トランプ再び

トランプ再び(1)「革命期」の米国:政治思想史から見た大統領選

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まさに「赤い津波」だった。赤は共和党を示す色だ。戦後2番目という高い投票率の大統領選挙で共和党候補トランプが圧勝した。史上まれに見る僅差の大接戦、特に勝敗を決する激戦7州はどちらにも転ぶか分からないといわれた。だが、ふたを開けてみれば、全米集計で約400万票の差を付け、激戦州もすべてトランプが制し、メディアの選挙情勢地図は赤く染まっていった。(敬称略)

女性にも逃げられたハリス

上院、そしておそらく、下院も共和党が制しそうだ。民主党候補ハリスが負けただけでない。僅差の大接戦を予告した世論調査機関と主流派メディア、専門家たちも完敗でもある。2016年、20年に続いて、また予測を外した。

それだけでない。出口調査によると、前回20年大統領選で勝利したバイデンとの比較でハリスは、伝統的な民主党の基盤であったヒスパニック(中南米系)票や黒人票、若者票まで減らしている。初の女性大統領を生みだすどころか、女性票まで逃げた。その一方で人種差別主義者、女性蔑視、ファシストだとマスコミにたたかれ続けた前大統領トランプが、約130年ぶりに異例の返り咲きを果たしたのだ。

いったいアメリカで何が起きているのか。この国はどこに向かっているのか。大統領選で民主党側にべったりの当事者になってしまっているアメリカの主要(リベラル)メディアの報道と、それに追随する日本のマスコミ報道や識者の解説からは見えにくい。大きな歴史的視点が必要だ。

既成の常識 通用せず

いま、アメリカは大きな転機を迎えている。繁栄から置き去りにされた中間層の反乱に便乗したポピュリズムが近年、左右の両側で噴出している。一種の「政変」、すなわち政治秩序(political order)の急激な変化が起きつつある。革命に近い現象である。革命は、価値観や言葉の意味の転倒を起こす。反乱者たちは旧体制の諸制度、特に法制度を守る司法などはまったく信用しない。既成メディアも信じない(これらは世論調査にも表れている)。だから、トランプが91の罪状で起訴され、うち既に34で有罪となろうと、反乱を起こしている支持者は意に介さず、逆にトランプの人気が上がるだけだ。むしろ既存の制度の方が誤っている、腐りきっていると人々は見ている。旧文化も侮蔑や怒りの対象でしかない。既成の専門家やメディアの知識や常識もまったく通じず、機能しなくなっていく。

そのように考えていけば、「なぜトランプが?」という疑問への回答が相当程度得られるはずだ。「政変」を引き起こしているのは、トランプその人ではない。民衆の怒りや侮蔑である。トランプはその媒体あるいは乗り物(vehicle)にすぎない。では、どのような政変が起きているのか。それによりアメリカはどのように変わって、その変容は世界、そして日本にどのような意味を持つのか。

アメリカは実は、こうした政変を何度も通って、そのつど国の形を変えながら、今日に至っている。そのことを認識する必要がある。南北戦争期は大きな政変だった。大恐慌で始まったニューディールも大政変であったし、ベトナム敗戦・石油危機などの混迷を機に起きた(実際はカーター政権に始まる)「レーガン革命」もそうだ。19世紀末の農民・労働者による「人民党」の反乱を受けて始まった20世紀初頭のセオドア・ローズベルトの革新政治も政変である。革命後フランスが第1共和政から現在の第5共和制まで、政変を繰り返し変容してきたのと似る。アメリカも現在、第5ないし第6共和制にあたり、さらにまた今、次の形をつくりつつある。アメリカはそうした流動期にあるのだ。

2016年が転機

20世紀においては、1930年代に民主党主導の政変で生まれたニューディール体制はアイゼンハワー、ニクソンというニューディール型共和党大統領時代を含め約40年間続いた。そこで行き詰まり、80年代に共和党によるレーガン革命を経て「小さな政府」と積極対外関与による「ネオリベラル・ネオコン」型に転換した。それがまたクリントン、オバマというネオリベラル型民主党大統領の時代も含めて40年ほど続いて、とてつもない格差と中間層の崩壊をもたらして破綻し、2016年大統領選で一種の政変を引き起こした。そう考えるべきだ。それがトランプ、サンダース現象である。大衆の怒りを受け止めて、外部から2大政党に乱入したような政治家が大統領候補になったり、なりかけたりして、16年以来、米政治を根底から揺さぶっている。

