日本の「死刑」に強まる圧力:世界の潮流に逆行する「秘密主義」

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佐藤 大介 【Profile】

日本の死刑制度が問われている。20世紀後半から多くの国で廃止が相次ぐ死刑について、日本政府は国内世論の後押しを存続の「錦の御旗」にしてきたが、袴田事件の再審無罪や国連特別報告者による指摘で、追い詰められてきた。

袴田事件の余波か 2年7カ月の執行「空白」

日本での死刑執行は2022年7月26日、東京・秋葉原で無差別殺傷事件を起こした加藤智大元死刑囚=当時(39)=が東京拘置所で絞首刑に処されて以降、なされていない。死刑執行の空白期間は2年7カ月近くになり、07年に法務省が執行された死刑囚の名前や犯罪事実などを公表するようになって以来、最長となっている。

こうした事態の背景にあるのが、24年10月に死刑囚だった袴田巌さんの再審無罪が確定したことと、日本の死刑制度に対して欧州をはじめとした国際社会から厳しい視線が向けられているという点だ。

死刑囚を外部から隔絶した環境に置いたうえ、執行を直前まで知らせず、詳しい事実関係も公表しないという法務省の「密行主義」はかねてから批判されてきた。だが、袴田さんの再審無罪確定を契機に死刑制度をめぐる問題に改めて注目が集まり、海外からの批判も高まって、法務省としては死刑執行を再開しづらい状況にあると考えられる。

日本の死刑制度に関する問題点を端的に示したのが、24年11月に国連人権理事会に任命された「特別報告者」による日本政府への意見通報だ。理事会の審査を受けた学者や専門家からなる報告者は、信頼できる情報を基に人権問題を調査し、国際法違反の疑いがあれば当該国の政府に通報する役割を担っている。死刑制度に特化して日本政府に通報をしたのは初めてのことだ。

報告者は、死刑執行が当日の朝まで本人に告げられず、家族には事後にしか知らされないことや、絞首刑という執行方法などが「非人道的」で、国際法に違反する可能性があると指摘した。こうした問題は、日本国内でも弁護士や市民団体などを中心に、長年にわたって批判されてきたことでもある。

執行告知は直前、独房生活で言語障害に陥るケースも

判決が確定した死刑囚は、死刑執行施設のある全国7カ所の拘置所(札幌、仙台、東京、名古屋、大阪、広島、福岡)のいずれかに収容されている。死刑囚の処遇は刑事施設処遇法によって「心情の安定を得られるようにする」と定められているが、法務省はこの「心情の安定」を理由に、死刑囚を可能な限り外部とは接触させない方針をとっている。

被告人の段階では、面会や手紙のやり取りといった「外部交通」は基本的に自由だが、死刑囚になると、親族や特別な許可を受けた者以外は認められない。1970年代半ばまでは死刑囚の集団処遇が行われ、拘置所内で一緒に運動したり、独房の中で小鳥を飼ったりすることが認められていた。だが、現在は1日の大半を独房で過ごす。面会もないまま長期収容されている死刑囚の中には、言語障害のような症状が出るケースもあるという。

死刑囚に執行が告知されるのはわずか1~2時間前。親族などに最後の別れを告げることもかなわないまま、独房から死刑執行室に連行される。法務省は「事前に告知すれば、本人の心情に著しく害を及ぼすおそれがある」と説明するが、死刑囚が孤独の中で執行の恐怖におびえる日々を送ることになる現在の処遇は、「生命を奪う刑罰以外の苦痛を与えている」との批判も根強い。

本人への告知について、1970年代半ばまでは1~2日前になされ、家族との面会も許されるなど、比較的緩やかな処遇がなされていた。それが執行直前に変わったのは、告知を受けた死刑囚の自殺が契機とされている。

しかし、現在の処遇が死刑囚にどういった影響を与えるかは、死刑囚として30年以上、孤独の中で執行の恐怖にさらされたことで精神をむしばまれ、意思の疎通が難しい状態になってしまった袴田巌さんの姿を見れば明らかだろう。ある死刑囚は、支援者に寄せた手紙の中で「死刑囚は執行で生命を奪われるが、死刑が確定すれば社会との接触が絶たれ、執行の前にその存在が社会から抹殺される」と記している。日本における死刑囚の処遇は、同じく死刑を存続させている米国などと比べても、極めて閉鎖的となっている。

絞首刑それ自体の「残虐性」も論点に

さらに問題とされているのが、日本が採用している絞首刑の「残虐さ」だ。

1955年の最高裁判決は、絞首刑について「現在わが国の採用している絞首方法が他の方法に比して特に人道上残虐であるとする理由は認められない」と残虐性を否定している。しかし、研究者や弁護士の中には、絞首刑は執行時に死刑囚の首が切断される可能性があり、残虐な刑罰であるとの意見もある。

