「尹政策」の全面否定に向かう韓国:節目の日韓関係は後退の恐れ

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時代錯誤の戒厳令布告と直後の撤回で混乱を極める韓国政治。尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権で劇的に修復された日韓関係には再び「歴史」が頭をもたげ、安全保障面での日米韓の結束にも影を落とすと、筆者はみている。

韓国外交は当面、機能停止状態に

12月3日22時30分頃、韓国の尹錫悦大統領は突如記者会見を開き、戒厳令を宣布した。直後には、国会や中央選挙管理委員会等に軍が派遣され、あらゆる政治活動の禁止や報道の統制が宣言された。この戒厳令を巡る事態そのものは、軍の派遣現場での実質的なサボタージュにより、封鎖を免れた国会が戒厳令解除を求める決議を行ったことで、わずか6時間で失敗に終わった。

とはいえ、韓国における混乱はこれだけでは終わらなかった。国会にて多数を占める野党は直後から大統領弾劾の手続きに入り、警察や検察、さらには高位官職者の捜査を専門にする高位犯罪捜査庁といった捜査機関は、大統領の行為が内乱罪に当たるという嫌疑の下、捜査に入った。各地で大規模デモが発生し、前国防相をはじめとする関係者が続々と逮捕される中、国会は12月14日、2回目の上程で弾劾訴追案を可決することに成功する。こうして尹大統領の権限は停止された。

このような韓国における混乱は、当然、この国を巡る国際関係に大きな影響を与える。最初に明らかなのは、大統領の権限が停止され、首相が大統領代行として政府を率いる状況では、この国の外交が機能停止状態に陥らざるを得ないことである。

ソウルの大統領府で演説中に頭を下げる韓国の尹錫悦大統領。同時に「最後の瞬間まで戦う」と誓い、自らの行為を正当化した=2024年12月12日、韓国大統領府提供(AFP=時事)
ソウルの大統領府で演説中に頭を下げる韓国の尹錫悦大統領。同時に「最後の瞬間まで戦う」と誓い、自らの行為を正当化した=2024年12月12日、韓国大統領府提供(AFP=時事)

その理由の第1は、大統領代行に就任した韓悳洙(ハン・ドクス)首相が選挙で選ばれた議員職ではなく、リーダーシップを発揮するに十分な正統性を有していないことにある。国会の多数は政府に批判的な野党が占めており、この弱い正統性をもって、国会審議に臨むことは難しい。

とはいえ、それだけなら事態は盧武鉉(ノ・ムヒョン)や朴槿惠(パク・クネ)が弾劾された場合と変わらない。今回の事態において別途重要なのは、大統領代行である首相自身に、一連の事態への責任が問われていることである。尹錫悦は戒厳令宣布の直前に閣議を開催しているから、参集した首相をはじめとする閣僚は当然、その動きを知っていた。閣僚たちは、「全員が反対を表明したが大統領が聞く耳を持たなかった」と述べているが、捜査の展開次第で、首相や主要閣僚に嫌疑が及ぶ可能性も依然存在する。

大統領代行が置かれた状況の困難さはもう一つある。それは彼らを支えるべき与党が崩壊の危機に直面していることである。12月14日の弾劾決議において、党論に反して賛成者を出した与党ではその後、最高委員が次々と辞意を表明、党代表の韓東勲(ハン・ドンフン)は辞任に追い込まれる事態となっている。大統領に対する内乱罪容疑の捜査が進む中、この嫌疑と大統領にどのように対するかは、与党にとって大きな悩みの種であり、当面は混乱が続くものと予想される。

以上のような状況を考えれば、大統領代行体制下の韓国で政府が大きな外交的動きを見せることは難しい。この間にはアメリカにおけるトランプ大統領の就任が予定されているが、アメリカ新政権との関係確立への動きも大幅に遅れることになる。

歴史認識問題は文政権末期まで戻る

さて、次に大統領代行が率いる時期を超えて、その後を展望してみよう。前提となるのは、現在の状況では、弾劾が憲法裁判所で認められる可能性が極めて高いこと、その後に行われる大統領選挙で与党が勝利するのは難しいことである。次期大統領の最有力候補は最大野党「共に民主党」代表の李在明(イ・ジェミョン)であるが、公職選挙法違反をはじめとする数々の疑惑を抱え、「アンチ」も多い彼が、果たして最後まで大統領選挙を完走できるかは未知数である。

朴槿惠弾劾後に行われた大統領選挙では、与党候補の支持率は20%台前半まで落ち込んだ。同じ展開になるとすれば、残る70%以上の票を、複数の非与党系の候補者が奪い合う展開も十分に予想できる。従って現段階では、具体的な個人が次期大統領になることを前提にしてその展開を予測するのは、あまり意味がない。重要なのは、むしろ、与えられた状況から次期大統領がどういう手を打てるのかを考えることだろう。

