
何を今さらジャック・マー:長引く不況にすくむ「習ノミクス」
国際・海外 経済・ビジネス- English
- 日本語
- 简体字
- 繁體字
- Français
- Español
- العربية
- Русский
続くデフレ圧力
公表されている24年の経済成長率は5.0%。しかし、12月の若年層都市部失業率(16~24歳)は15.7%と前年同月を上回る数字を記録するなど、実態はさえない。
シカゴ大学のルイス・マルティネス教授は、夜間の衛星画像の光の量から各国の国内総生産(GDP)を推計する研究で知られる。教授によれば、民主主義国は、発表されるGDPと光量からの推計値にあまり差がないが、独裁国家は発表値が推計値を大きく上回る傾向にある。中国の場合は、通常3割方、水増しされているという。
昨年の「5%成長」も、大きな疑問符がつく。国内の物価動向を示すGDPデフレーターは、24年7-9月期まで、6四半期連続のマイナス。デフレ圧力が続く上に、深刻な内需の弱さも相まって、中国経済に明るい材料は見当たらない。
アリババ創業者の“復権”
政権は2月、「民間企業座談会」を6年ぶりに開催し、習近平国家主席が経営者らと意見交換した。出席した14人の中には、ネット通販最大手アリババの創業者、馬雲(ジャック・マー)氏の姿もあり、習氏と握手を交わして大きな注目を集めた。
馬氏は2020年、傘下の金融会社アント・フィナンシャルの新規上場を当局に阻止され、21年には独占禁止法違反で巨額の罰金を科された。講演で金融政策を批判したのが原因とされ、一時は逃亡者さながら、日本に長期滞在していた。突然の表舞台復帰は、不況脱出の決め手を欠く政権の「ワラにもすがる」思いの表れだろう。同じ席には、やはり罰金を科されたインターネットサービス大手テンセントの創業者、馬化謄(ボニー・マー)氏も招かれていた。
消費が過小な経済
鄧小平氏が音頭をとった「改革開放」は、中国共産党と内外の資本の「共存共栄」を目指したが、鄧氏亡き後の2012年に最高指導者となった習氏は、改革開放を逆走した。 「国有企業は、より強く、より優秀に、より大きく」と、「国進民退」の肯定ともとれる発言も残している。民間企業には、外資系企業も含め社内に共産党委員会の設置を押しつけた。
中国から撤退、または第3国に拠点を移す外資が急増しているのは、市場としての先細り懸念とともに、不当な経営介入を嫌ってのことだろう。
一方で、中国経済の苦境を習氏1人の責任に帰するのは、やや公平を欠く。国際通貨基金(IMF)のデータベース「WORLD ECONOMIC OUTLOOK」で中国経済の長期トレンドをたどってみる。
「保八」(年8%以上の成長維持)を唱えた胡錦涛政権(2002-12年)下で、GDPは10%前後の成長率を維持し、政権最終年(12年)に7.8%と初めて8%を割った。胡政権は、景気刺激のアクセルを踏み続け、米国発の「リーマン危機」(08年)の際に4兆元(約80兆円)の景気対策を打ちだし、バブルをあおった可能性がある。習氏が「住宅は住むものであって投機対象ではない」と警告した時、バブルは、はじけかけていた。
7%台の成長でスタートした習政権下で、成長率は年々下がり、2020年のコロナ禍下の大減速を経て、今日に至る。
中国経済の著しい特徴は、貯蓄の割合がきわめて高く(GDP比40~50%)、官民合わせた総投資の割合も、GDPの40%台と高いことだ。一方で、ほとんどの国でGDPの過半を占める民間消費支出の割合が、40%前後と、きわめて低い。
直近の数値を他国と比べると、GDPに占める総投資の割合が、中国41%に対し、日本26%、米国21%、インド33%。総貯蓄のGDP比は、中国43%、日本30%。米国17%、インド32%と、投資も貯蓄も中国が突出している。
投資につぐ投資の果て
消費が過少(貯蓄が過大)な経済では、貯蓄を投資に注ぎ込まないと、不況に陥る。だが、投資に投資を重ねると「収穫逓減の法則」通り、リターンは落ちる。
一例を挙げれば、中国の高速鉄道は、2008年の開業からまたたく間に総延長が地球一周分(4万キロ)を超えたが、かろうじて黒字なのは、北京ー上海間だけで、中国鉄路集団は120兆円規模の赤字を抱えている。
高速道路の総延長は約18万キロメートルに達し、これは地球4周分にあたる。開発特区などでは、建設途上で放置された超高層ビルが廃墟化している光景も見られる。世界で消費されるセメントの量は年約40億トン余りだが、そのうち中国は20億トン強を占めてきた。
投資につぐ投資の果てに、中国経済は失速した。かつては中国が経済規模で米国を抜くのは当然視され、「いつ抜くか」が注目されてきたが、今では「永遠にその日は来ない」と見る人が増えている。
巨大な不良債権と人口減
米ドルでみた中国の名目GDPの世界シェアは、2021年の18.3%をピークに、23年には16.9%に落ちている。中国経済は、ピークアウトした可能性が大きい。
中国当局は、遅まきながら特別長期国債を発行して景気対策に乗り出した。家電製品やスマホ、タブレットなどの購入に補助金を出すというが、「消費の先食い」に終わるリスクがある。例えば社会保障費を大幅に増やし、国民のまさかへの備え(貯蓄)を軽くし、消費増を促す、といった選択肢もあったはずだ。
当局は不良債権を抱えた国有銀行に資本注入も始めたようだ。日本がバブル崩壊後に処理した不良債権は約100兆円だった。経済規模から類推して、中国の不良債権はその何倍か、十倍を超えるかもしれない。
何よりも懸念されるのは、人口動態だ。日本のバブル崩壊時には、人口はまだ増え続けていた。中国は、22年から3年続けて人口が減っている。24年は前年比139万人の減少。25年には、人口が14憶人を割り込みそうだ。
中国の女性1人が生涯に産む子供の数(合計特殊出生率)は、ほぼ1.0人。人口置き換え水準(2.1人)の半分にも達しない。人口構成の逆ピラミッド化が進む中で経済成長を取り戻すのは、容易ではない。「未冨先老」(豊かになる前に高齢化する)のリスクが高まる。
「中国は日本のようにはならない。もっと悪くなる」。ノーベル賞経済学者のポール・クルーグマン氏が、ニューヨーク・タイムズのコラムに書いたのは、2023年7月のことだった。この予言は当たりそうだ。
バナー写真:民営企業の責任者と親しく交流する中国の習近平国家主席=2025年2月17日、北京(共同)