2011年に大阪地裁で行われた放火殺人事件の公判では、オーストリアの法医学者が弁護側証人として出廷し、「ロープの長さや体重などの要素で、身体が傷つく可能性がある」と証言している。また、死刑に立ち会った経験のある元検事も、絞首刑は「むごたらしく、正視に耐えない残虐な刑だ」と述べ、憲法36条の禁じる「残虐な刑罰」に当たるとの主張を展開した。

この事件で大阪地裁は、絞首刑は意識を喪失するまで場合によっては2分以上かかり、死刑囚が苦痛を感じ続ける可能性があるとの事実関係を認めながらも、具体的な根拠を示さないまま、絞首刑は「残虐な刑罰ではない」との判断を示した。一方、米国では絞首刑が「残虐である」との理由から電気椅子が導入され、それも「非人道的である」との意見が出て薬物注射が採用されるといった経緯をたどってきた。

米国での取材経験がある日本人ジャーナリストは「米国人にとって絞首は、黒人へのリンチや公開処刑を想起させ、死刑賛成派でも抵抗を覚える」と話している。そうした絞首刑への強い忌避感が、特別報告者による通報の背景にある。

死刑存続にこだわる日本政府

しかし、こうした問題点や国際社会からの批判があっても、日本政府に死刑制度を見直そうという機運はない。日本政府が、死刑制度を維持する根拠の一つに挙げているのが「世論の支持」だ。

内閣府は5年に1度、死刑制度に関する世論調査を実施している。2019年の調査結果によると、死刑制度について80.8%が「やむを得ない」と答えた。「やむを得ない」の回答割合が最も多かったのは、10年2月に公表された調査結果(調査の実施は09年)で、85.6%に上った。これらに基づき、報道各社は「国民の8割以上が死刑を容認している」と伝えてきた。

21年12月に3人の死刑が執行された際、当時の法務大臣、古川禎久氏は臨時の記者会見で「今現在、国民世論の多数が、極めて悪質、凶悪な犯罪については死刑もやむを得ないと考えていると認識している」と述べている。歴代の法務大臣も「多数の国民が死刑を支持している」と発言しており、法務省の「世論調査重視」がうかがえる。

ただし、政府がいくら世論の支持を強調しても、そもそも死刑に関する具体的な情報は大部分が公開されていない。死刑囚との面会は厳しく制限され、その日常や心情を知ることが難しいのはもちろん、多くの確定囚から執行対象者を選ぶ判断基準や執行時の様子などは、法務省の厚いベールに包まれている。死刑執行後には法相が臨時記者会見を開いて発表するが、その内容は名前や執行場所、犯罪事実などを読み上げるのが大半で、詳細については「お答えを差し控える」というのが定番になっている。ここでも、情報制限の理由として挙げられるのが「心情の安定」だ。

検事総長や警察庁長官のOBも提言

死刑の是非についてさまざまな意見があるのは当然だろう。しかし、具体的な情報がほとんど公開されない状態と、積極的に公開される状態とでは、受け止め方も変わる。米国では、死刑執行の日程が事前に公開され、執行時には被害者や死刑囚の家族のほか、記者も立ち会って詳細が報道される。日本とともに先進国では数少ない死刑存続国の米国だが、市民への情報公開が死刑制度に関する活発な議論を可能にしていることは、言うまでもない。

2024年2月、死刑制度の存廃や在り方を議論するための民間検討組織「日本の死刑制度について考える懇話会」が発足し、同年11月に石破茂首相へ報告書を手渡した。懇話会には国会議員や学者のほか、元検事総長や元警察庁長官ら16人が参加し、筆者もメンバーとして加わった。

報告書では、冤罪(えんざい)の危険性や情報公開の問題点などを指摘し、死刑の存廃や制度の在り方を検討する公的な会議体を早急に設置するよう、国会と内閣に提言している。これに対し、林芳正官房長官は会見で「死刑廃止は適当ではない」と述べ、会議体の設置にも否定的な見解を示した。

国際人権団体アムネスティの23年の統計では、死刑執行が10年以上ない国などを含めると、事実上死刑を廃止した国は国連加盟国の7割、144カ国に上る。「人権外交」を掲げる日本政府だが、死刑を巡ってはすでに完全な少数派になっている。

バナー写真:静岡県一家4人殺害事件で再審無罪判決確定となった元死刑囚の袴田巌さん(右中央)に謝罪する静岡地検の山田英夫検事正(左)=2024年11月、浜松市内[代表撮影](共同)

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    1972年北海道生まれ。明治学院大学法学部卒業後、毎日新聞社を経て2002年に共同通信社に入社。09年3月から11年末までソウル特派員。16年9月から20年5月までニューデリー特派員。21年5月より編集委員兼論説委員。著書に『ルポ死刑』(幻冬舎新書)『13億人のトイレ 下から見た経済大国インド』(角川新書)、『オーディション社会 韓国』(新潮新書)など。

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