「夢の超特急」新幹線の軌跡と展望

新幹線開業60年(3)路線拡大に暗雲:リニアは工事難航、北陸はルートの議論再燃

社会 経済・ビジネス

新幹線は開業から60年の間に北海道から鹿児島まで路線網を広げた。新区間の工事や計画も進むが、リニア中央新幹線は工事が難航し、北陸新幹線の新大阪延伸はルートの議論が再燃するなど、路線拡大には暗雲が垂れ込める。

リニア中央新幹線、思うように進まぬ工事

1964年10月1日、東京―新大阪間に開業した東海道新幹線は鉄道の歴史を大きく変えた。このころ東海道本線は多数の旅客と貨物の列車が運行され、高度経済成長に伴う需要増大に対応できなくなっていた。そこで国鉄(当時)は在来線(線路幅1067ミリ)と異なる標準軌(線路幅1435ミリ)の専用新線を作り、最高時速200キロ以上の高速列車を走らせることで、輸送力と速達性を飛躍的に高めることに成功した。

現在、東海道新幹線では毎時最大12本の「のぞみ」をはじめ、列車が過密ダイヤで運行される。その混雑緩和や、今後の発生が予想される南海トラフ地震などの災害に備えるバックアップの強化、さらなる高速化を目的に、リニア中央新幹線の建設が進んでいる。超電導磁気浮上式の車両を最高時速500キロ以上で走行させ、品川から名古屋まで40分、新大阪まで67分(いずれも最短)で結ぶ計画だ。専用規格の新線で速度向上を図るのは60年前と同じコンセプトといえる。

リニア中央新幹線は三大都市圏を一体化させるなど、社会を激変させる可能性がある一方で、完成に向けた課題は山積している。品川―新大阪間の総工費9兆円以上の大プロジェクトは、JR東海が建設と営業の主体となる事業である。必要な資金は東海道新幹線が生み出すキャッシュフローや国の財政投融資で調達する計画だ。ただ、着工済みの品川―名古屋間の工費だけで想定より1.5兆円増加。最終的な費用はさらに膨らむとみられている。

工事も思うように進んでいない。最大の難所とみられる南アルプストンネルについて、静岡県の川勝平太前知事は大井川の流量減少への懸念などから同県内区間の着工を認可しなかった。今年5月に就任した鈴木康友知事は最近ボーリング調査こそ認めたものの、現在も未着工だ。静岡以外の県でも用地取得の長期化や建設の中断、工事トラブルの地元への報告の遅れなどの問題が噴出している。

静岡県内の工事には約10年を要することから、当初2027年を目指した品川―名古屋間の開業は34年以降になる見込みだ。政府は名古屋以西の工事も並行して進めることで新大阪までの全線を37年に開業させる目標を掲げるが、JR東海は設計、建設にあたる人員の都合上、同時施工は困難だと表明している。

リニア中央新幹線のルート

「整備新幹線」5路線、全体の9割近く進捗も…

1987年の国鉄分割民営化以降に建設された「整備新幹線」(定義は後述)は、国の公共事業として鉄道建設公団(現在は鉄道・運輸機構)が主体となって工事が進められてきた。リニア工事の難航はJR東海に新線建設のノウハウが少なかったことが要因とも指摘されるが、それでも同社が自己資金を投入して建設主体になることにこだわったのは、政治的干渉を避けたかったからだ。

東海道新幹線の成功以降、新幹線は政治と深く結び付くことになった。山陽新幹線の建設が進む1970年、新幹線による全国的な鉄道網の整備を目的とした「全国新幹線鉄道整備法(全幹法)」が成立した。翌71年、全幹法に基づいて東北、上越、成田各新幹線の建設が承認された(成田新幹線は87年に計画失効)。続く73年に5路線の整備計画と12路線の基本計画が追加された。これらの動きを主導したのが「日本列島改造論」を唱えて72年に首相になった田中角栄で、路線計画は田中ら当時の自民党有力者の意向が強く反映した。

1973年に整備計画が定められた東北新幹線・盛岡―新青森間、北海道新幹線・新青森―札幌間、北陸新幹線・高崎―新大阪間、九州新幹線・博多―鹿児島中央間、西九州新幹線・新鳥栖―長崎間の5路線、計約1500キロは、整備新幹線と称される。

東北新幹線・大宮―盛岡間、上越新幹線・大宮―新潟間が開業した1982年、国鉄の経営悪化により整備新幹線の建設は凍結されたが、政治家は続行を強く求めた。そこで新幹線を公共事業として建設してJRに貸し付ける上下分離式のスキームが考案され、国鉄分割民営化を目前にした87年1月に凍結は解除された。

整備新幹線は1997年の北陸新幹線・高崎―長野間を皮切りに、今年3月の北陸新幹線・金沢―敦賀間まで、27年間で計約1121キロが開業。北海道新幹線・新函館北斗―札幌間約212キロが工事中で、全体の9割近くまで進捗(しんちょく)している。しかし、残る北陸新幹線・敦賀―新大阪間約140キロ、西九州新幹線・新鳥栖―武雄温泉間約50キロの見通しは全く立っていない。

