兵庫県知事選 「まっとうな民主主義 虚偽情報の否定から」 川西市・越田市長に聞く 落選候補支援側から見えたSNSの風景とは 

政治・外交 地域

パワハラ問題や告発文書問題で県議会の不信任決議を受けた斎藤元彦氏が、事前予想を覆して再選した11月の兵庫県知事選。SNSと動画を通じた支援が拡大した選挙戦の中、県内22人の市長は対立する候補の元尼崎市長・稲村和美氏を支援する声明を発表した。その呼びかけ人のひとり、川西市の越田謙治郎市長に、激しく揺れ動いた世論をどう感じたのか、振り返ってもらった。

混乱収拾へ 欠かせぬ知事の説明

─知事選の後も、斎藤さんとPR会社経営者の関係を巡り公選法違反(買収、被買収)の疑いがあるとして刑事告発が行われるなど、混乱が続いています。現状をどうみていますか。

「公選法違反関係の詳細は私には分かりませんが、斎藤さんはPR会社経営者との契約などについて『公職選挙法などに違反することはないと認識している』と発言し、細かな対応を代理人弁護士に任せています。私は斎藤さんに対し、何が起こっていたのかを自らの言葉で県民に対し具体的に説明してほしいと思っています。PR会社の行為に問題が無かったということを、ひとつひとつ説明すればこの騒動は収まるはずです。逆にそれができるのは、本人しかいないでしょう」

─越田さんは、投開票日3日前に他の県内21人の市長とともに、斎藤さんの対立候補、稲村さんを支援する声明を発表しました。一方、選挙後は、落選した稲村さんを推した市長に関係改善の動きもあります。2期目の斎藤県政とどう向き合っていきますか。

「激しかった選挙戦が最終的に県政の分断ではなく、次につながった、と言えるものにしなくてはならないと思います。選挙の勝敗によって、地方の政策が優遇されたり冷遇されたりということはあってはならない。私自身は明確に稲村さんを支援しましたが、22人の市長はそれぞれ斎藤さんに対する距離の取り方は違います。県と市という行政体同士は、一緒にやらなくてはならないことが山積しており、県民や市民のために連携していくことが重要。22人は、選挙後は県民の選択を受け止め、知事と共にベストを尽くしていこうという立場でも共通しています。今回の知事選は多くの方が選挙や政治に関心を持ち、投票率も上がったというプラスの効果もありました。市長、町長と知事との対話の場が既に行われており、市民や県民が幸せになることを第一に一緒に取り組んでいきたいです」

虚偽含むSNS書き込み 対応苦慮

─越田さんたち22人の市長が声明を発表したのは、世論調査で先行していた稲村さんに対する斎藤さんの猛追が報じられた時期です。なぜ、どんな目的で声明を出したのでしょうか。

「当時は、国会議員など立場表明する人が増えていました。各市長にはそれぞれ思いはあったと思いますが、私は既に稲村さんを支援していたので他の市長から声がかかりました。そして『呼びかけ人』の1人として県東部の阪神間地域の市長の意向を確認する役を担いました。声明の目的は3つです。まず、さまざまな情報が飛び交う中、自分たちが認識している『真実に近いこと』を説明すること、そして、SNSなどで、実際にあったことすら無かったことになっていることへの危機感を表明すること、最後に亡くなった県幹部のプライベートな話の拡散を止めることです。その上で、県政の混乱に終止符を打つには稲村さんの当選が必要だと説明しました。政治家として、市民への判断材料を示したつもりです」

─選挙直後、越田さんのSNSは、稲村さんを支援した行動に関する批判のメッセージであふれました。

「私のXアカウントには、『負けた側なのだから責任を取って辞めろ』などと書き込まれています。ただ、誰かを政治的に応援すると直ちに攻撃するのはまっとうな民主主義にはそぐわないでしょう。自由で寛容な言論空間で熟議によって意思決定する、あるべき民主主義とは違う形に進みつつある危険性に今、私たちは向き合っているのではないでしょうか」

兵庫県知事選の選挙戦最終日、スマートフォンを掲げる大勢の有権者の前で街頭演説する斎藤元彦氏=2024年11月16日、神戸市(共同)
兵庫県知事選の選挙戦最終日、スマートフォンを掲げる大勢の有権者の前で街頭演説する斎藤元彦氏=2024年11月16日、神戸市(共同)

─選挙は、斎藤さんのパワハラ疑惑を含む内部告発文書問題が発端でした。しかし、既得権益側とされるマスコミや県議会、市長などに批判された斎藤さんを、ネット世論が助けた、という構図で捉えた人もいます。どのような形で、斎藤さんに風が吹いていったと感じましたか。

「政治的対立軸と市民の認識は一致しないと思います。有権者は、対立構造を認識するというより、純粋に斎藤さんの印象や政策から支持したい気持ちになったのではないでしょうか。10月31日の告示の時点では斎藤さんを再選させる民意は感じませんでしたが、数日後には斎藤さんの疑惑について『何が本当か分からなくなった』『斎藤さんは本当に悪い人なのか』という発言を聞くようになりました。同時に、稲村さんへのネガティブな情報、虚偽や誹謗(ひぼう)中傷などがネット上にあふれ始めました」

