トランプ2期目で日本に迫る追加関税と防衛費の増額要求:森教授に聞く
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トランプ勝利の要因は「変革・刷新への期待」
竹中 米大統領選での人々の実際の投票行動、そしてトランプ氏勝利という結果をどう見るか、勝敗を分けたポイントについて伺いたい。
森 結果を見て、まず一つは有権者がやはり相当に物価高、それによる家計圧迫の問題に対する不満を強く持っていたと感じる。二つ目として移民問題への関心が高かった。そこにトランプ氏の選挙戦術がはまったのではないかと感じる。ハリス氏は民主党の重要テーマ、つまり民主主義の防衛と妊娠中絶の権利擁護という二つを中心に訴える王道の戦略を取った。だが、経済政策でバイデンと離別し、有権者の置かれている現在の苦境を改善すると期待させるような新しい具体策を打ち出せなかった。これは、ハリス氏がバイデン氏の撤退によって大統領候補を引き継いだ経緯もあり、具体的な政策を練り上げる予備選のプロセスを経ていないことから生じた大きな弱みだったのではないかと思う。
それからもう1点、ハリス氏が訴えた「民主主義の防衛」は、連邦議会襲撃事件に不信感を持つ人々の意識を喚起する意図があったと思われるが、実質的には現状維持、つまり「今の制度でいい。これを守っていく」というメッセージを事実上放つことになった。既存の政治システムに不満を持つ有権者が増えているということを踏まえ、そこにも手当をしていくべきなのだが、結果として当初の刷新や世代交代への期待から生じた熱狂を、具体的な政策構想で持続させることができなかった。
一方で、トランプ氏は「自分が大統領在任期間中は、経済の状況ははるかによかった」というメッセージを出し、これが相当な訴求力を持った。多くの人が物価高で苦しんでいるときに、その不満層は、バイデン政権の延長は嫌だ、ハリス氏は具体的な打開策を出していない、トランプ氏だったら今の状況を変えてくれるのではと考え、トランプ支持に向かったと思われる。
これまでも世論調査で「リーダーシップがあり、変革をもたらしてくれる候補者は誰か」という問いになると、トランプ氏の方が数字は上だった。経済と移民問題、そして政治・社会システムの現状打破という3つの要素で、最終盤にトランプが人々の不満の受け皿として票を引き寄せたのではないか。
結果は「トランプ圧勝」と報道されたが、得票数でみるとトランプが7770万票、ハリスが7500万票で、差は270万票。トランプが得票数でも勝ったのは注目に値するが、得票率で1.7%の差しかない。歴史的には、もっと大差がついた大統領選もあり、これまでの大統領選と比較してみれば、それほどの圧勝とはいえない。
竹中 国民が抱える現状への不満とは、短期的にはインフレなど経済面だと思うが、より根本的な「政治・社会システムの現状打破」を求める要因とは、具体的にはどこにあるのか。
森 ワシントン中央の政治が、本来なされるべき利益分配の機能を果たしてないという不満だ。共和党は、民主党流の規制や多様性重視の考え方が社会をダメにしていると考える。特に共和党の保守派は「米国は中国製の製品であふれかえり、子どもたちはゲームとポルノにおぼれている」「白人男性は将来への期待が持てず、都市部は荒廃している」「エネルギーでの規制が物価高を生み、人々の生活を苦しめている」などと考え、これまで民主党が推し進めてきた政策や政治、そして規制を取り払うべきだと主張する。民主党は、共和党が唱えるような政治は復古主義的であり、受け入れがたいと考える。両党の支持者は、それぞれアメリカが間違った方向に進んでいると感じていることが世論調査などからも明らかだ。
「アメリカ・ファースト」に2つの系統
竹中 早々と政府高官人事も固まりつつある。国務長官にマルコ・ルビオ氏、国防長官にピート・へグサス氏が指名されているが、これまでに発表されている外交、安全保障関係の陣容についてどのような印象を持たれているか。
