台北で中国問題の国際会議:菅野志桜里氏リポート

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中国による人権抑圧などを非難してきた国際的な議員組織がこの夏、台北で年次総会を開き、台湾政府との連携をアピールした。中国政府はこの総会にさまざまな圧力をかけたと報じられている。総会に参加した菅野志桜里弁護士がリポートする。

25カ国・地域から50人超が参加

7月29日から31日までの3日間、台北に25の国・地域から50人を超える国会議員たちが集まった。台湾の頼清徳総統は「過去最多の訪台議員団」と歓迎し、記者会見には各国から130人以上の記者が参加するなど、関心の高さを示した。

年次総会を開いたのは、「対中政策に関する国会議員連盟(International Parliamentary Alliance on China、IPAC=アイパック)。2020年6月、香港民主化デモへの不当な弾圧と国家安全維持法導入への危機感から米欧日など8カ国の議員が参加して発足。現在のメンバーは40の国と地域の250人に拡大している。

私はIPACの設立時に自民党の中谷元・衆院議員とともに日本の共同代表に就き、現在も日本事務局長を務めている。今回の台北総会には日本から与野党の9人が参加し、国別の訪台団としては最多であった。

総会に参加した議員団
総会に参加した議員団

IPACの活動をひと言でいえば、「世界中の国会議員が集まり、対中国政策での協調を通じて、国際秩序と人権問題に対する中国政府の脅威に立ち向かうプロジェクト」ということになるだろう。

IPACには三つの特徴がある。第1に「議論するだけでなく行動する団体」であること。第2にその行動は「中国の政策を変えるのではなく、各国の対中政策を変える」ものであること。第3に各国政策への関与を可能にするため「事務局は民間だが、主役はあくまで各国の国会議員」であること。他の人権団体とは異なる独自性がここにある。

さらにIPACは、与野党双方から各1人の代表参加を加盟条件にしている。この条件がなければ加盟国は相当増えるところだが、発足当初から左右に偏らない「超党派性」を旨として運営してきている。

この方針のもと、現在のIPACは11人の事務局で回し、その政策を世界各国の対中政策専門家12人のアドバイザリーボードが支えている。日本では中谷氏と国民民主党の舟山康江両衆院議員が共同議長を務め、東京大学先端研の井形彬特任講師が経済安全保障分野のアドバイザリーを担っている。IPACホームページを見て頂ければ、加盟国・加盟議員・事務局・アドバイザリーが一覧できる。

国連決議2758の歪んだ解釈に反対する声明

さて、今回の台北総会の具体的な報告に移ろう。

IPACは発足後、2021年ローマ、2022年ワシントンD.C、2023年プラハと年次総会を重ねてきた。台湾での開催は大きな目標であったが、やるからには中国政府の圧力を受けて失敗することは許されない。想定される圧力に持ちこたえられるだけの強さが必要だった。この緊張感を事務局全員が共有し、今回その環境が整ったと判断して台北開催に踏み切った。この点で、25カ国・地域から50人超の議員が参加したことは、「数は力」という政治の一面に照らして、大きな成果だったと言っていいだろう。

総会の重要な成果として3点挙げられる。

第1には「国連決議2758に関するIPAC声明」だ。提案国の名前から「アルバニア決議」とも呼ばれる同決議は、1971年10月に国連総会で採択され、「中国」の代表が台北の台湾政府から北京の中国共産党政府に代わる根拠になった。しかし、中国がこの決議を「一つの中国」原則に結びつけ、世界保健総会(WHA)など国際組織への台湾参加を妨害していることから、台湾の国連体制への参加を求めて各議員が各国議会に働きかけることを約束する声明をまとめた。中国の「法律戦」に対し、各国が連携して正しい解釈で打ち返し、台湾の国連加盟を後押ししていくための決議である。

第2はIPAC加盟国・地域の拡大だ。新たに台湾、コロンビア、イラク、マラウイ、ガンビア、ウルグアイそしてソロモン諸島が加盟を果たした。中国政府がいうところの「一部の欧米による反中組織」ではないことの証でもある。台湾の加盟も、野党国民党が中国寄りの姿勢であるため、与野党双方の参加という条件が高いハードルとなってきた。しかし今回、与党民進党から范雲(FanYun)議員、野党民衆党から陳昭姿(Chen Gau-Tzu)議員の参加がかなったことは大きな局面転換であった。

第3にIPACと台湾との絆が深まった。初日には蕭美琴(Hsiao Bi-khim)副総統とIPAC議員との1時間にわたる意見交換。2日目には頼清徳総統が会議に出席し「台湾は世界の民主防衛ラインの最前線であり、パートナーとともに民主主義の傘を守る」と演説した。