この点について、考慮すべきなのは、尹錫悦が内乱罪嫌疑で弾劾された状況では、彼が実行してきた政策の多くが否定的に評価されざるを得ないことだ。とりわけ彼の政権下で行われた、元徴用工問題をはじめとする歴史認識問題に関する日本への譲歩は、韓国世論において否定的に評価されており、仮に与党が政権維持に成功したとしても、これを維持する事は困難だと考えておいた方が良い。だとすれば、日韓両国間の歴史認識問題を巡る状況は、文在寅(ムン・ジェイン)政権末期まで戻ると見ておくべきだろう。

それでは、安全保障等を巡る状況も同様に文在寅政権期まで戻るのだろうか。この点について考慮すべきは、歴史認識問題とは異なり、韓国の安全保障等を巡る環境がこの数年の間に大きく変わっていることである。重要なのは、ロシア・ウクライナ戦争の勃発後、多くの国がロシアを批判する中、中国と北朝鮮がロシアへの明確な支持を表明し、さらに北朝鮮が軍隊を派兵したことである。この様な状況において韓国が、かつての文在寅政権のように北朝鮮との早期対話を試みたり、朴槿惠政権のように経済的利益を求めて中国へ接近したりすることは容易ではない。

韓国の来るべき政権の選択肢を狭めている要件は他にもある。アメリカのトランプ次期大統領は、中国に対する高関税政策の実施を明言しており、この中で韓国企業が中国への新規投資を行うのはリスクが大きくなっている。中国経済は低迷基調に入っており、韓国の中国への経済的依存度はこの10年間ほとんど伸びていない。朴槿惠政権が成立した2013年とは異なり、韓国国内の中国への感情は大きく悪化しており、かつての期待は失望へと転じている。

ソウルの韓国国会前で行われた集会で、尹錫悦大統領に対する弾劾動議の可決を祝うデモ参加者=2024年12月14日 、ソウル(Lee Young Ho/Sipa USA via Reuters Connect)
ソウルの韓国国会前で行われた集会で、尹錫悦大統領に対する弾劾動議の可決を祝うデモ参加者=2024年12月14日 、ソウル(Lee Young Ho/Sipa USA via Reuters Connect)

日韓対立は米国の関与縮小の口実にも

他方、北朝鮮は2023年末からこれまでの政策を改め、韓国を統一対象とはしない旨を繰り返し明言することになっている。尹錫悦による戒厳令宣布後の韓国の混乱に対する反応も極めて鈍く、事態への自らの見解を出すまでに実に1週間かかっている。加えてその内容も、韓国を批判して統一を呼びかけるというよりは、事態そのものの在り方について自らの視点から報道するにとどまった。

そしてそのことは、北朝鮮が自らの統一政策における働きかけ先として韓国・進歩派勢力への期待と関心を失っていることを意味している。背景にあるのは、文在寅政権前期に進んだ対話の進展と、同政権後期の停滞の教訓だろう。当時の対話の進展は北朝鮮国内において、韓国への期待と好意的感情を生み、それが北朝鮮の体制への不満につながっている、という指摘がある。この様な状況において、仮に韓国の次期政権が対話を試みても、北朝鮮が応じる可能性は決して大きくはないだろう。

こうして見ると、改めて、韓国の次期政権が取りうる安全保障等を巡る選択肢は極めて少ないように見える。誰が次期大統領になっても米韓同盟を外交の基調とする方向性を大きく変えることは難しく、その国際的立場は大きく変わらないと見た方が良さそうだ。

だとすれば、来るべき政権において起こるのは次のような状態であるかもしれない。すなわち、韓国の米韓同盟を基調とする外交方針が維持される一方で、来年で国交正常化60周年になる日本との関係は歴史認識問題で悪化する。日本の日米同盟を基調とする外交方針も変わらないだろうから、訪れるのは共にアメリカの同盟国である日韓が、ワシントンにてその支持を求めて競争する、という安倍・朴槿惠政権期と類似した状況であろう。

とはいえ、ここで当時と大きく異なる点がもう1つある。それはアメリカの大統領がオバマではなくトランプだ、ということだ。安倍・朴槿惠政権期においてオバマは日韓両国の関係を取り持つべく尽力してその成果は2015年の慰安婦合意として現れた。しかし、孤立主義的な傾向を持つトランプに両国の間を取り持つインセンティブは少なく、日韓両国の対立はむしろアメリカが西太平洋地域への関与を減らす絶好の口実すら提供する可能性がある。

アメリカで政権交代が起こり、韓国が混乱を続ける中、少数与党体制とは言え、日本は日米韓3カ国の中で相対的に最も安定した政権を依然有している。第1次トランプ政権期にアメリカが離脱した後の環太平洋連携協定(TPP)をまとめて見せたように、国際環境が大きく揺れ動く中、日本のリーダーシップが求められているのかもしれない。 

バナー写真:韓国の尹錫悦大統領による非常厳戒令を受け、韓国国会の出入り口に向かう韓国軍武装兵=12月4日、ソウル(共同)

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