自民党総裁選2024

シリーズ・総裁選~新政権 (1)“自民党が変わった” : 5度目の正直で石破新総裁誕生

政治・外交

自民党の新総裁に、逆転で石破茂元幹事長(67)が選ばれた。石破氏は10月1日に新首相に就任し、内閣を組織するが、政局はそのまま衆院解散・総選挙含みで動く見通しだ。総裁選から新政権までの流れを、再び3人のベテラン政治ジャーナリストが分析する。

第28代自民党総裁を選ぶ決戦投票を制した石破茂氏、そして僅差で及ばなかった高市早苗氏も、かつて野党の新進党に所属したことがある。衆議院に小選挙区比例代表並立制が導入されて以降、国会議員の政党間移動は珍しくなくなった。とはいえ、その2人が自民党総裁選の決選投票で競り合ったこと自体に、私は自民党が変わったという印象を受けた。過去のしがらみにとらわれずに、有為な人材を無駄にはできないという切羽詰まった総意の現れなのだろう。

石破氏は平成の政治改革論議の際に自民党を飛び出し、政権交代を唱えて党を割った小沢一郎氏らの元に馳せ参じた経歴がある。その後に自民党に復党すると、小泉内閣で防衛庁長官(当時)に起用されるなど重用されてきた。その後、防衛相、農林水産相、党幹事長なども歴任。そうした経緯もあり森喜朗元首相らの古株から陰に陽に足を引っ張られ、同世代の議員からやっかみの声が出たりもした。2度目の挑戦だった2012年の総裁選で安倍晋三氏と争った時のことが思い起こされる。第1回投票で党員算定票に支えられてトップに立ったにもかかわらず、国会議員による決選投票で安倍氏に逆転され涙を飲んだ。背景には自民党一筋の国会議員たちの石破氏に対する複雑な感情が影を落としていた。

決選投票前「不快な…」と反省の弁

その石破氏が「最後の戦い」と位置づけた5度目の挑戦。「友達作りの下手な石破茂」とテレビコメンテーター各氏から揶揄(やゆ)された通り、頼まれごとを手伝っても「ありがとう。飯でも食べよう」という普通のセリフが素直に出ない石破氏に愛想をつかした同志は少なくなかった。自らが率いた派閥「水月会」が解散に追い込まれたのも、仲間づくりの夜の会合よりも自らの全国行脚を優先する姿勢が影響していた。

この点は石破氏も深く反省していた。決選投票の直前に設けられた最後の演説で、自ら「人に不快な思いをさせてしまったこともある」と反省の弁を述べた。仲間づくりを大切にするので政権運営を担わせてほしいという石破氏のギリギリの心情の吐露に他ならなかった。この演説の直後に会場内から湧いた拍手は高市氏の演説に対する拍手よりも多く、私はこの瞬間に「もしかしたら逆転もあるかな」と直感した。

高市氏は第1回投票で石破氏に27票差をつけた。国会議員票で26票、党員・党友算定票で1票上回った。総裁選告示前には、党員・党友算定票は石破氏が優位ではないかという見立てがもっぱらだったが、選挙戦が進むにつれ党員・党友の意向を探る各種調査で「高市支持」という回答が次第に目立つようになっていた。この点について、あるベテランの自民党職員は「安倍政権が続く間に、徐々に安倍氏シンパの党員・党友の占める割合が増えていた」と証言する。凶弾に倒れた安倍氏の考えに近い候補者として高市氏支持が拡がったのは確かなようだ。

では第1回投票で1位になりながら、なぜ決選投票で敗れたのか。

47都道府県連の持つ1票は石破26-高市21だった。石破氏が人口の少ない県を中心に党員・党友票で高市氏を上回っていた結果だ。鳥取1区選出で地方創生担当相を務め、地方の実情に詳しい石破氏に高市氏は及ばなかった。

そして国会議員の投票は石破189-高市173。従来の派閥の影響力が大きく低下した中で、この背景が鍵を握ったといえる。

「情勢は石破、小泉、高市の三つ巴」と評されていた選挙戦の中盤、高市陣営ではこんな勝利の方程式が語られていた。

「石破氏との決選投票に持ち込めば旧安倍派の議員はこぞって高市につく。生前の安倍元首相を後ろから撃つような態度をとった石破氏に対し、今も批判的な議員がほとんどだ。そうなれば石破嫌いで有名な麻生副総裁が高市支援で号令を発して雪崩が起きる」

高市氏の敗因は「親小泉票」の動向?

この方程式を現実のものにするには、若手議員の支持を集める小泉進次郎氏の決勝戦進出を阻むことが必要だ。高市陣営の一部は、インターネットを利用して小泉氏に否定的な書き込みを拡散する、一種の匿名ネガティブキャンペーンも展開した。小泉陣営もこれに気付いてポジティブ発信で防衛を試みたりした。結果として、策を弄したことが小泉支持で動いていた若手国会議員の多くを決勝戦で石破支持に向かわせることになったと言えそうだ。

小泉氏に関しては、あまりに軽々に「衆議院の早期解散」に言及したことが災いした。「これだけ総裁選で政策論争をやっているのだからすぐに選挙でもいいでしょう」という発言は、与野党で成り立つ国会というものに無頓着な一面を暴露した。一人よがりの「青さ」を印象付けるのに十分だった。

高市陣営の小泉追い落としの謀略があってもなくても、父・純一郎氏が公然と発言したように「まだ早い」ということだったのだろう。

石破氏は10月1日に召集される臨時国会で、新しい首相に選出される運びだ。自民党総裁選に先立つ9月23日、立憲民主党は新しい代表に野田佳彦元首相を選出した。「一度引退した元ヘビー級チャンピオンの現役復帰」といった表現もまんざら嘘(うそ)ではないだろう。

国民が期待しているのは重量級の政治リーダー同士の本格的な論戦だ。日本を取り巻く安全保障環境が悪化する中で、防衛費の増額はどこまで必要なのか。少子高齢化が急速に進む中で、年金・医療・介護・子育てという社会保障制度をどのような展望をもって持続可能なものにしていくのか。すべての土台になる日本経済の成長と、それを支える国民の所得向上をどういう構造改革で図っていくのか。積み残された政策論争のテーマは山ほどある。

「国民を守る」をキーワードにしてきた石破新首相の内閣が発足すると、能登半島の被災地の復旧・復興のための補正予算をどう扱うかが避けて通れない課題になる。そして自民党として、再度の政治資金規正法改正を巡る野党側との協議が「ルールを守る」の具体的な実践になる。

その先の衆議院の解散・総選挙。さらに来年夏の参議院選挙。心ある国民は「政党、政治家には将来を見据えた選択肢をはっきり示してもらいたい。そのうえで貴重な一票を投じたい」と考えていることを肝に銘じてもらいたい。

バナー写真 : 時事

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