トランプ再び

トランプ再び(2)ハリスの敗北-放棄されたリベラル路線

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アメリカ大統領選で、「リベラルの旗手」と目された民主党候補のカマラ・ハリスが惨敗した。党の再生に向けて、民主党内ではリベラル路線からの脱却が模索されている。これに対して筆者は、ハリスの選挙戦の実態に注目すれば、「リベラルに徹しきれなかったゆえの敗北」という面も強いと指摘。選挙では、気候変動やジェンダー、人権の問題が「票にならない」として後回しにされがちな政治状況など、先に行われた日本の総選挙にも通ずる問題があると考察する。(敬称略)

トランプ 「民主的勝利」の衝撃

2024年11月5日に投開票が行われたアメリカ大統領選は、共和党候補ドナルド・トランプが民主党候補カマラ・ハリスに大勝した。16年大統領選では、トランプの主要な支持層は白人労働者だったが、今回は白人票を固めた上で、ヒスパニック系やアジア系、黒人などマイノリティーの労働者にも支持を広げた(※1)

4年前に民主主義を否定した前大統領が、より多くの有権者に支持された―。トランプ再選は、民主党支持者に衝撃をもって受け止められた。ハリスは11月6日、ワシントンにある母校ハワード大学で、「敗北を受け入れなければならない。平和的な政権移行を助けるとトランプ氏に伝えた」と述べた。ハリスの姿勢は、20年の選挙で民主党候補ジョー・バイデンの勝利が明らかになった後も、敗北宣言をしなかったトランプと対照的だった。

20年の選挙後、トランプは「死者による投票が大量にあった」「投票機が不正に操作された」などとして一方的に勝利を主張。選挙結果を巡って数十件の訴訟を起こした。司法省が調査の結果、「大規模な不正の証拠は見つからなかった」と結論づけた後もトランプは主張を取り下げず、「1月6日に大規模な抗議集会がある。ここに集まれ、激しくいけ!」などとツイッター(現X)に投稿した。これに促されるように、連邦議会で選挙結果が最終的に確定される同日の朝、武装した多数のトランプ支持者がバリケードを突破して連邦議会議事堂へなだれ込んだのである。

そのトランプが民主的に権力の座を奪還しただけに、民主党支持者を襲った衝撃の大きさはなおさらだった。ハリスは20年の選挙後にトランプがもたらした混乱を絶えず喚起し、選挙の最終盤では、トランプがヒトラーを称賛していたという元側近の証言に言及しながら「民主主義を守るための投票」を訴えたが、有権者には響かなかった。

「労働者を忘れた民主党」

アメリカの有権者の選択をどう理解すべきだろうか。民主党系の急進左派で、上院議員のバーニー・サンダースの分析が話題を呼んでいる。2016年と20年、民主党の大統領候補を決める予備選に挑戦した際、ヒラリー・クリントンやバイデンを「エスタブリッシュメント(既得権益層)」と批判し、国民皆保険や最低賃金の引き上げなどを主張して「サンダース旋風」と呼ばれる熱狂的な支持を集めた。サンダースの目には、ハリスの選挙キャンペーンは既得権益層の方ばかりを向いたものに映じていたようだ。敗北が明確になってほどなく、サンダースはXに投稿した声明文で、「労働者階級を見捨ててきた民主党が、労働者階級から見捨てられたのは驚きに値しない」と断じた(※2)

確かにトランプの経済政策については、高関税政策はじめ、インフレをむしろ加速させ、労働者の生活をより苦しくするとも指摘されている(※3)。しかし今の時点で重要なことは、こうした政策面での曖昧さにもかかわらず、多くの有権者がトランプを経済的な苦境から自分たちを救ってくれる政治家として信任したことだ。

ハリス陣営には大企業からの献金も殺到し、献金額でトランプ陣営を圧倒したが、これがハリスの選挙キャンペーンに小さくない影響を与えたのではないかともみられている。バイデン撤退後、ハリスが後継候補として有力視される中で、10日間でハリス陣営には大企業の幹部ら約5000人から約200万ドルもの献金が集まった。大統領候補に正式指名された当初、ハリスは不公正な値上げで巨額の利益をあげる大企業を厳しく取り締まる考えを打ち出すなど、物価高に苦しむ国民への訴えを重視していたが、その後、大手企業やウォール街、シリコンバレーとの関係を強化するにつれ、反大企業の主張をトーンダウンさせた(※4)。中間層の生活立て直しに関する明確なメッセージを打ち出せない中、トランプ2期目がいかに民主主義にとって脅威かを訴えるハリスの主張はどこか抽象的で、多くの有権者の心を捉えることにはならなかった。

