「空気を読む」風土がむしばむ公益通報

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組織の不正などを内部から暴く公益通報で、通報者が不利益を被る事例が後を絶たない。なぜ、日本で「良心の告発」が根付かないのだろうか?

公益通報者保護法が2004年6月に成立して20年が経過し、2年前には通報者保護をより強化するために組織に体制の整備などを求める改正法が施行された。しかし最近、地方自治体などに従事する「全体の奉仕者」(日本国憲法第15条第2項)が、内部の不正や違法行為が疑われる行為に関して声を挙げた結果、懲戒処分などの不当な扱いを受ける事案が散見される。「公益通報者」を「保護」すると法律名でうたいながら、同法が役割を十分に果たしていないことがあらわになっている。

逮捕、懲戒処分、自殺…相次ぐ犠牲者

鹿児島県警本部の事案では、元生活安全部長の男性が定年退職後、県警本部長が警察官によるストーカー事案を隠蔽(いんぺい)しようとしたことが、元警察官として許せなかったとして、「闇をあばいてください」とのメッセージを付けて内部文書をジャーナリストへ郵送した。元部長は、職務上知り得た秘密を漏えいしたとして国家公務員法の守秘義務違反の罪で起訴された。

通報者が自殺に追い込まれるケースも相次いでいる。兵庫県の前県民局長の男性は定年退職の直前、斎藤元彦知事のパワーハラスメントや企業からの贈答品受領などを問題視し、報道機関へ告発内容7点を記した文書を送付した。県は具体的な調査を行うことなく、定年退職を認めずに県民局長を解任。斎藤知事は記者会見で「業務時間中にうそ八百を含め、文書を作って流す行為は公務員失格」などと発言した。これに対して、県議会が真相解明を進める中、前県民局長は「死をもって抗議する」との言葉を残して自死した。

和歌山市の男性職員は、担当していた業務に関わる公金の不適切な会計処理について内部通報したが、事案を巡って処分を受けた職員と同じフロアでの勤務を強いられた末に自殺した。福島県国見町では、地方創生に関わる事業に疑義を持ち、関係資料を町監査委員事務局に提供して内部通報した男性職員が、町の情報セキュリティ対策要綱や職員服務規程に違反するとして懲戒処分を受けた。

日本の組織は今なお「ムラ社会」

こうした事案の多くでは、告発者や通報者が勇気をもって声を挙げたことに対して、組織が「誹謗(ひぼう)中傷」「情報漏えい」「名誉毀損(きそん)」「信用失墜」などと短絡的かつ一方的に評価し、法的に保護される「内部告発」や「公益通報」に該当するか否かを誠実に検討していない。

また、告発者や通報者の切実な思いを踏みにじるように、告発・通報内容に関する調査を進めることなく、「事実無根」などとして真っ向から否定する。あたかも告発・通報をもみ消すかのごとく、処分ありきの拙速な判断に至っている。なぜなのか?

「空気を読む」ことが日本の組織、その構成員に求められているからである。組織が多様性からは程遠い、閉塞感のある「ムラ社会」であり続けているからである。組織の掟からはみ出す者は「村八分」にされ、「裏切り者」と評価される。こうした仕打ちを組織の構成員は大いに恐れる。協調性や組織への帰属意識といった美辞麗句の下に、組織は「波風を立てない者」を都合の良い人材として重用してきた。

加えて、今なお続く終身雇用や年功序列の人事制度、同僚からの「同調圧力」も影響を与えているのであろう。そうした「空気を読む」風土こそが、「声の挙げづらさ」へとつながっている。

「組織の自浄作用を高めるため、不正や違法行為を是正する」という思考は停止し、通報の「犯人」をつるし上げて「見せしめ」とする。そうして形成される「声を挙げづらい」風土が、組織内の不正や違法行為を長期にわたって許容させるのである。

通報者保護のために法改正が必要だ

こうした日本の組織に対して、公益通報者保護法は何ができるのか。同法は、2000年代に相次いだ食品会社の産地偽装事件や自動車メーカーのリコール隠しなど、消費者の安全・安心を揺るがす不祥事が内部者の告発で明らかになったことを発端に制定され、消費者庁が所管している。

改正法では、組織内における内部公益通報制度の整備(受付、調査、是正措置の実質的な対応)について、従業員数301人以上の組織に義務付ける一方、通報対応の業務従事者に対して罰則付きの守秘義務を課した。だが、法の理念と日本の組織実態との間にある大きなギャップは埋め切れていない。

「空気を読む」組織では、業務上の過度なノルマやプレッシャーが常態化し、不正や違法行為の温床となりやすい。不正な手段で利を得ることへの罪悪感は、組織内の人々の間で鈍磨していく。その結果、公益通報は減少し、通報の対応に当たる業務従事者らの不慣れ、対応方法の誤りなど、さらにリスクが高まる。冒頭の事例はその証左であり、初動対応の誤りが事態を拡大させたといっても過言ではない。われわれは、公益通報者保護制度が組織の自浄作用にとって重要な役割を担っていることを再認識すべきである。

そもそも組織自体が不正や違法行為を発見し、自ら是正すべき役割を担っている。そうした役割の一部を通報者が担い、組織から指示・命令を受けた業務でないにもかかわらず、組織のために自らの意思によって決然と勇気をもって声を挙げているのである。それに対して組織トップから「うそ八百」と非難されたり、降格処分などを受けたりすることは健全な状態ではなく、早期に是正しなければならない。

人として正しいことを実践する。不正や違法行為を発見した際には気兼ねなく声を挙げる。そのような社会を形成するためには、公益通報者保護法をさらに強化することが不可欠だ。

声を挙げられる社会の実現へ

例えば、通報者への不利益な取り扱いに対しては行政措置をとれるようにする必要があろう。通報者が組織から不当な扱いを受けても、救済を求めるには現在は裁判に訴えるしか道がない。法を所管する消費者庁の法執行体制を整備することも喫緊の課題である。

また、通報内容に関連する資料の閲覧・持出行為に関しての免責を法律に明記しなければならない。組織外部の行政機関や報道機関などへの公益通報については、真実性あるいは真実相当性があることが、通報者を保護する要件と定められている。通報対象の事案を裏付ける具体的事実を資料などで示すことができなければ、通報自体の信ぴょう性が減じるだけでなく、通報を受けた報道機関などの調査着手にも困難が生じかねない。

内部公益通報体制の整備義務に違反した組織に対する罰則規定も欠かせない。体制整備の責任は本来組織にある以上、通報の対応業務従事者にのみ、刑事罰の伴う守秘義務を課すのでは不十分である。公益通報者保護法を当事者の意思とは関係なく適用される「強行法規」とすることで、通報者の保護を組織に徹底させるとともに、通報体制整備の適切な履行を実質的に担保することができる。

不正や違法行為を正す端緒である内部告発や公益通報は、われわれの安全・安心な生活に大きく寄与している。日本の社会全体として公益通報者保護法の意義や役割を改めて認識するとともに、声を挙げる公益通報者に不当な不利益を負わせない社会をつくっていかなければならない。

バナー写真:PIXTA

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