米国で高まる核戦力増強論:中ロと「三者拮抗」の危険な時代へ?

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中国とロシアの核増強の動きに対抗して、米国でも核戦力の思い切った増強を求める議論が高まりつつある。米ロ間で唯一の核軍縮条約の失効が1年半後に迫ったのに加えて、2030年代には中国の核弾頭数が米ロとほぼ同水準に達する見通しとなったためだ。

危険な「三つどもえ」

米国とロシアは冷戦時代の米ソ核軍縮合意を踏まえて、2011年に新戦略兵器削減条約(新START)を締結した。配備済みの戦略核弾頭総数を1550発に、ミサイルなどの核運搬手段の総数を800基(機)にそれぞれ削減することで合意し、米ロの戦略核を削減する唯一の条約と位置づけられてきた。

だが、ウクライナ侵略を巡る米国の対応に反発したロシアのプーチン大統領は23年2月、一方的に新STARTの「履行停止」に踏み切った。このため、現行の期限が切れる26年2月に条約は失効する見通しとなっている。

一方、中国についても米国防総省は2年前、「2035年には中国の実戦用核弾頭数が1500発に増える」との予測(※1)を公表していた。今年6月のストックホルム国際平和研究所(SIPRI)の年次報告も「中国はどの国よりも速いペースで核を増強させている」と警鐘を鳴らし、中国の大陸間弾道ミサイル(ICBM)保有数が「10年以内に米ロと同程度になる可能性がある」と予測している(※2)

米国はこれまでロシアとの核軍縮に心を配ってきたが、10年以内に中国の核弾頭数が米ロと肩を並べるようになることが確実となり、米側に衝撃を与えた。新STARTを含めていかなる核軍縮合意にも加盟していない中国は、今後も無制限に核増強の道を進む姿勢だ。米中ロ3カ国の核戦力が史上初めての「三者拮抗」(三つどもえ)の時代に踏み込む可能性が高まっている。

米超党派報告「核増強は不可欠」

こうした情勢を受けて米議会は昨年10月、超党派の専門家らによる「米国の戦略態勢に関する議会委員会」の最終報告(※3)を公表し、抜本的な核戦力の増強を勧める提言を明らかにした。

具体的には、▽既存のICBMなどに、より多くの戦略核弾頭を実戦配備する▽2020年代末に配備予定の次期ICBM「センティネル」を多弾頭(MIRV)化し、複数目標の同時攻撃を可能にする▽次期長距離スタンドオフミサイル(空中発射核巡航ミサイル)の配備増加▽次期戦略爆撃機や戦略原潜(SSBN)の増産と追加配備▽一部のICBMを移動発射型とする――などの対策を米政府に求めている。

同委員会がとりわけ重視するのは、米国が中ロに同時対処を迫られる「二つの競争相手問題」(Two peer problem)である。米中ロの三つどもえ関係が2030年代にどう展開するかは不透明だが、米国にとって「最悪のシナリオ」が、中ロが結託して米国とその同盟・パートナー諸国を脅かす事態であることは言うまでもない。

同盟国への「核の傘」にも不安

最終報告は、核を含まない通常戦力面でも「戦力不足に陥る懸念がある」と指摘している(※4)。米国は2018年の「国家防衛戦略」以降、「2つの戦争に同時対処できる戦力」(2正面作戦)を放棄して、実質的に「一つの大型戦争に勝利し、他の一つを抑止する(1.5正面)」という戦力計画を基盤に据えている。しかし、現在でもロシアはウクライナ問題で「核の脅し」を振りかざし、インド太平洋では中国が台湾に対する武力侵攻の構えを崩していない。

将来的に中ロが結託して欧州とアジアの二つの戦域で同時または連続的に有事を引き起こせば、1.5正面では対応しきれない。米国の「拡大抑止」(核の傘)に依存する国々も深刻な対応を迫られるだろう。米国自体の安全はもとより、欧州やアジアの同盟国に重大な不安と混乱を招く恐れも否定できない。こうした心配から、最終報告は米国が戦略核だけでなく、戦域・戦術核や通常戦力に関しても速やかに増強を図り、同盟諸国には連携と応分の協力を求めるべきだとしている。

鍵は次期大統領に

ただ、米国が本格的な核増強に乗り出すことに対しては批判的な意見もある。核軍縮・軍備管理を重視する米国科学者連盟(FAS)は、「中ロを刺激して、3カ国の全てが抑制のきかない核軍拡競争へエスカレートする危険がある」などの理由から最終報告の提言を批判し、「中ロを含む軍備管理協議の道も模索すべきだ」と反論している(※5)

「力による平和」や対中強硬論を掲げて、核増強にも前向きだったトランプ前政権に対し、バイデン政権はこれまで核の役割を縮小する外交を志向してきた。2030年代の「三つどもえ」に向けて米国がどんな対応を取るのか。その最終的な選択は、11月の米大統領選で誰が勝利するかに委ねられている。

バナー写真:米アリゾナ州の「タイタン・ミサイル博物館」に展示されている、無力化された大陸間弾道ミサイル(ICBM)と制御設備=2015年5月撮影(AFP=時事)

(※1) ^ 「中国の軍事・安全保障に関する議会報告2022年版」。2022 Report on Military and Security Developments Involving the People’s Republic of China, US Department of Defense, Nov.29, 2022.

(※2) ^ 読売新聞6月18日朝刊「中国核弾頭24発配備か 国際平和研推計」。

(※3) ^ 議会超党派委員会の最終報告。The Final Report of the Congressional Commission on the Strategic Posture of the United States, America’s Strategic Posture, October 12, 2023.

(※4) ^米国の戦略態勢に関する議会委員会の最終報告書を読む」、福田潤一、笹川平和財団日米関係インサイト、2024年7月25日。

(※5) ^Strategic Posture Commission Report Calls for Broad Nuclear Buildup,” By Hans Kristensen & Matt Korda & Eliana Johns & Mackenzie Knight, FAS, Oct.12, 2023

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