森 トランプ政権の外交方針というのは、大きく2つの柱がある。「一国主義」と「反中国」だ。「アメリカ・ファースト」というのも2つの考え方があって、一つは「アメリカの平和と繁栄は他の国の平和と繁栄と切り離して存立し得る」という、国家主権を重んじてアメリカの国益を狭く捉える世界観で、もう一つは「アメリカは世界最高の国として、中国には絶対に負けない」という、パワー本位で国際政治を捉える世界観だ。第1次政権で国防次官補代理を務めたエルブリッジ・コルビー氏は前者を「抑制主義者(リストレイナー)」、後者を「優先主義者(プライオリタイザー)」とラベリングしている。一国主義の視点を持つ抑制主義者も、実はアメリカ国内に中国が入り込んで「経済的収奪」を働く中国に対する強い反感を持っているので、厳密には反中国路線は、優先主義者だけではなく、抑制主義者も唱えている。第2次トランプ政権で政策を取り仕切る外交・安保チームは、抑制主義者と優先主義者の2つのグループの人々で混成されるとみられる。
抑制主義はおおかたMAGA(Make America Great Again=アメリカを再び偉大にしよう)系の人たちで、アメリカが強い軍隊を作り、経済と貿易を盛んにすれば安泰とする一国主義だが、優先主義者たちは国際主義で「インド太平洋は世界の経済成長の中心地で、ここで中国が地域覇権をとることは許さない」という考え方だ。マルコ・ルビオ氏と安全保障担当大統領補佐官に起用されるマイク・ウォルツ氏は優先主義、ピート・へグセス氏と国家情報長官に起用されるトゥルシ・ギャバード氏はMAGA系の人物だとみられる。
ヘグセス氏やギャバード氏は「壊し屋」として、彼らが「ディープステイト」と呼ぶ、ワシントンの既存の官僚機構を刷新し、リストラの大ナタを振るう役割を担うとみなされている。ヘグセス氏は著書の中で「LGBTQ反対」「多様性反対」「女性は戦闘任務につけるべきではない」などと主張している。彼がもし本当に国防長官に就任したら、国防省と米軍内で「民主党的なるもの」を一掃しにかかるかもしれない。
「壊し屋」に対する強い反発が生じるだろうが、MAGA系の人々が幹部に送り込まれた官庁でリストラが本当に断行されれば、国家安全保障機構というアメリカの国際主義の基盤が細り、官僚機構の政治化が相当程度進んでいくだろう。国防省があまりに混乱する事態になれば、即応態勢への懸念すら生じかねない。省庁や議会からの反発も出てくるだろうから、どのような展開が待ち受けているか分からないが、混乱や士気の低下を招くかもしれない。
「一国主義」で製造業の国内回帰狙う
竹中 経済関係の閣僚では、財務長官に投資家のスコット・ベッセント氏、商務長官に実業家のハワード・ラトニック氏、米通商代表部(USTR)代表にジェイミソン・グリア氏、そして新設される「政府効率化省」トップにイーロン・マスク氏が指名されている。この陣容にどのような感想をお持ちになっているか。
森 ベッセント氏とラトニック氏は、関税に関しては穏健な立場と言われていたが、トランプ氏の基本方針に真っ向から反対しないのではないか。経済面でトランプ氏から絶大な信頼を得たと言われていたロバート・ライトハイザー氏(第1次政権の米国通商代表)は、今のところ閣僚に指名されていない。別途トランプ氏の公式アドバイザーになるのか、二番手として待機するのか、あるいはそもそも公職に就かないのか注目される。また、ベッセント氏とラトニック氏がトランプ氏と政策をめぐって良好な関係を保っていけるのかどうかも注目する必要がある。
トランプ政権の経済政策の柱は、まず関税強化によって製造業の国内回帰を目指すことが基本にある。もう一つは防衛産業の拡充。サプライチェーンに対するセキュリティーも相当程度重視し、そこでの中国への依存を低下させていくことに注力していくだろう。
いずれにせよ、どこまで実現できるかはさておき、基本的な方針はアメリカの製造業をできるだけ戦略的に自立したような状態に持っていくことにあるのではないか。外国、特に中国には依存しないアメリカ経済を目指すことは、「一国主義」の考え方と完全に重なり、デカップリングの再来の本質はそこにあると思われる。極めて分かりやすいロジックだ。金融についてはそうはいかないかもしれない。
ウクライナ停戦仲介に本腰
竹中 トランプ氏はウクライナ戦争を「24時間以内に終わらせる」と繰り返し表明してきたが、大統領就任後、ウクライナ戦争にどのように対応するだろうか。