─その「情報」などが、選挙戦に影響したとされていますね。

「相手陣営の熱量の一因になったと思います。特に『稲村候補は外国人参政権を容認する』という虚偽の内容は、保守層が稲村さんから離れていく一因だったと認識しています。SNSなどでそうした情報がすさまじい勢いで拡散されました。有権者の支持としては、稲村さんの当初のリードをかなりの勢いで詰めていきました。若者だけでなく、中高年の方からも『ネットなどを見て、どう判断するか悩んでいる』という声を聞き、驚かされました」

─稲村さんは選挙直後、「誰と戦っていたか分からない」という話をしました。具体的にどういうことなのでしょうか。

「稲村さんは、政策論争の前にまず、斎藤さん以外の方の発言やネット上の虚偽の書き込みの打ち消しや反論を迫られ、マイナスをゼロに戻すのに苦労していました。デマに対しては、ホームページやSNSで反論しましたが、一度も掲げたことがない外国人参政権の問題について、SNSで書かれたからといって、『認めません』といきなり持ち出すのもどうだろう、とためらいもあったと聞いています。デマを発信し、拡散する人は無数にいるが、それを否定できる人は陣営の人だけ。大量の書き込みが広がってしまうと、ひとつひとつ打ち返していくのは極めて難しいと思い知らされました」

薄れていった当初の争点

─選挙前と後では選挙に関する県民の認識が大きく変わってしまったように感じます。選挙中に何が起きていたのでしょうか。

「選挙期間になると、有権者の情報環境は一変します。テレビや新聞は候補者を平等に扱い、突っ込んだ報道を控えます。一方、SNSや動画サイトでは今回の選挙期間中、さまざまな情報がリアルタイムで飛び交いました。斎藤さんの陣営は、稲村さんの何倍もSNSで発信していました。しかもSNSは利用者の好みに合わせた情報が繰り返し表示されるため、同じような情報に何度も接した人は多いはずです。斎藤さんの街頭演説には次第に人が集まるようになり、それがまたSNSで拡散され、『斉藤さんを応援しているのは自分だけじゃない』という心理も働いたと思います。今回の選挙は、ネットメディアや若者が勝ったとか、既存マスコミや県議会、高齢者が負けた、ということではなく、情報の出方が有権者に影響したということでしょう」

─政治団体「NHKから国民を守る党」党首の立花孝志さんが出馬し、斎藤さんを応援していました。どのように受け止めていましたか。

「公職選挙法における候補者は、当選を目的とするのが前提であるため、自分以外の人を当選させる選挙運動を想定していません。立花さんの行為が直ちに違法と判断できませんが、この手法が常態化すると、無制限に選挙活動を行うことが可能になるため、選挙の公平性が担保できない懸念があります。公職選挙法の趣旨に基づいた法整備が必要だと思います」

─選挙期間中に斎藤さんの県知事としての資質を問うという争点が薄れていってしまったように感じます。

「その通りです。本来、県民や県議が怒ったのは斎藤さんの知事としてのマネジメント能力や、政治姿勢でした。県幹部による知事の告発に関して言うと、自分への批判を含む告発文を手にした知事は、まず犯人捜しをし、メールを調査し、対象者の幹部の目星をつけ、パソコンを没収して調査し、職を解きました。この幹部が自殺した原因は分かりませんが、自殺後、斎藤さんは県政の混乱等について道義的責任を問われた際、『道義的責任が何かわからない』と答えています。こうした斎藤さんの態度については、多くの県民が知事としてふさわしくないと感じたのですが、選挙期間を通してその認識は薄まり、文書告発の細かい中身や亡くなった県幹部のプライバシーに興味が集まっていったように感じます。県知事選の本来の意味を問い直すような議論が、もっとマスコミなどで行われるべきだったと思います」

─選挙戦で、NHK党の立花さんによる、一部の県議の家の前での「脅し」とも取られる演説も報告されています。

「この選挙に関してXでの私への批判もとても多く、個人事務所や市役所にもたくさんのご意見を頂いていますが、私自身の精神的ダメージはコントロールできています。警備もしっかりしてもらっているので、身の危険を感じたことはありません」

公選法、定期的な改正を

─選挙は民主主義の根幹です。まっとうな民主主義を維持していくために必要なことは何だと思いますか。

「ネット上の言論を直ちに規制するべきとは思いません。ただ、虚偽事項の公表については、犯罪であるというルールを徹底しなければ、うそをついた者勝ちになってしまいます。その上で、今回、次の選挙に向けて必要だと感じたことを3点挙げます。ひとつは、選挙の在り方を定期的に見直す機会を設けることです。ネット上のツールが大きく変化し、社会状況も変化が続く今、公職選挙法を適宜改定することは不可欠です。次にマスコミの役割です。単なる候補の主張だけでなく、ファクトチェックをしっかりしてほしい。主張をかみ砕いて解説し、判断材料を提供するという本来の仕事に力を注ぐべきでしょう。最後に、政治家は、行き過ぎた世論に触れた時、有利か不利か敵か味方かで判断せず、即座に反応する必要があるということです。虚偽や不当な攻撃があればすぐ反論する。そうしなければ、デマに勝てません。政治家である私にも課せられることだと思いす」

聞き手:ニッポンドットコム編集部

バナー写真:兵庫県知事選について語る越田・川西市長(オンライン取材時にニッポンドットコム編集部撮影)

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