トランプ2期目で日本に迫る追加関税と防衛費の増額要求:森教授に聞く

国際・海外 政治・外交

トランプ次期米大統領が、新政権の閣僚・高官人事を次々と明らかにしている。そこから何が読み取れるのか。nippon.comの竹中治堅・編集企画委員長(政策研究大学院大学教授)が、現代米国外交が専門の森聡・慶應義塾大学法学部教授に聞いた。

森 聡 MORI Satoru

慶応義塾大学法学部教授。専門は国際政治学、現代米国外交。1972年生まれ。京都大学法学部卒業。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。博士(法学)。外務省職員、法政大学法学部教授などを経て2022年から現職。著書に「ヴェトナム戦争と同盟外交」(東京大学出版会、2009年)。

トランプ勝利の要因は「変革・刷新への期待」

竹中 米大統領選での人々の実際の投票行動、そしてトランプ氏勝利という結果をどう見るか、勝敗を分けたポイントについて伺いたい。

 結果を見て、まず一つは有権者がやはり相当に物価高、それによる家計圧迫の問題に対する不満を強く持っていたと感じる。二つ目として移民問題への関心が高かった。そこにトランプ氏の選挙戦術がはまったのではないかと感じる。ハリス氏は民主党の重要テーマ、つまり民主主義の防衛と妊娠中絶の権利擁護という二つを中心に訴える王道の戦略を取った。だが、経済政策でバイデンと離別し、有権者の置かれている現在の苦境を改善すると期待させるような新しい具体策を打ち出せなかった。これは、ハリス氏がバイデン氏の撤退によって大統領候補を引き継いだ経緯もあり、具体的な政策を練り上げる予備選のプロセスを経ていないことから生じた大きな弱みだったのではないかと思う。

それからもう1点、ハリス氏が訴えた「民主主義の防衛」は、連邦議会襲撃事件に不信感を持つ人々の意識を喚起する意図があったと思われるが、実質的には現状維持、つまり「今の制度でいい。これを守っていく」というメッセージを事実上放つことになった。既存の政治システムに不満を持つ有権者が増えているということを踏まえ、そこにも手当をしていくべきなのだが、結果として当初の刷新や世代交代への期待から生じた熱狂を、具体的な政策構想で持続させることができなかった。

一方で、トランプ氏は「自分が大統領在任期間中は、経済の状況ははるかによかった」というメッセージを出し、これが相当な訴求力を持った。多くの人が物価高で苦しんでいるときに、その不満層は、バイデン政権の延長は嫌だ、ハリス氏は具体的な打開策を出していない、トランプ氏だったら今の状況を変えてくれるのではと考え、トランプ支持に向かったと思われる。

これまでも世論調査で「リーダーシップがあり、変革をもたらしてくれる候補者は誰か」という問いになると、トランプ氏の方が数字は上だった。経済と移民問題、そして政治・社会システムの現状打破という3つの要素で、最終盤にトランプが人々の不満の受け皿として票を引き寄せたのではないか。

結果は「トランプ圧勝」と報道されたが、得票数でみるとトランプが7770万票、ハリスが7500万票で、差は270万票。トランプが得票数でも勝ったのは注目に値するが、得票率で1.7%の差しかない。歴史的には、もっと大差がついた大統領選もあり、これまでの大統領選と比較してみれば、それほどの圧勝とはいえない。

インタビューに答える森聡・慶應義塾大学教授(nippon.com編集部撮影)
インタビューに答える森聡・慶應義塾大学教授(nippon.com編集部撮影)

竹中 国民が抱える現状への不満とは、短期的にはインフレなど経済面だと思うが、より根本的な「政治・社会システムの現状打破」を求める要因とは、具体的にはどこにあるのか。

 ワシントン中央の政治が、本来なされるべき利益分配の機能を果たしてないという不満だ。共和党は、民主党流の規制や多様性重視の考え方が社会をダメにしていると考える。特に共和党の保守派は「米国は中国製の製品であふれかえり、子どもたちはゲームとポルノにおぼれている」「白人男性は将来への期待が持てず、都市部は荒廃している」「エネルギーでの規制が物価高を生み、人々の生活を苦しめている」などと考え、これまで民主党が推し進めてきた政策や政治、そして規制を取り払うべきだと主張する。民主党は、共和党が唱えるような政治は復古主義的であり、受け入れがたいと考える。両党の支持者は、それぞれアメリカが間違った方向に進んでいると感じていることが世論調査などからも明らかだ。

「アメリカ・ファースト」に2つの系統

竹中 早々と政府高官人事も固まりつつある。国務長官にマルコ・ルビオ氏、国防長官にピート・へグサス氏が指名されているが、これまでに発表されている外交、安全保障関係の陣容についてどのような印象を持たれているか。