森 停戦のための仲介は、本腰を入れてやるだろう。トランプ政権が内政と外交、どちらに力を入れて取り組むかという話で行くと、まずは内政のウエートが高くなるのだろうが、その中でも就任から当初1年の外交政策では、ウクライナ戦争への取り組みが目玉となるかもしれない。担当特使にはキース・ケロッグ退役陸軍中将が指名された。「米国第一政策研究所(AFPI)」の政策提言で同氏は、ウクライナのNATO(北大西洋条約機構)加盟凍結、ウクライナへの安全の保証、プーチン大統領が停戦交渉のテーブルについて、非武装地帯を設定し、停戦すれば対ロシア制裁を一部解除するなど、いくつかの要素を含む停戦案を提案している。領土主権に関して当面の間は、プーチン氏の大統領在職期間中は棚上げにするものの、将来的な外交による奪還の可能性を残すとしている。そして、ウクライナが納得する和平協定を締結した場合にしか対ロシア制裁を全面解除しないとアメリカと同盟国は約束する。この和平協定には、二国間の安全保障・防衛を中心にしたウクライナ防衛のための安全保障アークテクチャーも含まれるべきとしている。
ロシアによる不法占領地域の扱いと、ウクライナの安全の保証などについて合意するためには、領土主権と停戦を切り離したり、ウクライナが諸外国の提供する安全の保証の内容に納得するなど、相当な時間が必要になるとみられるので、とても「24時間で」とはいかないのではないか。
竹中 ウクライナのゼレンスキー大統領は、納得のいく条件がそろわなければ停戦に強く反対するだろう。その場合、トランプ氏はどうするのか。
森 ウクライナへの圧力として言われているのは、アメリカによる対ウクライナ支援の停止だ。トランプ氏の考える決着の条件を飲めないなら、「支援を継続できない」、あるいは「徐々に支援を減らす」と圧力をかける。「(アメリカの)議会が承認しない」といった形で、議会をテコにする手法を使うかもしれない。一方、ロシアが交渉を拒むような場合には、交渉のテーブルに引っ張り出すために、一時的にアメリカがウクライナ支援を強化する可能性もある。
「強い同盟国」「弱い同盟国」を区別
竹中 新たなトランプ政権で、NATO諸国や日本・韓国などの同盟国の関係はどう変化すると考えられるか。アメリカは、同盟国に防衛費のさらなる拡大を要求するのだろうか。
森 同盟条約があるから同盟国を守るというロジックではなくなるということだろう。共和党系の戦略家が展開している議論の根底にあるのは、アメリカがボロボロにならないと守れないような国は、同盟国であっても防衛対象とすべきではない、アメリカが甘受可能なコストで守れる国であれば、防衛対象としうる、という考え方だ。端的に言えば、「強い同盟国は守る。しかし、弱い同盟国は足手まといでリスクだから守らない」ということだ。
そこで弱い同盟国と強い同盟国の境界線が、国防予算の対GDP(国内総生産)比の数字として出てくるということだ。これが3%になる可能性があるという臆測がある。要するに、同盟はアメリカにとってメリットがあるから結ぶものであって、そもそもアメリカが国力を消耗しなければ守れないような国と同盟を結ぶことにメリットがあるのかという、ある意味では常識的な見方だ。
台湾については、トランプ氏は「対GDP比10%」と言及したことがあるようだ。もちろんすぐに実現はしないが、「狙われているのはあなたたちで、中国を抑止するための防衛力増強なのだから、台湾がNATOと同じ2~3%でいいわけがない」というロジックのようだ。その増やした防衛予算で、アメリカの防衛装備を購入しろということになるのではないか。アメリカの防衛産業の拡充とセットになっているとみられる。
竹中 トランプ氏は日米関係をめぐって「アメリカは有事の際に全面的に日本を守らなければならないが、アメリカが攻撃されても日本は何もしない」と何度も発言している。一方で、石破茂首相は日米安保条約をより双務的にすることを持論としている。両首脳がこの点で一致することは考えられるか。
森 双務性について、例えば米軍が西太平洋で中国と交戦状態に入ったら、その具体的な状況にもよるが、日本は「存立危機事態」を認定して集団的自衛権を行使しうる。地球の裏側で助太刀するのは無理だが、状況次第で「アメリカのために日本は行動を起こせる」と言うことができる。しかし石破首相の、地位協定をめぐる話から双務性を展開すると、パンドラの箱を開けるというか、トランプ氏が「一国主義」丸出しの議論を展開して、やぶへびになる可能性もある。例えば、「米軍の駐留に必要な地位協定で不都合が生じるというなら、米軍を撤退させましょう」と言われて、「ちょっと待ってください、そういうことではなくて…」というやり取りになり、関係がこじれるだけで何も得るものがないという結果を招くことが想像される。
日本も追加関税の対象国に
竹中 トランプ氏はこれまで中国が60%、他の国は10〜20%の関税をかけるという方針を示してきた。日本も対象になるだろうか。