新幹線路線図(2024年10月現在)

北陸新幹線、「小浜・京都ルート」変更を求める声も

今、議論が再燃しているのは北陸新幹線・敦賀―新大阪間のルート問題だ。同区間は2016年に与党整備新幹線建設プロジェクトチームが「小浜・舞鶴・京都ルート」「小浜・京都ルート」「米原ルート」の3案を比較検討し、利便性、速達性が高く、JR西日本の支持する「小浜・京都ルート」に決定した。当時の想定は工期15年、30年以降に着工し46年ごろの開業を予定していた。

鉄道・運輸機構は2019年に環境アセスメント調査に着手したが、既設線路や周辺構造物と近接・交差する京都駅や新大阪駅の施工難易度が高いこと、地下水対策や大量の残土処理が必要なことが判明。国土交通省が与党に対して今年8月に示した京都駅付近のルート3案は工期が20~28年程度、新大阪駅付近の工期も25年程度で、最短でも50年代の開業となる。

整備新幹線の着工には「安定的な財源見通しの確保」「収支採算性」「投資効果」「営業主体としてのJRの同意」「並行在来線の(JRからの)経営分離についての沿線自治体の同意」の5条件を必要とする。その中でも、建設費など費用と、時間短縮効果などの便益の比率である費用便益比(B/C)が1以上であることが特に重視される。

2016年の試算では小浜・京都ルートは総事業費約2兆1千億円、B/Cは1.1とされたが、ルート決定から8年が経過し、物価や人件費の上昇で小浜・京都ルートの総事業費は倍以上、B/Cは0.5程度になる見込みとなった。現行の仕組みでは着工条件を満たせないため、関西で強い政治的影響力を持つ日本維新の会は、事業費増加を加味してもB/Cが1を超えるとみられる米原ルートへの変更を求めている。

並行在来線問題も未解決だ。原則に従えば敦賀―新大阪間で経営分離の対象になるのは特急「サンダーバード」が走る湖西線になる。新幹線が県内を通らないのに在来線運賃値上げなどの不利益を被る形になる滋賀県や沿線自治体はこれに反対し、着工条件となる同意が得られるか不透明な状況だ。

北陸新幹線・敦賀―新大阪間のルート案

西九州新幹線、佐賀県が反対貫く

2023年に部分開業した西九州新幹線も同様の問題に直面する。同線は在来線から新幹線に直通運転が可能なフリーゲージトレイン(軌間可変電車、FGT)を導入し、時短効果が高い武雄温泉―長崎間を新幹線フル規格で新設、博多―武雄温泉間は在来線を走行することで、建設費を抑えつつ、乗り換え不要の直通運転を実現する構想だった。ところがFGTの技術開発が難航し計画を断念。現在は武雄温泉駅で在来線特急と対面乗り換えする形式で運行している。

国と長崎県は乗り換え方式では整備効果が限定的として、新鳥栖―武雄温泉間も新幹線フル規格で建設したい意向だ。しかし現在博多―佐賀間が最短35分で結ばれている佐賀県は、十数分の時短効果しかない中で莫大(ばくだい)な建設費を一部負担する上に、長崎本線が並行在来線として経営分離されるため、反対を貫いている。

西九州新幹線路線図

新幹線網の維持に政府は長期的な展望を示せ

新幹線の建設は最終的に負担と見返りのバランスが成否を決定する。これまで整備新幹線の多くは都市部から地方へ向かう形で建設され、地方側は観光振興などへの期待から大都市と直結する新幹線を歓迎した。ところが北陸新幹線は敦賀から京都、大阪に向けて延伸する形になる。都市部では工費がかさみ、工期も長くなるため沿線住民の負担が大きく、並行在来線分離の影響を受ける利用者の数も多くなる。大都市側は歓迎一辺倒とはいかないだろう。

整備新幹線にとってさらなる課題となるのは、既設路線の更新だ。国による公共事業の形で最初に建設された北陸新幹線・高崎―長野間は1997年の開業から30年近くたち、施設の大規模更新を検討すべき時期に入ってくる。整備新幹線のJRへの貸付料は30年定額とされている。国交省はこれまでに北陸新幹線の同区間の貸付料支払期間を延長し、金沢ー敦賀間の建設費高騰分に充当する方針を示している。しかし、整備新幹線全体の貸付料の扱い、大規模更新の費用負担は未定のままだ。

近年、四国新幹線や山陰新幹線、奥羽新幹線などの基本計画路線を、次なる整備新幹線に格上げしようという運動が活発化している。しかし人口減少の本格化で地方の移動需要は特に縮小し、新幹線整備の便益は低下する。一方、インフレや人手不足、耐震基準引き上げ、環境対策などの法規制強化により建設費は増大していくため、費用便益比を満たすことはますます困難になる。

政府・与党は貸付料を50年に延長したい考えだが、これを安易に新線建設の財源と捉えては新幹線ネットワークの維持は困難になる。国は新設と更新のバランスを考慮した長期的な展望を示す必要があるだろう。

バナー写真:北陸新幹線とリニア中央新幹線の車両(共同)

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