ホンダと日産が統合交渉へ:世界3位の大グループ、問われる収益性と次世代対応
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「稼げるクルマがない」日産
ホンダの三部敏宏社長と日産自動車の内田誠社長は12月23日、記者会見して経営統合に向けて検討する基本合意書を締結したと発表した。両社は2026年8月をめどに共同持ち株会社を設立し、その傘下にホンダと日産が入る計画で、両ブランドは残る。
会見には、日産傘下の三菱自動車の加藤隆雄社長も同席し、統合交渉への参画を検討することを表明した。3社の2023年度のグルーバル販売は計約837万台。トヨタ自動車、独フォルクスワーゲン(VW)に次ぐ世界3位の自動車連合となる見通しだ。
この3社連合が成立すれば、国内の乗用車メーカーは、トヨタとその子会社のダイハツ工業に加え、トヨタが出資するスズキ、SUBARU、マツダといった「広義のトヨタグループ」と、3社連合による非トヨタグループに大きく二分されることになる。
今回の経営統合交渉の起点は、4カ月余前の24年8月1日にホンダと日産が電気自動車(EV)の領域を中心に協業すると発表したことにある。電気自動車(EV)の車載OS(基本ソフト)、蓄電池、モーターとそれを制御するパワー半導体などが一体化したイーアクスルで設計の共通化などを検討することになった。
人体に例えると、車に指令を送る車載OSは「頭脳」、蓄電池は動力部分にエネルギーを送る「心臓」、動力部分となるイーアクスルは「手足」と言える。両社は車の基本性能に関わる根幹で手を握ることになるため、8月の会見では両社長とも将来的に資本提携に発展する可能性について否定はしなかった。
両社は協業に向かって6つのワーキンググループを設けて交渉に入ったが、10月ごろから「日産の業績が急速に悪化しており、その対応を優先させるため、協業交渉が進展していない」といった声が両社の関係者から漏れ伝わってきた。また、ホンダ社内では「日産と組んで本当に大丈夫か」との声も出始めていたという。
日産の業績悪化が明らかになったのは11月7日だった。同日発表された24年4~9月期決算で、当期純利益が前年同期比94%減の192億円にまで落ち込んだ。主要市場である国内、北米、中国で販売が減少し、生産能力が過剰になっていることが業績悪化の主要因だった。
日産車の販売が主要市場で苦戦しているのは、元会長のカルロス・ゴーン氏が経営トップに君臨していた頃から、開発投資を絞ってきたため、他社に比べて商品力の高い魅力的な車を市場に送り込むことができなくなったからだ。この結果、値引きに走り収益性を大きく落としている。
内田社長は11月の決算会見で「稼げる車がない」と説明した。こうした事態を受けて、グローバルで全社員の7%に当たる9000人、生産能力の20%をそれぞれ削減するリストラ計画を示した。今後、構造改革費を特別損失として計上するため、年間を通じての業績見通しでは当期純利益を「未定」とし、赤字に転落する可能性が高まった。このため、日産とホンダの協業交渉は膠着(こうちゃく)状態にあると見られた。
鴻海が食指を伸ばした訳
しかし、急転直下の資本提携交渉入りが発表された。これには、第3の存在である外資の動きが影響していると見られる。日産の業績が悪化し始めた頃から、台湾の電子機器受託製造大手の鴻海精密工業が、劉揚偉会長兼CEO(最高経営責任者)の指示の下、経済産業省や日産のメーンバンクである、みずほ銀行に対して「日産買収」の可否を打診し始めたのだ。鴻海は16年、シャープを買収したことで知られている。
鴻海の動きを察知した日産とホンダは、その動きを避けるために、経営統合交渉入りを急ぐことになったようだ。この統合交渉入りが発表される1週間ほど前には、「鴻海でEV事業の最高戦略責任者を務める関潤氏(日産出身)がフランスに行き、ルノーに対して保有する日産株の売却を打診した」と台湾のメディアは報じている。
鴻海のこうした動きは、自動車産業の構造的な変化とも大きく関係している。それを説明する前に、まず鴻海とはどのような会社かを説明しよう。
鴻海は、半導体大手のTSMCと並んで台湾を代表する国際的な企業で、「EMS(Electric Manufacturing Service=電子機器製造サービス)」で、米アップルのスマートフォン「iPhone」を生産してきたことで有名だ。
現在はスマホ後を見据えて、人工知能(AI)、半導体、通信の3つのコア技術に重点投資し、EV、ロボット、デジタル医療の3つを次世代ビジネスと位置付ける経営戦略を掲げている。最近では、世界中で開発競争が激化している生成AIに欠かせない米半導体大手エヌビディアのAIサーバーの生産も担っている。