 トランプ政権の外交方針というのは、大きく2つの柱がある。「一国主義」と「反中国」だ。「アメリカ・ファースト」というのも2つの考え方があって、一つは「アメリカの平和と繁栄は他の国の平和と繁栄と切り離して存立し得る」という、国家主権を重んじてアメリカの国益を狭く捉える世界観で、もう一つは「アメリカは世界最高の国として、中国には絶対に負けない」という、パワー本位で国際政治を捉える世界観だ。第1次政権で国防次官補代理を務めたエルブリッジ・コルビー氏は前者を「抑制主義者(リストレイナー)」、後者を「優先主義者(プライオリタイザー)」とラベリングしている。一国主義の視点を持つ抑制主義者も、実はアメリカ国内に中国が入り込んで「経済的収奪」を働く中国に対する強い反感を持っているので、厳密には反中国路線は、優先主義者だけではなく、抑制主義者も唱えている。第2次トランプ政権で政策を取り仕切る外交・安保チームは、抑制主義者と優先主義者の2つのグループの人々で混成されるとみられる。

抑制主義はおおかたMAGA(Make America Great Again=アメリカを再び偉大にしよう)系の人たちで、アメリカが強い軍隊を作り、経済と貿易を盛んにすれば安泰とする一国主義だが、優先主義者たちは国際主義で「インド太平洋は世界の経済成長の中心地で、ここで中国が地域覇権をとることは許さない」という考え方だ。マルコ・ルビオ氏と安全保障担当大統領補佐官に起用されるマイク・ウォルツ氏は優先主義、ピート・へグセス氏と国家情報長官に起用されるトゥルシ・ギャバード氏はMAGA系の人物だとみられる。

ヘグセス氏やギャバード氏は「壊し屋」として、彼らが「ディープステイト」と呼ぶ、ワシントンの既存の官僚機構を刷新し、リストラの大ナタを振るう役割を担うとみなされている。ヘグセス氏は著書の中で「LGBTQ反対」「多様性反対」「女性は戦闘任務につけるべきではない」などと主張している。彼がもし本当に国防長官に就任したら、国防省と米軍内で「民主党的なるもの」を一掃しにかかるかもしれない。

「壊し屋」に対する強い反発が生じるだろうが、MAGA系の人々が幹部に送り込まれた官庁でリストラが本当に断行されれば、国家安全保障機構というアメリカの国際主義の基盤が細り、官僚機構の政治化が相当程度進んでいくだろう。国防省があまりに混乱する事態になれば、即応態勢への懸念すら生じかねない。省庁や議会からの反発も出てくるだろうから、どのような展開が待ち受けているか分からないが、混乱や士気の低下を招くかもしれない。

「一国主義」で製造業の国内回帰狙う

竹中 経済関係の閣僚では、財務長官に投資家のスコット・ベッセント氏、商務長官に実業家のハワード・ラトニック氏、米通商代表部(USTR)代表にジェイミソン・グリア氏、そして新設される「政府効率化省」トップにイーロン・マスク氏が指名されている。この陣容にどのような感想をお持ちになっているか。

 ベッセント氏とラトニック氏は、関税に関しては穏健な立場と言われていたが、トランプ氏の基本方針に真っ向から反対しないのではないか。経済面でトランプ氏から絶大な信頼を得たと言われていたロバート・ライトハイザー氏(第1次政権の米国通商代表)は、今のところ閣僚に指名されていない。別途トランプ氏の公式アドバイザーになるのか、二番手として待機するのか、あるいはそもそも公職に就かないのか注目される。また、ベッセント氏とラトニック氏がトランプ氏と政策をめぐって良好な関係を保っていけるのかどうかも注目する必要がある。

トランプ政権の経済政策の柱は、まず関税強化によって製造業の国内回帰を目指すことが基本にある。もう一つは防衛産業の拡充。サプライチェーンに対するセキュリティーも相当程度重視し、そこでの中国への依存を低下させていくことに注力していくだろう。

いずれにせよ、どこまで実現できるかはさておき、基本的な方針はアメリカの製造業をできるだけ戦略的に自立したような状態に持っていくことにあるのではないか。外国、特に中国には依存しないアメリカ経済を目指すことは、「一国主義」の考え方と完全に重なり、デカップリングの再来の本質はそこにあると思われる。極めて分かりやすいロジックだ。金融についてはそうはいかないかもしれない。

次ページ: ウクライナ停戦仲介に本腰

この記事につけられたキーワード

米国 ドナルド・トランプ ウクライナ 関税

このシリーズの他の記事