
深まる米欧対立:歴史的転換迫られる欧州防衛策
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欧州批判に反発
きっかけは2月中旬、ドイツ・ミュンヘンで開かれた安全保障会議に参加したバンス米副大統領が「欧州大陸が直面する最大の脅威はロシアや中国ではなく、(欧州の)内なるものだ」と演説し、欧州の民主主義の在り方を痛烈に批判したことだ。
ミュンヘン安保会議は、安全保障を討議する中で米欧が共有する価値やNATO同盟の意義を再確認するのが習わしだった。ところが、バンス氏は「欧州は自らの防衛を大幅に強化せよ」と繰り返す以外は、演説の大半を欧州批判に費やし、偽情報や「ヘイトスピーチ」に対する欧州諸国の規制措置を「言論の自由の弾圧」と非難した。翌週に迫ったドイツ総選挙を巡っては、極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)を擁護するなど内政干渉まがいの発言もあった。
バンス氏の発言にドイツのピストリウス国防相は「容認できない」とかみつき、欧州連合(EU)のカラス外交安全保障上級代表(外相)も「われわれにケンカを売っているようだ」と反発したものの、欧州を粗略に扱うトランプ政権の本音をまざまざとみせつける演説だった。
「再軍備計画」
米国の対欧姿勢の激変を受けて、真っ先に動いたのは英国だ。スターマー英首相は約10日後の同月25日、「安全保障は新たな時代に入った」と語り、国防費を2027年に国内総生産(GDP)比2.5%に引き上げると発表した。前政権が掲げた「30年まで」の目標を前倒しし、対外援助を削って「冷戦終結以来最大の持続的な国防費増額に着手する」と宣言した。
EUも敏速に反応した。英国発表の翌週、欧州委員会(EUの執行機関)のフォンデアライエン委員長は、加盟国が防衛投資に総額8000億ユーロ(約128兆円)を投入する仕組みを整備する「欧州軍備再構築計画(ReArm Europe Plan)」案を公表した。
計画案は直後のEU首脳会議で了承され、欧州委員会は3月19日、「2030年までに対米依存の脱却と欧州防衛を強化する」と明記した防衛白書を発表し、再構築計画の詳細を明らかにした(※1)。白書は「第二次大戦後、かつてない規模で国際秩序が激変し、米国の軸足がアジアに移りつつある」との認識に立って、「欧州の軍備を再構築する時がきた」と宣言している。
具体的には▽防空・ミサイル防衛▽精密砲撃システム▽ミサイル・弾頭▽ドローン▽機動・輸送力▽AI(人工知能)・サイバー電子戦能力▽重要インフラ防護の7分野を挙げており、EU域内での共同・大量調達に向けて、欧州防衛産業市場の構築、サプライチェーンの確立、投資の拡大などをめざしている。
注目されるのは、EU財政規律によって各加盟国は財政赤字幅を一定限度内に収めなければならないが、防衛費に限っては最大GDP比1.5%まで規律の超過を認める例外措置を設けたことだ。また、EUが特別債券を発行して市場の資金を募り、加盟国に融資する制度「欧州安全保障行動」(SAFE)も創設され、5年後をめどに本腰を入れて軍備増強に取り組む姿勢を示した(※2)。
独自の「核の傘」
核抑止の面でもかつてない動きが起きている。フランスのマクロン大統領は3月5日、同国の「核の傘」(拡大核抑止)を欧州全体に広げるための戦略的協議を「6月までに欧州諸国と始める」と表明した。
マクロン氏は「欧州の未来はワシントンやモスクワで決められるべきでない」と語り、ドイツの次期首相候補のメルツ・キリスト教民主同盟(CDU)党首の呼びかけを受けて、この構想を提唱したという。
欧州はこれまで究極の安全について、もっぱらNATOを通じた米国の「核の傘」に依存してきた。米ロ両国がそれぞれ約5000発以上の核弾頭を保有しているのに対し、フランスは約290発と少ない。それでも、仏独主導で欧州独自の「核の傘」構想が実現すればNATOの歴史的転換となるだけに、ロシアのプーチン政権は「重大な脅威となる」と、強く反発している。
信頼崩壊の危機も
EUの白書や計画に沿って、ロシアと国境を接するバルト3国やポーランドが相次いで国防増強策を打ち出したほか、ウクライナ戦争を機にNATOに加盟したスウェーデン、フィンランドも防衛費の大幅な拡大計画を発表している。また、防衛強化に腰が重かったドイツも、「戦後最大の財政改革」とされる基本法改正に踏み切り、防衛費の大幅増加とウクライナ支援強化に道を開いた。
ただ、欧州にみなぎる軍備増強の動きは、トランプ政権によって半ば強いられた結果でもあったことは見過ごせない。とりわけバンス氏の演説でみられたように、米欧共有とされてきた自由、民主主義といった価値や信条まで頭ごなしに否定された欧州諸国側にとって、安全保障の次元を超えた深層の対米不信感が芽生え始めている。
NATOに結実した大西洋同盟には単なる軍事同盟以上に、冷戦初期の全体主義の嵐から自由・民主主義を守るための「価値で結ばれた絆」の要素があった。米国の戦略専門家は「欧州はもはや米国の欧州防衛誓約を信じていない。相互信頼の崩壊がNATOの将来に深い疑念を生んでいる」(※3)とも指摘する。
米国がインド太平洋に軸足を移すのは悪いことではないが、そのためにNATOの実効性や信頼性が失われては、対中抑止などを含めて日本にとっても看過しがたい損失だ。米欧の相互信頼の回復に向けて、日本も注視していく必要がある。
バナー写真:EU特別首脳会議を前に、「ウクライナを守れ、欧州を守れ」と書かれた巨大な幕を掲げる市民活動家ら=2025年3月5日、ブリュッセル(AFP=時事)。翌6日の首脳会議ではウクライナへの強い支持とともに、最大8000ユーロ(約128兆円)に及ぶ新たな軍備計画を承認した。
(※1) ^ ▽防衛白書(JOINT WHITE PAPER for European Defence Readiness 2030)
▽欧州再軍備計画(ReArm Europe Plan/Readiness 2030)のファクトシート
(※2) ^ 「欧州委、8,000億ユーロ規模の防衛投資策『欧州再軍備計画』の詳細を発表」、Jetroビジネス短信、3月21日。
(※3) ^ “NATO Without America: How Europe Can Run an Alliance Designed for U.S. Control,” By Ivo H. Daalder, Foreign Affairs, Mar.28, 2025