元駐米大使が語る「トランプ2.0」の対処法

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米国で「トランプ2.0」が正式にスタートした。昨年11月の大統領選から2カ月余り。接戦州でも圧勝したという達成感の上に、1期政権の経験、そして中枢を忠臣で固めた居心地の良さが加わり、格段にパワフルになった。

忠臣で固めた人事、「復讐要員」も

1期政権でトランプ氏は自分の経験不足に鑑みて、いわゆる「大人の人物」を何人か要所に登用した。海兵隊出身のマティス国防長官や実業界出身のティラーソン国務長官などだ。しかし、結局はうまくいかなかった。

そこで今回は自分への忠誠心のある人を多く選んでいる。国防長官に保守系テレビ局FOXニュースの司会者を務めたピート・ヘグセス氏、厚生長官に反ワクチン主義者と言われるロバート・ケネディ・ジュニア氏を指名した人事がいい例だ。大統領首席補佐官(スーザン・ワイルズ氏)や国家安全保障担当補佐官(マイク・ウォルツ下院議員)、国務長官(マルコ・ルビオ上院議員)、財務長官(投資ファンド経営者のスコット・ベッセント氏)には、世間の評価がある程度高い人を送り込んでいる。他方特に司法省やCIA(中央情報局)、FBI(連邦捜査局)など情報・保安系の人事では、やや乱暴に言えば「復讐要員」、つまり「これからやり返すぞ」という側近を充てた。

一方で興味深いのは、1期政権の途中までトランプ氏の最側近だったスティーブ・バノン氏が、新たに側近になったイーロン・マスク氏を「真に邪悪な人物」などと激しく批判していることだ。バノン氏のようなMAGA系の人たちは「われわれは外から政権を支える」と言うが、入れてもらえなかった負け惜しみの可能性もある。トランプ氏の周囲は決して一枚岩ではない。

「グリーンランド」「パナマ運河」発言の背景にあるのは

トランプ氏は何をやり出すか分からない、予測がつかないとよく言われる。しかし、考えてみると、彼ほど自分の行動を予言している人はいない。なのに予測可能性が低いと思い込むことが彼の思うつぼになる。彼は自分がクレイジーだからこそ習近平は台湾に軍事行動はとらないだろうとも言っている。

グリーンランドの譲渡要求やパナマ運河の返還要求は、確かにわれわれの予想を超えていた。ただ、それぞれの背景を読み返してみると、必ずしもとっぴな発言ではない。

グリーンランドはデンマークの植民地みたいなもので、もともとイヌイットのような人が住んでいた。彼らにはデンマークへの忠誠心があまりない。そこにレアアースのような資源がかなりあり、軍事的な戦略的位置を考えると、中国が進出しつつあるグリーンランドの意味は大きい。

パナマ運河の場合は、フランスが作りかけたがうまくいかず、米国が完成させた歴史がある。パナマはコロンビアの支配下にあったが、独立時に米国が助けて、カーター大統領の時代までは実質的に米国がコントロールしてきた。今は香港の企業が管理している。どちらも歴史、法的地位、経済的価値、安全保障の観点からは、よく目を付けたなと思うところがある。

トランプ氏はこの案件で「力を使わないとは約束しない」と言っている。これは結構きつい。「法の支配」が崩れる、力による現状変更につながるとの見方もある。ただ、まだ口で言っているだけにとどまっている。国連海洋法条約も国際刑事裁判所もTPP(環太平洋パートナーシップ協定)も、米国は自分がリードしていながら入らなかった。歴史的に米国は常にそういうことを繰り返している。

日本製鉄の買収問題にも通じるが、大国は領土と基幹産業に固執する。すなわち食糧、エネルギー、半導体、AI(人工知能)、鉄鋼だ。これらのうち米国は食糧とエネルギー自給率は非常に高い。半導体はちょっと遅れているけど取り戻そうとしている。AIは世界の最先端を走っている。そして鉄。自動車を作るにせよ建物を建てるにせよ、鉄鋼がベースになる。

日鉄によるUSスチールの買収について、「選挙の年に進めてタイミングを間違えた」とか「(日本とUSだから)双方の名前が良くない」などとコメントする人がいる。これは、ミスリーディングではないかと思う。当否は別として、大国として鉄鋼を自分の手に置いておきたいという意識が働いたと考えるべきだろう。

