ドイツ政治における変化と継続:ポスト・ショルツ政権の動向を占う

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ドイツの連立与党のうち自由民主党が昨年11月に政権を離脱し、議会はショルツ首相の信任案を否決。2月に選挙が行われる。筆者は「政権が交代しても、大きな政策転換はない」と指摘。フランスも内政の混乱が続き、欧州の政治は当面「ダイナミックさに欠ける」基調になりそうだ。(文中一部敬称略)

2024年12月16日、ドイツ連邦議会は連邦首相ショルツ(社会民主党)の提出した信任案を207対394(棄権116、欠席18)で否決した。憲法は信任案否決の場合に連邦大統領が連邦議会を解散することを認めており、2月23日投票での選挙実施が予定されている。7カ月の前倒し選挙となる。この信任案提出は、ショルツ政権を支える与党3党のうち自由民主党が24年11月6日に政権離脱を宣言し、政権が連邦議会の多数を失ったことに基づくものであり、一定の条件下で認められている、新たに選挙を実施するための憲法上の慣行である。

相対的な安定

ショルツ政権は社会民主党、緑の党、自由民主党の3党からなる連合政権として成立した。1950年代後半以降、ドイツでは大政党(キリスト教民主党または社会民主党)+小政党(自由民主党、緑の党など)の組み合わせが標準的と考えられてきたが、連邦では(戦後初期を除き)初めて3政党による連合政権となったものである。背景にあるのは、大政党への支持の縮小と多党化である。76年選挙では二大政党合計で91.2%の票を獲得していたが、2009年には合計6割を割り込み、前回21年にはついに半数を切った。現在、議会には7つの会派が代表されている。

ヨーロッパの政党配置を考える上では、経済社会政策軸上の左右と社会文化政策上の進歩・保守を組み合わせて理解するのが標準的だが、ドイツの政党はおおまかに言って、左・進歩的の象限に社民党、緑の党、左翼党が、右・保守の象限にキリスト教民主党(かなり中道寄り)と「ドイツのための選択肢」が,そして右・進歩の象限に自民党が位置する(※1)。つまりショルツ政権を支える連合は社会文化政策上の近接性は高い一方、経済社会政策上の距離はもともと大きく、政権崩壊の直接の契機が経済政策問題であったことは不思議ではない。

大政党の凋(ちょう)落や議会会期途中での政権崩壊は、混乱をイメージさせるかもしれない。ヨーロッパ共通のトレンドとして、大政党の凋落、多党化、新政党の登場といった変化が生じ、政権運営を困難にしているが、ドイツも無縁ではない。

しかし、相対的に言えば、ドイツの政党政治にはなお予測可能性が高い。数が増えたとはいえ、ドイツのための選択肢を除く政党は明確な政策プロフィールに基づいて行動する政党で、個人のカリスマ的人気や抗議票の集約にのみ依拠する政党ではない。メルケル前首相の4次にわたる政権のうち3次は2つの大政党による政権であり、一見すると異例ではあるが、中道に近い2政党という点で政策上の近接性の高い組み合わせであった。州レベルの政権構成を見ても、政策距離を無視した無理な連合が組まれることはない。

ドイツ連邦議会(総議席数733)の政党別議席数

社会民主党(SPD) 207
キリスト教民主党(CDU/CSU) 196
緑の党 117
自由民主党 90
ドイツのための選択肢 76
左翼党 28
ヴァーゲンクネヒト同盟 10
その他 9

2024年12月現在、nippon.com編集部が作成

継続性の優位

これまでの世論調査の動向を見る限り、総選挙ではキリスト教民主党が第1党に返り咲きそうだが、短期的には政局に大きな動揺はなさそうで、選挙後の大きな状況変化は視野に入っていない(※2)

2024年の政治的変化の一つは、左翼党に所属し、17年選挙では党の顔として選挙戦の先頭に立つ筆頭候補(首相候補)も務めた政治家による新党、ザーラ・ヴァーゲンクネヒト同盟が6月の欧州議会選挙で6%の得票と議席獲得に成功したことである。ただしこれを受けて左翼党への支持が低迷し、議席獲得ハードルである5%を下回る情勢であり、新党の登場が政党数増加につながらない可能性がある。また同党の特徴はウクライナ支援への消極姿勢にあるが、秋の3つの州議会選挙に続く連合交渉にも参加し、うち2つでは州の政権樹立を助ける行動をとるなど、その他の点では普通の政党として行動している。

ドイツのための選択肢は、前回選挙での10.3%から大きく勢力を伸ばす可能性が高く、第2党の座をうかがう。それ自体は重要な変化だが、移民争点は一時の注目を失っており、突発的な事件がない限り世論の急な変動は考えにくい。短期的に政権形成を妨げる要因にはならないだろう。

したがって選挙後は、第1党となるキリスト教民主党を中心に、社民党、緑の党、(議席確保に成功すれば)自民党といった既成政党による連合交渉が行われるとみられる。キリスト教民主党の首相候補メルツはメルケル前首相の長年の政敵であり、党の中道化を進めたメルケルとは逆に、社会経済政策上は右、社会文化政策上は保守の方向への指向性を持つ。選挙プログラムにおいては厳格な移民政策や減税などが掲げられており、緑の党や社民党との距離は開くため、連合交渉にも紆余(うよ)曲折はあるだろう。ただし、メルツは人気のある政治家ではなく、ショルツとの比較でも大差なく低い支持しか得られていない。選挙での勝利を追い風とすることは難しそうである。