ニューディール型時代からネオリベラル・ネオコン型時代への転換は、第2次世界大戦と冷戦を経ながら卓越した地位を築いた20世紀アメリカがつくりあげた世界システム(いわゆる「リベラル・インターナショナル・オーダー」)を前提とした。だが、今度は様相が違う。そのシステムを前提として生まれたグローバル経済と社会が、その後ろ盾であるアメリカ自身に牙をむいて襲いかかった。9.11テロとリーマン危機だ。

前者は20年に及ぶ、米国史上最長のアフガニスタン・イラク戦争を、後者は極限的に広がった経済格差を米国社会にもたらした。リーマン危機後のオバマ政権が政治資金源としていた金融機関の救済を優先する一方で、1千万件の住宅ローン破産を救済せずに放置したのが、格差の急拡大につながった。

結果、1%の超富裕層が米国の個人資産合計の4割近くを独占している。ジェフ・ベゾス、ビル・ゲーツ、ウォーレン・バフェットの3富豪の個人資産合計が、米国の下位50%(人口で約1億7000万人)の個人資産合計に匹敵するような格差だ。まともな国とはいえないだろう。封建社会のようなものだ。

長期化した戦争と経済破綻で疲弊し没落するまま捨て置かれた中間層の怒りが一挙に爆発したのが16年であり、この政変以降はアメリカ政治・社会は、新しいフェーズに入った。長期戦争と経済破綻をもたらした、1970年代末以来の民主・共和両党によるネオリベラル・ネオコン体制(レーガニズム)は、トランプ現象を受けて登場した新しい右派思想(「ニューライト」と呼ばれる)によって全面否定されている。

9.11後の軍事・外交を牛耳ったネオコン思想家(ビル・クリストルが一例)と彼らを使った政治家(チェイニー元副大統領が一例)は、今回の大統領選で民主党に付いている。ただ、その民主党側にも16年には同党のネオリベラル・ネオコン化に対する反動としてサンダース現象が起き、社会民主主義という形でニューディール政治を取り戻そうという揺さぶりが続いている。

日本の政治混乱も必至

2016年政変以降、フェーズが変わったからこそ、20年大統領選でトランプから政権奪取した民主党のバイデン大統領も、インフラ投資、関税、産業政策など数多くの中間層重視の政策でトランプ政権を引き継いだり、アイデアをまねたりした。ついには対立点とみられた不法移民対策も、バイデン、ハリスともにトランプと変わらぬ強硬策に転じた。つまり、16年以降は最も重要な経済政策分野においてはトランプ(ないしサンダース)型の政策でなければ、通用しなくなってきている。バイデンというのは旧体制の最後の生き残りのような政治家で、ハリスもその流れだ。トランプ型政治を実行することで生き残ろうとしたが、結局、今年の選挙で有権者に拒否された。

共和党側も、16年政変で思わぬ勝利を収め成立したトランプ政権を抑え込もうと旧体制側から送り込まれ閣僚らが数多くいたが、徐々に駆逐された。今回の大統領選で共和党はほぼ完全にトランプ化したとみてよい。来年1月に発足する第2期トランプ政権は、旧体制(レーガニズム)との訣別を一層はっきりと打ち出すことになる。ポンペオ前国務長官とヘイリー元国連大使を次期政権で登用するつもりはないという異例の声明をトランプが公表したのは、そのことの証しでもある。

トランプ型政治とは(1)経済ナショナリズム、(2)国境管理強化、(3)アメリカ(の国益)第一の外交安保──といったところに要約できる。第2次世界大戦後、アメリカが主導してつくりあげた国連、GATT(のちにWTO=世界貿易機関)、国際通貨基金(IMF)といった世界システムと、それによって発展した自由で開かれた国際秩序はすべて上記の3方針に従っている限りにおいてしか、アメリカにとって必要なくなる。その他のアメリカの国際的約束も同じだ。それが新しい時代の世界とアメリカの姿だ。

英誌『エコノミスト』が今回のトランプ再選を受けて、フランクリン・ローズベルト以来最も重大な意味を持つ大統領になると論じたのは正しい。ニューディール体制のアメリカが中心になって第2次世界大戦後つくられて世界システムは終わる可能性があるからだ。

日本がなすべきことは、上記を覚悟した上で、トランプ現象を生みだした原因であるグローバル経済・社会に起因する格差問題を、米欧さらには新興国・途上国を巻き込んでどう解決していくか考え抜いて、世界に提示していくことだろう。トランプ時代の独自防衛力などというより、こちらの方がはるかに重要だ。日本自体もすでに格差問題(特に世代間)は起きており、やがて政治混乱に至るのは必至でもあるからだ。

バナー写真:米大統領選でのトランプ大統領の圧倒的勝利を伝える携帯電話の画面=2024年11月10日(Beata Zawrzel via Reuters Connect)

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