「リベラル」を捨てたハリス

民主党やその支持者の間では、「ハリスはリベラルすぎたから負けた」という分析が広がっている。ジェンダー差別や気候変動問題など、少数のリベラルな有権者しか関心を寄せない問題を重視しすぎて、一般的な有権者を遠ざけたというのだ。

しかし、こうした見方はハリスの選挙戦の実態に即したものとはいえない。確かに上院議員時代のハリスは、野心的な気候変動対策の共同提案者として知られ、リベラルさでサンダースらと並ぶ存在と見られていた(※5)。2019年、民主党の大統領候補を決める予備選への挑戦を表明した際には、刑務所や移民関税捜査局(ICE)の施設の収監者を含め、すべてのトランスジェンダー成人に対する性別適合処置を支持する立場も打ち出していた(※6)。19年に出版した自伝『私たちの真実―アメリカン・ジャーニー』では、トランプ政権の排他的な不法移民対策を強く批判し、「移民の国」アメリカとしての寛容性を保つことの大事さを主張していた。

これらリベラルな立場を、ハリスは選挙戦でほとんど放棄した。共和党は、LGBTQなど性的少数者の権利や不法移民に関するハリスの過去の発言をあげつらい、「過激なリベラル」と攻撃して中道派の離反をもたらそうとした。こうした状況で、ハリス陣営もリベラルな主張を降ろし、中道に主張を寄せた方が戦略として得策と踏んだのだろう。気候変動についてハリスは、バイデン政権が国内で記録的な石油・ガス生産量を実現したこと、環境リスクが指摘されるフラッキング(水圧破砕法)と呼ばれる採掘方法を拡大させたことを誇らしげに掲げた。不法移民問題については、南部国境の厳格な管理を打ち出し、トランプよりも強固に国境を守ると主張すらした。性的少数者の権利については、選挙戦でほとんど語らなかった(※7)

ハリスへの熱狂が、トランプへの熱狂を上回れなかった原因の一つは、「リベラルすぎた」からではなく、ハリスの立場のブレ、その立場の変更について十分に説明できなかったこと、突き詰めれば、政策的な信念がなかった、あるいはあっても有権者を説得できなかったことにあるのではないだろうか。その結果、ハリスにリベラルな政策を打ち出すこと、少なくともリベラルさを維持した立場を期待していた人たちは幻滅を深めていった。対するトランプは、関税政策や不法移民の強制送還など、主張を一貫させており、自分の支持者がどういう政策や言動を求めているかもよく理解していた。

日本でも「格差の是正」といった長期的な課題より、まずは生活を少しでも楽にしたい、手取りを増やしたいという有権者の心情はいよいよ高まる。10月の総選挙で、「手取りを増やす」「扶養の上限を上げる」として、所得税の「103万円の壁」見直しを掲げた国民民主党が大躍進した背景にも、そうした有権者の心理があったといえよう。気候変動、選択的夫婦別姓や同性婚などのジェンダー平等の問題は「票にならない」がゆえに、選挙の主要な争点になかなかならない現状も、アメリカ大統領選に似たところがあるのかもしれない。

確かに民主主義や人権は、空腹を満たすことはないが、損なわれて初めてその重大さに気づくものだ。今回トランプは、もっぱら選挙の争点をインフレや不法移民問題、人々の暮らしや体感治安の問題に見定め、見事な勝利を収めた。この動きに追随する政党が、日本を含む世界各国に出てくるかもしれない。しかし、そのような世界は多くの人々にとって生きづらいものになるだろう。今回のトランプ勝利を受けて、「リベラルは時代遅れになった」とまで断ずるのは早急だ。地球環境や普遍的人権を掲げる主張が、選挙で人々に受けず、なかなか票にならないという事実は、決してこれらが不必要だということを意味しないのである。

バナー写真:アメリカ大統領選の投開票が行われた夜、民主党候補のハリス氏が集会を開いた母校ハワード大学の会場には、ゴミとともに星条旗が放置されていた=2024年11月6日、ワシントン(REUTERS)

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