しかも、指導者個人の政策指向が直接に政策変化につながるわけではないのが、ドイツの政治制度の特徴である。新政権も連合政権であることに変わりはなく、首相は連合パートナーとの合意形成に依存する。これに加えて、半分近くの立法は州代表の集う連邦参議院の賛成を必要とする。16ある州では、多党化に伴って多様な政権組み合わせが存在しており,連邦での野党もどこかの州では政権与党の一部を構成している。そのため野党との協力も不可避である(※3)。これに欧州連合(EU)をはじめとする国際的拘束が加わる。戦後ドイツは国際枠組みの中で主権回復を認められた国家であり、その枠を踏み越えて単独行動主義的な自己主張を行うことは考えにくい。

対外政策面でも大転換が起きる可能性は小さい。確かにヴァーゲンクネヒト同盟の進出に見られるように、ドイツ国内ではウクライナ支援の継続に対する支持がやや低下する傾向にある。また、ドイツのための選択肢の選挙プログラムでは、EUからの脱退やマルク再導入などが掲げられている。しかし、ウクライナ支援は全体としては国民の半数以上に支持されている。また現政権の中では武器供与に対して最も消極的なのが社民党であり、仮にキリスト教民主党と(支援強化に積極的な)緑の党の連合が成立するならば,現在以上に支援を強める可能性がある。またEUをめぐる争点はいま注目を集めている争点ではなく、全般的なEUへの支持も高いため、これが大きな影響を及ぼすとは考えにくい。対中政策においても、キリスト教民主党が社民・緑・自民の3党と大きく異なるわけではない(※4)

安定した民主政の下で改革は可能か?

他方でドイツが直面する課題は大きい。ロシアからの安価なエネルギー供給と中国輸出市場を利した経済モデルは行き詰まっている。国内インフラの老朽化と設備投資の必要性は、メルケル政権時から指摘されている課題である。またEU域内での最大規模国家として、さまざまな困難に際してドイツのリーダーシップが求められる機会は多い。

にもかかわらず、国内の政治力学から考察した場合、ドイツ政治に大きな変化が生じる見通しは上述のように小さい。難しいのは、国全体の経済に悲観的な予測を示す国民は多い一方、自己の経済状況についての悪化を予測する者は少ないことである。つまり、現状維持圧力は高いのである(※5)

もっとも、トップダウン型の政治指導者が、悪くすると独善的な政治的行動によって民主政の価値基盤を揺るがすことや、そこまで至らずとも社会の分極化を悪化させ、冷静な政策的議論を不可能にすることも21世紀の民主政は経験してきた。そのような危険からは、現在のドイツは遠いといえるだろう(※6)

しかし現在の民主政において、政権の中核を担うような主要政党は、多様な有権者を引き付ける必要から,多重的な票のトレードオフを自らのうちに抱え込んでいる。それゆえ「政党としての合理性」の観点からは、現状を離脱する路線転換を始めることは難しい。約四半世紀前にドイツがヨーロッパの病人扱いされていた際には,当時のシュレーダー首相(社民党)が党勢の低下を前に、ある種の政治的ギャンブルとして大胆な改革をトップダウンで行った。しかしその政治的代価は、左派の一部離脱と党勢の低下という形で社民党自身が支払うことになった。

ドイツの抱えている困難は、安定と革新、妥協と決断の両面を要する民主政そのものの困難でもある。

バナー写真:ドイツ・ベルリンの首相官邸で声明を発表するショルツ首相=2024年12月11日(AFP=時事)

(※1) ^ Sarah Wagner, L. Constantin Wurthmann & Jan Philipp Thomeczek, “Bridging Left and Right? How Sahra Wagenknecht Could Change the German Party Landscape” Politische Vierteljahresschrift. 64:3, 2023, 621-636. なお本稿では一貫してキリスト教民主党として表記しているが、正式にはバイエルン州のキリスト教社会同盟と、その他の州でのキリスト教民主同盟という別の政党が連邦で共同会派を構成するという形をとっている。

(※2) ^ 代表的な世論調査として、ドイツ第二公共放送のPolitbarometerが最も頻繁に言及される。

(※3) ^ 連邦参議院の票決は、規模に応じて各州に与えられた持ち票に基づいて行われる。全69票のうちキリスト教民主党が首相を務める州の票が37ある一方、社民党が参加している政権の票が47(州首相を務める州の票は26)、緑の党が参加する政権の票も32に及ぶ。このほか自民党、左翼党、ヴァーゲンクネヒト同盟も州政権に参加している。

(※4) ^ Tim Rühlig and Richard Q. Turcsányi, “Skeptical and Concerned - How Germans View China”. DGAP Policy Brief, 29, 2023. 「EU の対中国政策―EUから見る中国―」日本経済団体連合会21世紀政策研究所,2024.

(※5) ^ 2024年12月第1週時点でのPolitbarometer調査によれば、ドイツの経済状態を悪いとする回答が43%、五分五分とする回答が48%に及ぶのに対し、自己の経済状態については良いが58%を数え、悪いとする回答は9%に過ぎない。

(※6) ^ Will Horne, James Adams and Noam Gidron, “The Way we Were: How Histories of Co-Governance Alleviate Partisan Hostility.” Comparative Political Studies. 56:3, 2003, 299-325. Hyeonho Hahm, David Hilpert and Thomas König, “Divided We Unite: The Nature of Partyism and the Role of Coalition Partnership in Europe.” American Political Science Review.118:1, 2024, 69-87.

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