この件に絡んで米国企業クリーブランド・クリフスCEOの暴言も話題になった。あの手の発言に日本政府がいちいちコメントする必要はないが、自国企業を助ける必要はある。不当な取り扱いがあったら相手の政府にレジスト(抗議)する。自国企業の扱いを相手に預けてしまうわけにはいかない。

米国外交の足を引っ張るマスク氏

グリーンランドとパナマ運河の件はともかく、2月に総選挙を控えたドイツについて、マスク氏が極右ポピュリズム政党「AfD(ドイツのための選択肢)」の党首を持ち上げて「AfDでなければドイツはおしまいだ」と発言したり、英国のスターマー首相を徹底的にこき下ろしたりするのは、明らかに米国外交の足を引っ張っている。

ルビオ国務長官やウォルツ安全保障担当補佐官にしてみれば、余計なことを言うなと言いたいところだろう。マスク氏は「ドイツにテスラの工場を建ててやっている」という言い方もしている。こういう風に札束で他人様のほっぺたを張って威張るのは、米国の一番悪いイメージになる。米国にとって損だ。

Xやテスラのオーナーで大富豪のマスク氏に続いて、今まで民主党寄りだったメタやアマゾンなど「GAFA」と呼ばれる企業もトランプ氏にすり寄っている。日本からは孫正義氏も駆けつけた。Xだけ得するようになったらかなわないから、一斉に「ゴマすり競争」を始めたように見える。善しあしはともかく、トランプ2.0がパワフルだと思っているからだろう。

ローキーでもG7の枠組み維持が肝要

国際政治を考えるにあたっては、G7(先進7カ国)の意義を押さえておかなければならない。私はブッシュ(子)政権時代に日本のシェルパ(首脳の補佐役)を務めた。当時も米国は、自分の好きなようにやりたがった。フランス主催のエビアン・サミットでは2日間の日程なのに、ブッシュ大統領はイラク戦争でフランスと対立したことなどもあり1日で帰ってしまった。1期目のトランプ氏もマルチ(多国間)で協議するより、相手の利き腕をねじれるように1対1を好んだ。

それでもG7サミットでは狭いテーブルに首脳が顔を突き合わせ、後ろにわれわれお付きが1人いるだけ。これがG20(20カ国・地域)サミットやAPEC(アジア環太平洋経済協力会議)サミットになると、国連もいるし、IMF(国際通貨基金)もいるし、何百人もいる中でみんなが10分ずつスピーチをするだけのスピーチ大会になる。意見のやり取りにならない。

オバマ元大統領はかつて「これからはG20の時代。G7は時代遅れ」と言ったことがあるが、違う。国連の安全保障理事会が機能を失い、G20が米中対立に飲み込まれる中にあって、G7には巨大な価値がある。日本はEU(欧州連合)に入っていないし、今年から安保理の非常任理事国でもない。日本としては、G7を崩壊させないことが極めて重要になってくる。

とにかくローキーでいいからG7をつなぐ。成果を求めてトランプ氏を嫌がる議論に巻き込んで、元も子もなくさないようすることが大事だ。4年後にJ・Dバンス氏(現副大統領)になったらまた厳しくなるかもしれないが、当面はしのいでいくべきだ。

日本がトランプ2.0と渡り合うために必要なことは、国内がまとまっていくことだろう。相性とかケミストリーはほんの一部に過ぎない。トランプ氏が1期政権でいい関係を持った政治家は誰か。金正恩(北朝鮮)。プーチン(ロシア)。ベルルスコーニ(イタリア)。エルドアン(トルコ)。ドゥテルテ(フィリピン)。圧倒的に国内で強い人ばかりだ。トランプ氏から見たら「おお、あいつとだったら取引してみようじゃないか」となる。

国内基盤の弱い政権が米国に立ち向かうのは難しい。だから石破首相はできるだけ自分の立場を強くしてトランプ氏に臨むべきだろう。

聞き手・ニッポンドットコム常務理事 古賀攻

バナー写真:米連邦議会議事堂で就任の宣誓をするドナルド・トランプ大統領=2025年1月20日(AFP=時事)

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