そうした中で、鴻海はCDMS(Contract Design and Manufacturing Service=受託設計・製造サービス)と呼ばれる事業を強化している。EMSとCDMSの違いは、EMSは顧客が開発したものを単純に組み立てることなのに対し、CDMSは製造だけではなく上流の開発領域まで一貫して担当する点にある。
EVについてはCDMSを中心に事業を進めている。鴻海は自社ブランドを持たず、ブランドを持つ自動車メーカーにベースとなるEVを提供し、自動車メーカーがそれをカスタマイズした後に、製造は鴻海が一括で請け負うイメージだ。こうしたビジネスモデルでは、鴻海が直接、最終消費者にEVを売ることはないが、自動車メーカー同様の技術力や品質管理力が求められる。ノウハウを効率的に取得し、EVでCDMSを素早く軌道に乗せるために、自動車メーカーの買収という戦略が出てくるのだ。
筆者は24年10月8日、台湾・台北市内で開かれた鴻海の大規模な技術展示会に参加し、関氏に共同インタビューする機会を得た。取材を通じて見えてきたことは、鴻海がEV事業のグローバル戦略を急ピッチで展開し、そのためにM&A(企業の合併・買収)戦略を強化しようとしていることだった。インタビューの中で関氏は「日本は最重要市場の一つ」などと語った。
「クルマのスマホ化」への対応迫られる
EVはこれからAIと融合し、無人運転のロボットカーとなるだろう。こうした車は、SDV(Software Defined Vehicle=ソフトウエアで定義される車)とも呼ばれ、ソフトウエアの開発力が優勝劣敗を左右することになる。SDVとは、平たく言えば、4つのタイヤの上にスマートフォンが載っているようなイメージだ。
そのスマホを作ることを最も得意とする鴻海が、SDVの時代に自動車産業に参入するのは必然の流れと言えるだろう。実際、中国のスマホ大手、小米も北京に最新鋭の工場を建設し、24年1月から高性能なEVの生産を開始している。
ホンダと日産の統合交渉入りも、このクルマの「スマホ化」「ロボット化」が大きく影響している。これからの自動車産業は、ソフトウエアの優劣が商品力に大きく影響するが、EVのOS開発には莫大な投資が必要となる。
例えば、ホンダは24年5月、こうした領域に従来計画から倍増させて30年までに10兆円投資すると発表した。それでも足りるか否かは分からないため、三部社長はかねて「ホンダ1社だけでは立ち向かえない」と語っている。
日産とホンダの経営統合が成立し、これに三菱自動車が加われば3社合わせた年間の研究開発費は約2兆円となり、1兆3000億円のトヨタ自動車を超える。「3社連合」結成に向かう狙いは、資金や技術、アイデアを持ち寄ることで、大変革期にある自動車産業の中で何とか生き残ることが狙いでもある。
ホンダと日産の規模比較
ホンダ | 日産自動車 | |
---|---|---|
設立 | 1948年 | 1933年 |
連結売上高(23年度) | 20兆4288億円 | 12兆6857億円 |
連結営業利益(同上) | 1兆3819億円 | 5687億円 |
従業員数(連結) | 19万4993人(24年3月末) | 13万3580人(24年9月末) |
時価総額 | 7兆9200億円(12月26日) | 2兆0500億円(12月26日) |
出典:両社の発表資料など
しかし、12月23日の統合交渉入りに関する会見の中で、「経営統合そのものを決定したわけではない。自立した2社であることが統合に向けての前提条件となる」と、ホンダの三部社長は強調した。要は、経営統合が成立するか否かの最大のポイントは日産の業績が回復するか否かという点にあるのだ。
さらに、大企業同士の経営統合には企業文化の融合などの面で大きな「障壁」がある。グローバルで重複する生産・販売拠点の最適化も簡単な交渉ではない。業界は違うが、サントリーホールディングスとキリンホールディングス、三菱重工業と日立製作所は経営統合交渉を行っていたが、いずれも最終的に破談した。
ホンダと日産の経営統合が確実に行われる保証はないわけだが、しかし、この統合が成就しなければ、日本の自動車産業は、圧倒的な業績を誇るトヨタグループ「1強」になってしまう可能性がある。そうなると、日本経済を担っている基幹産業の衰退はさらに進むだろう。
バナー写真:(左から)日産自動車の内田誠社長、ホンダの三部敏宏社長、三菱自動車の加藤隆雄社長=2024年12月23日午後、東京都中央区(時事)