具体的な内容を打ち出すにはいたっていない。そもそも対外政策で決して優先順位が高いとは言えない対日政策について、保守・進歩両派が積極的に政策を打ち出すとは考えられず、過去2回の大統領選挙と同様に、選挙戦で対日政策に関わる具体的な議論が行われる可能性は極めて低い。

そのことは、韓国の次期大統領の対日政策が、選挙戦で決まるというより、選挙後に決められることを意味している。そして、ここに暗い影を落とすのが、国際的な状況の変化である。

トランプ政権による国際秩序破壊の荒波

まず、アメリカのトランプ政権による一連の政策の影響がある。いわゆる「相互関税」の発動に典型的に表れているように、トランプ政権は急速に孤立主義的傾向を深めている。加えて、その安全保障政策も同盟国や友好国と協力して、国際秩序の維持に努める従来のやり方から、むしろ同盟国や友好国との関係を「負担」と捉え、対抗陣営よりも自陣営側への圧力を強化する方向へと転じている。言わば、アメリカ自身がアメリカを機軸とする国際秩序を破壊する形になっている。

韓国にとってアメリカは同盟国であり、国際関係において最も重要な相手国である。にもかかわらず、そのアメリカが国際社会における役割を自ら放棄せんとする状況は、韓国外交からその機軸を失わせる。朝鮮半島の南半に位置する韓国は休戦ラインを挟んで北朝鮮と対峙するのみならず、狭い黄海を挟んで中国とも向かい合っている。仮にアメリカの朝鮮半島に対する関与が劇的に減少すれば、その安全保障上の基盤は大きく損なわれる。

米国が仲介者ではなくなる時代に

アメリカの「撤退」は、日韓関係においても幾つかの影響を与える。

一つ目はこれまで主としてアメリカによって設定されてきた、安全保障上の政策の方向性の喪失である。これまでの日韓両国の安全保障政策は、アメリカの政策を前提として打ち立てられてきたものであり、だからこそ歴史認識問題を含む様々な問題が生じてもその安全保障政策の方向性だけは、基本的に同じくすることが出来た。しかし仮にアメリカがこの地域に関与せず、何らの政策的方向性をも示さなくなれば、日韓両国は各々独自に安全保障政策を作らねばならず、互いに綿密なすり合わせを行わなければ、方向性が一致しなくなってしまう。

アメリカの「撤退」が持つ二つ目の影響は、仲介者の消滅である。安倍晋三・朴槿惠(パク・クネ)両政権期のオバマ政権が典型であるように、これまでのアメリカは日韓両国の関係が大きく悪化すると、仲介者としての役割を繰り返し果たしてきた。しかし、トランプ政権下のアメリカが今後同様の役割を果たすとは思われず、日韓両国は自らの問題を自らの手で解決することを余儀なくされる。世論が分断される韓国と、与党の弱体化が進む日本の政権にとって、極めて重い課題だ。

国際的要件の変化の中には、北朝鮮の対韓政策の変化もある。北朝鮮は2023年末から南北統一、とりわけ平和的手段による実現の放棄を公式に打ち出しており、韓国を統一の相手ではなく、「敵国」として位置付けるようになっている。これにより直接的な影響を受けるのは、北朝鮮との対話とその延長線上に平和的統一の可能性を目論んできた韓国の進歩派勢力である。2016年のTHAAD(終末高高度防衛ミサイル)配備問題に伴って中国から実質的な経済制裁を受けて以降、中国への国民感情が悪化する韓国では、朴槿惠政権期のような対中接近を行うことも現実的ではない。韓国外交の方向性はこの点でも不確かなものとなっている。

安保でも経済でも日韓は利害を共有する

こうして見ると、現在の日韓関係において重要なのは、歴史認識や領土に関わる個別問題への解決や対処よりも、両国が自らの外交戦略をどう再構築し、そこに日韓関係をどう位置付けるかであることがわかる。例えば、アメリカが関与を後退させる中、日韓両国が自らの安全保障体制をどう再構築するか。アメリカの軍事的後退が、日韓両国の協力と自主国防力拡大の必要性を意味するならば、韓国にはこれまで警戒を続けてきた日本の軍備拡大とその延長線に存在する憲法改正の可能性に、GOサインを出す必要が生まれるかもしれない。

経済関係についても同様のことが指摘できる。アメリカによる保護貿易主義が深刻化すれば、日韓両国は自らの経済的利益を維持するために「アメリカ抜き」の状況で自由貿易体制の維持に向けて協力する必要が生まれる。そのためには、例えば、日本が必ずしも積極的ではなかったCPTPP(環太平洋パートナーシップ包括協定)への韓国加盟が議論される可能性があるかも知れないし、既に加入の意志を明らかにしている中国の包含をも検討する必要が生まれるかも知れない。これらの問題に日韓両国がどう対処し、この地域でのリーダーシップを発揮するかは極めて重要だ。

明らかなのは、今日の日韓両国が、歴史認識問題や領土問題といった個別の問題で対立し、関係を悪化させる余裕のある状態にはないことである。それゆえに韓国の政権が「親日/反日」のどちらかであるかを基準に日韓関係を捉え、準備するのが適切だとは言えない。何より重要なのは、より大きな視点から日韓関係と今後の国際社会における両国の立ち位置を確認することだろう。

バナー写真:韓国最高裁による尹錫悦大統領の罷免決定を受け、「民主的な政府樹立を」とのプラカードを掲げる反大統領派の人たち=2025年4月4日、ソウル(AFP=時事)

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