日本敗戦? デジタル赤字を解消せよ

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海外のデジタルサービスの利用が増え、国際収支における日本の「デジタル赤字」が膨らんでいる。なぜ国富の流出が止まらないのか。真のデジタル立国に向けた方法を探る。

高まり続ける海外依存

クラウドなどデジタル関連サービスにおいて、日本企業の海外依存度が高まり続けている。米国のグーグルやアップル、マイクロソフトなどGAFAMと呼ばれる巨大IT企業が席巻している分野で、それらへの依存が著しい日本のIT企業を「デジタル小作人」と自嘲気味に語る業界関係者は少なくない。

日本銀行が発表する国際収支統計によると、デジタルサービスの収支は悪化する一方だ。赤字は2014年の2.1兆円から23年には5.5兆円となった。デジタルサービスとは、「著作権などの使用料」、「専門・経営コンサルティング」、「通信・コンピューター・情報サービス」の3つを合計したもの。3つ目の赤字は、クラウドサービスに加えて、OSなどソフトウエアのライセンス費用の増加などによるもので、シンクタンク三菱総合研究所(MRI)の研究員は「日本が(デジタルサービスの)競争に負けたからだ」と指摘している。

日本のデジタル収支の推移

日本のIT業界が海外の製品やサービスに依存し始めたのは20~30年前にさかのぼる。ソフトウエアの輸入が膨らみ、クラウドサービスなどの利用拡大が輪をかけてきた。海外依存が強まり、デジタル赤字が拡大してきた原因は何だったのか?

IT産業の弱体化招いた日本の事情

主に3つの原因が考えられる。まず第1に、日本のIT業界の「底の浅さ」だ。大手IT事業者は20年以上にわたり、データベースなどのソフトウエア、アプリケーションを自社開発したが、グローバル市場で通用するものに育てられなかった。それだけではない。新興や中小のIT企業の成長を阻む動きも垣間見えた。大手が国内の優良顧客への販路をほぼ独占し続けたことで、海外展開のすべを持たない新興、中小は伸び悩み、売り上げはいまだに数十億~数百億円の規模に留まっている。

これに対して、米国のアマゾン・ウェブ・サービス(AWS)やマイクロソフト、グーグルなどのクラウド事業者、セールスフォースやサービスナウ、ドイツのSAPといったSaaS(クラウド経由でソフトウエアを提供するサービス)事業者は、日本の大手IT事業者を販売代理店とし、優良顧客を次々に獲得してきた。日本での売り上げは数千億円から1兆円超になる。

2つ目は構造的な問題だ。日本のIT各社は、自前のクラウドやソフトウエアの開発をやめ、顧客企業の要望通りにシステムをつくるSI(システムインテグレーション)と呼ばれる請負業務で収益を稼ぐビジネスに重点を移してきた。大手IT事業者を頂点とする多重下請け構造と労働集約型のビジネスだ。

IT事業者は、顧客企業から言われた通りに情報システムを開発する受け身態勢になっている。無駄なこととは分かっていても、「これは不要な投資」などとアドバイスすることもなく、IT事業者は唯々諾々とシステム開発を請け負う。開発の規模、量が大きくなるほど売り上げが増えるからだ。当然人手もより多く必要になるが、大手はより多くのプロジェクトをこなすため、開発の一部を下請けに任せる。その下請けは、さらに孫請けに一部を任せるという多重構造が出来上がっている。

こうした独特の仕組みが、日本全体の生産性向上を妨げている。最たるものが、「マイナンバー制度」だ。日本の大手IT事業者が勢ぞろいして開発に取り組み、当初は数千億円の投資で3兆円弱の経済波及効果が期待された。健康保険証や運転免許証などとしての利用が決まっているが、果たして生産性や利便性が投資に見合うほどに向上したのか、大いに疑問がある。

最後に、企業幹部の「IT音痴」、「デジタル音痴」も障害となっている。IT事業者やコンサルティング会社から「DX(デジタルトランスフォメーション)が重要」と言われると、盲目的にソフトウエアやサービスの調達を進め、費用ばかりを膨らませる。「競合他社が生成AIを使い始めたので、わが社も導入せよ」と、目的意識もなく指示する経営トップもいるかもしれない。

一方で、ITやデジタルへの投資をコストと捉える経営幹部もいる。可能な限り予算を抑えることを優先し、IT部門の人材育成に関心はなく、社内の営業、製造、開発などITを利用する部署から要望のあったシステムを安価につくれば良しとしている。結果、IT部門は他部署からの要望をこなすだけの、受け身態勢が体質となる。そこでは、ITやデジタルの本来的な活用は望むべくもない。

IT産業の弱体化は、日本が海外のデジタルサービスに支配され、ITやデジタルの自律的、効果的な活用に支障が出ることを意味する。IT産業の世界市場における日本のシェアが15%程度あった時代、海外IT事業者は日本の顧客の要望に耳を傾け、新しい機能を取り入れた。だが、世界経済における日本のシェア、プレゼンス低下に比例するように、日本重視の姿勢は失われていった。「うまみ」が少なくなった日本企業を相手に、海外IT事業者は収益拡大のために利用料を上げる。日本語対応をはじめとするサービス、サポート体制が貧弱になっても、日本側は黙って使い続けるしかない。代替できる安価な日本の製品、サービスがないのだから仕方がない。大企業に比べ中小が、デジタルやITの活用において大きく遅れている理由もそこにある。

真のDXを実現するために

日本を起死回生させるには、どうすれば良いのだろうか? まずは人材の流動化を促し、IT産業において新陳代謝を起こすことだ。大手が抱え込む人材、ノウハウがスタートアップ、中小IT事業者へと移行しやすい仕組みをつくらなければならない。そうすることで、既存ビジネスを破壊する新たな試みが立ち上がる。

ビジネスモデルの転換も必要になる。顧客から要望された通りのシステムを開発するのではなく、顧客と一緒になって、新しいビジネスを創り上げていく姿勢が重要だ。生成AIなどの先進技術を駆使した事業会社の共同設立や、新規事業の提案がIT事業者に求められることになる。すでにその兆しはあり、NECは創薬、NTTデータはカプセルホテル運営と、それぞれ本業とは無縁の事業に乗り出している。

人材の給与を上げることも忘れてはならない。経済産業省が2018年に発表したレポートは、25年までにIT人材の平均年収を600万円から、米国並みの1200万円へ倍増させることを提言した。最近では年収1000万円超を提示するIT事業者もあるが、まだまだ不十分だ。調査分析会社ガートナージャパンのシニア・ディレクター・アナリスト、一志達也(いちし・たつや)氏は、「ITやデジタルの分野は若者に人気のある職種のはずなのに、志す者にとって魅力ある仕事になっていない」と語る。

ITやデジタルの仕事を、魅力あるワクワクしたものにする。受け身ではなく、自らサービスを編み出し、提案できるようにする。これらができなければ、日本企業の数倍もの給与を出す海外勢への人材流出は避けられない。

新たな企業、若い人材が日本のIT産業をリードできるようにするべきだ。そこから日本の変革、真のDXが始まり、「デジタル黒字」への転換が見えてくるだろう。

バナー写真:PIXTA

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