総会参加議員に対する中国の圧力

このようなIPAC総会の盛り上がりに対して、中国政府は露骨に敵対姿勢を示してきた。

そもそもIPACは、香港の民主派メディア創業者ジミー・ライ氏の裁判を通じて中国当局から不当な法的制裁を受けている。すなわち、事務局長のルーク・ド・プロフォード氏(英国)と私は、中国政府の転覆を試みたとしてジミー・ライ氏の「共犯者」に名指しされている。私はジミー氏本人と接点を持ったことすらない。また国会議員当時の言論・政治活動について、他国が一方的に犯罪と主張するのは、日本に対する主権侵害である。このため、IPACとしても、裁判における証言・証拠提供を惜しまないと香港の捜査当局に伝えているが、一向に返事はない。「共犯者」への事情聴取なしに進む裁判が、政治的動機に基づいた茶番劇であることは明らかである。

こうした状況からも予想していた通り、IPAC台北総会は、中国政府からの執拗な干渉・圧力を受けた。まず開催前に、ボリビア、コロンビア、ボスニア、スロバキア、北マケドニア、そしてアジアのもう1カ国、少なくとも6カ国の議員が、メールや電話でIPAC参加をとりやめるよう干渉を受けた。なかには、台湾に行かず中国に来るよう招待を受けた例もある。議員のみならず関係者にもこうした干渉圧力が加えられた。

7月30日には、中国外務省の林剣副報道局長が記者会見で「会議に信頼性はない。関係する議員には、台湾問題を利用した中国への内政干渉をやめるよう忠告する」と語った。

さらに開催直後には、ルーマニアから参加したカタリン・テニータ議員の所属政党に対し、在ルーマニア中国大使館からレターが届いた。「台湾と一切の公式接触を行わないよう所属議員を管理し措置せよ」という趣旨のこのレターこそが、まさに内政干渉そのものというべきだろう。また、参加議員のなかには、中国政府からの圧力を受けた自国政府から、陰に陽に圧力を受けている議員も複数存在する。IPACは8月6日、所属議員が中国政府の不当な圧力を受けたとして抗議声明を出した。

日本はIPACのスターティングメンバ―であり、その存在感は大きい。今回参加したのは、自民党から中谷氏、大岡敏孝氏、本田太郎氏、滝波宏文氏の4人。立憲民主党から桜井周氏。日本維新の会から音喜多駿氏、岩谷良平氏、阿部司氏の3人。そして国民民主党からは共同議長の舟山氏だ。

日本が担う「人道国家」の使命

日本のスピーチ内容を検討する事前打ち合わせにも同席したが、国際会議の場である以上、政党を超え一丸となって日本の取り組みを国際社会に伝えようと、丹念に時間と内容を配分する協力体制が印象的だった。

ホテルの部屋で報告内容の打ち合わせする日本議員団
ホテルの部屋で報告内容の打ち合わせする日本議員団

その結果、積極的な日本の取り組みとして、戦後初の日台海上保安庁の共同訓練開始、太平洋・島サミットの首脳宣言に初めて盛り込まれた「現状変更の試みに強く反対」の文言、経済安全保障推進法の成立、プロバイダ責任制限法、人権デューデリジェンス・ガイドラインの公共調達への組み込みなどがシェアされた。国内では与野党間で侃々諤々(かんかんがくがく)の議論がなされる一方、国際会議では日本の成果と課題を団結して国際社会に明示する姿は、国益にも国際益にかなうと実感した。

今回の台北総会で最も心に残ったのは、ある国の女性議員との会話である。中国政府からの圧力を念頭に「勇気ある参加とスピーチに感動しました」と話しかけたら、「ありがとう。でもいつも自分の国の政治とも戦っているから」との答えが返ってきた。中国政府だけでなく、中国政府の圧力下にある自国政府からも大きなプレッシャーを受けながら、なお自国民の自由と財産を守るためIPACに参加する議員の姿に心打たれた。

安定した経済力と防衛力の基盤があってこそ、自国の主権を守り、国際社会の人権を守ることもできる。日本が実力ある「人道国家」として普遍的価値を支えることは、時代に与えられた使命ではないか。台北の暑い夏の会議から大きな期待と課題を持ち帰ったが、日本には本来、それに応えられるだけの国力があると確信している。

(写真はいずれも筆者提供)

バナー写真:IPAC総会で演説する台湾の頼清徳総統

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