森 日本は貿易統計ベースで対米輸出から輸入を差し引いた収支は8.7兆円で、対米貿易黒字は第1次トランプ政権の時よりも増えているので、むしろ確実に追加関税の標的とされるのではないか。アメリカ向けの輸出品を持つ会社の大半は、関税によってマイナスの影響を受ける。メキシコ経由で製品をアメリカに輸出している業界は、対メキシコでも25%の関税ができ、大変苦しい状況になりそうだ。日本はここで何ができるか。日本は対米投資額でナンバーワンの国であり、それも5年連続1位のはずだ。その実績をアピールしたり、あの手この手でタフな交渉をしたりして、例えば適用除外を確保することなどが考えられる。
追加関税のみならず、防衛費の増額、そして同盟強靭化予算(米軍駐留経費)の負担増も要求してくるという臆測がある。この3点セットがアメリカ「一国主義」に関わる面での日本への圧力だ。これに対して、もう一つの「優先主義」の観点からは、「反中連合」の強化という文脈で、二国間・ミニラテラルの同盟強化が位置づけられるだろう。この視点では日本は要の国となる。日米の防衛協力は引き続き前進させることになるだろう。したがって、日米の「摩擦」と「協力の促進」、この2つが同時に出てくるのが第2次トランプ政権の特徴になるのではないかと思われる。
欧州と中東は、トランプ政権内の「抑制主義」と「(アジア)優先主義」が合致して、アメリカは「紛争にフタをして引く」という姿勢になる。中東はイスラエル優位で紛争を収束させて、イラン封じ込めに向かうだろう。対イラン政策が具体的にどのようなものになるかはまだ分からないが、過剰にイランを追い詰めれば、核武装に向かうというリスクが出てくるので、そのような事態に至らないような紛争の管理が必要となる。トランプは中東で紛争に巻き込まれたくないので、対イラン政策を無制限に強硬化させるようなことは控えようとするかもしれない。
欧州と中東で「火消し」をして、インド太平洋にピボット(方向転換)することによって、中国との対峙(たいじ)に焦点を絞る、というのが青写真なのではないかと思われる。それがうまくいくかどうかは、これから起こる事に左右されるので、まったく見通しは立たないが、かなり困難な道のりであるのは間違いない。4年間、欧州と中東と中国に同時に関与し続ける可能性も十分ある。
竹中 中国に関税を60%かけるというのは実現可能なのか。
森 アメリカ国内でインフレの心配があり、加減するのではという見方がある。2年後には中間選挙がある。負けて上下院で過半数を失えば任期後半に共和党のアジェンダを推進することが困難になる、というのが政治的な思惑だろう。関税を巡っては、その目的が「アメリカ経済の対中依存度を低下させる」ことにあるのか、それとも「中国から何かを引き出すための手段」なのか、どちらなのかがまだはっきりしないところがある。中国だけでなく、世界各国に「10~20%」の追加関税をかけるという発言をみると、先に述べた通り「製造業の自立」という考え方が根底にありそうだが、特に中国に要求をのませるなり譲歩を引き出すつもりがあるのかどうかは、中国が報復関税をかけてきたときに何らかの交渉に乗り出すかどうかをみれば分かるだろう。中国による「不公正経済慣行」の是正を要求していくこともあるかもしれない。
日米二国間より難しそうな世界情勢への対応
竹中 最後に今後の日米関係の見通しだが、米中関係との見合いで考えると、関税問題などでもめることはあっても全体的には結局、安定基調で進みそうだと考えるか。
森 追加関税の賦課や防衛予算増の要求が現実化するか、どう現実化するかは、まだ分からない。もし実際にこのような要求を突きつけられたら、実務的な対応は大変だろうが、政治的に対応することは不可能ではないと考える。警戒は必要で、今後の展開を注視しなければならないが、今のところ慎重に楽観している。むしろ日米の二国間の問題よりも、台湾をめぐる問題や朝鮮半島情勢、ウクライナや中東などで起こるであろう事態や変化に、日本がどう対応していくかという問題の方が難しくなるのではないか。危機が発生した時にトランプ氏が適切な判断を下せるのかという懸念もある。新型コロナへのトランプ氏の対応ぶりを思い起こすと、やはり不安は小さくない。
(編集部注:インタビューは2024年11月29日、東京都内で行った)
バナー写真:共和党下院議員団との集会で演説する米国のトランプ次期大統領=2024年11月13日、首都ワシントンのホテル(CNP/ABACA/共同通信イメージズ)