原発を水素供給源とする視点示せ 日本のエネルギー計画

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日本の中長期的なエネルギー政策の指針となる新たな基本計画の議論が政府内でスタートした。電力を安定的に供給しながら脱炭素の目標も達成するためには、原子力の活用に新たな視点が必要となっている。

ハードルが上がった温室効果ガス削減の目標

第7次エネルギー基本計画の策定を巡る審議が2024年5月、経済産業省の審議会で始まった。25年11月にブラジルで開催される予定のCOP30(第30回国連気候変動枠組み条約締約国会議)では、世界各国が35年に向けた温室効果ガス(GHG)の削減目標を持ち寄ることになっている。第7次計画は40年度を目標年度としつつ、COP30での日本の数値目標ともなるのである。

日本が示してきた削減目標を振り返ってみよう。23年5月に広島で開催されたG7(先進7カ国首脳会議)の本会議に先立って、主要7カ国の気候・エネルギー・環境担当大臣会合が同年4月に札幌で行われた。同会合の共同声明には、「35年にGHGの排出を19年比で60%削減する」ことが盛り込まれた。日本はG7開催国として、この新しい削減目標を事実上、「国際公約」しているのである。ちなみに、この目標数値は23年12月のCOP28の合意文書にも盛り込まれた。

「30年度にGHGの排出を13年度比で46%削減する」。これが、共同声明までの日本の国際公約だった。日本は13年度から19年度にかけ、年間GHG排出量(二酸化炭素換算値)を14億800万トンから12億1200万トンへ14%減少させた。それをさらに60%削減するとなれば、並大抵の努力では達成できないことは明白である。

「35年に19年比60%削減」という新しい国際公約は、実際にはもっと厳しい。従来の基準年度に合わせて「13年度比」に換算すると、「66%削減」を意味する。期限が30年から35年へ5年間延びるとはいえ、削減比率は46%から66%へ20ポイントも上積みされる。第7次計画での電源構成の見通しには、この「厳しい前提条件」をクリアすることが求められるのである。

30年度の電源構成見通しがすでに「黄信号」

別表の(1)は、現行の第6次計画(2021年10月閣議決定)が提示した30年度の電源構成の見通しを示している。しかし、この見通しの実現にさえ「黄信号」がともっている。

2030、40年度の電源構成見通し

(1)2030年度の電源構成見通し

再生可能エネルギー 36〜38%
原子力 20〜22%
水素・アンモニア火力 1%
天然ガス火力 20%
石炭火力 19%
石油火力 2%

(2)2030年度の電源構成の実際

再生可能エネルギー 30%
原子力 15%
水素・アンモニア火力 1%
天然ガス火力 32%
石炭火力 20%
石油火力 2%

(3)2040年度の電源構成見通し

再生可能エネルギー 45〜50%
原子力 25〜30%
水素・アンモニア火力 5%
天然ガス火力 20%
石炭火力 0%
石油火力 0%

筆者作成。
*(1)は第6次エネルギー基本計画による数値。(2)、(3)は筆者の推計値。

再生可能エネルギーで伸び代が大きいのは風力であるが、22年度末の導入実績は陸上5.1ギガワット(GW)、洋上0.1GWにとどまり、リードタイム(計画着手から完成までの期間)の長さから考えて、陸上17.9GW、洋上5.7GWという30年度の導入目標達成は難しい。電源構成における原子力の比率を20〜22%とするには27基の原子炉の稼働が必要となるにもかかわらず、現時点で12基しか再稼働していない。30年度時点ではせいぜい20基稼働がいいところだろう。別表の(2)では、筆者が独自で推計した値を示した。30年度の電源別構成では再生可能エネルギーは30%程度、原子力は15%程度に過ぎない。水素・アンモニア火力の1%を合わせても、非化石電源の比率は46%程度にとどまるとみられる。

こうした状況は、じつは政府も認識している。法的義務を伴うエネルギー供給構造高度化法(高度化法、エネルギー供給事業者に非化石エネルギーの利用を促す法律)の実際の運用に、その認識が端的な形で表れており、政府の「欺瞞(ぎまん)」が垣間見える。

別表の(1)にあるように、30年度における非化石電源の比率を59%(再生可能エネルギー36〜38%+原子力20〜22%+水素・アンモニア火力1%)と見通したのだから、本来なら高度化法で義務づける非化石電源比率も59%に高めなければおかしい。

ところが現時点においても、同法による非化石電源の義務づけ比率の下限は、第5次計画に平仄を合わせた44%に据え置かれているのである。30年度までに非化石電源比率を59%へ引き上げることは困難であり、40%台半ばが精いっぱいだと、政府自体も見通しているからにほかならない。

30年度の電源構成見通しが実現困難になっている現状に、さらに「厳しい前提条件」が課されるのであるから、第7次計画において40年度の見通しを策定することは「無理筋」ともいえる。前提条件を満たすためには、別表の(3)で示した電源構成見通し(筆者推計)を提示せざるをえないが、実現性は極めて低い。

(3)が示す見通しのなかで最も現実離れしているのは、「原子力25~30%」という数値である。第6次計画では、30年度の電源構成見通しについて現実との乖離(かいり)を意識して「野心的」という言葉が使われた。その乖離が大きくなる第7次計画の40年度見通しは、もはや「空想的」と言わざるを得なくなる。

脱炭素の目標を「空想」に終わらせないために

2040年度の電源構成見通しを「空想」に終わらせない妙案はあるのだろうか。唯一の方法は、原子力に関する発想の転換である。原子力を狭い意味での電源として捉えるだけではなく、二酸化炭素を排出せず産出される「カーボンフリー水素」の供給源としても位置づけ、GHG排出を実質ゼロにするカーボンニュートラル(CN)の達成につなげるのだ。

カーボンフリー水素は、CNを実現するうえで必要不可欠な基幹的な原燃料である。ガス火力を水素火力に転換し、水素と二酸化炭素で合成燃料(e-メタンやe-フュエル、グリーンLPガスなど)を製造し、鉄鋼業に水素還元製鉄(製銑工程でコークス(炭素)の代わりに水素を用いて鉄鉱石を還元する手法)を導入しない限り、CNは達成されない。「カーボンフリー水素なくしてCNなし」は、もはや「世界の常識」となっている。

カーボンフリー水素として通常想定されるのは、太陽光発電や風力発電で生産された電力(グリーン電力)による水の電気分解で得られる、いわゆる「グリーン水素」だ。ただ、グリーン水素には、太陽光発電や風力発電が天候に左右されるため、電気分解装置の稼働率が低く、コスト高になるという弱点がある。

一方、原子力発電は低コストで昼夜問わず安定的に発電できる「ベースロード電源」であり、電気分解装置の稼働率を安定的に高く維持できる。カーボンフリー水素を巡る高コスト要因の一つを、取り除くことができるのである。

グリーン水素のほか、CCS(二酸化炭素回収・貯留)を使って得る「ブルー水素」をつくるコストは、海外に優位性がある。グリーン電力のコストや、油・ガス田などを貯留場所とするCCSのコストは、海外の方が割安だからである。

とはいえ、カーボンフリー水素を海外から輸入するのでは、日本のエネルギー自給率は向上しないし、海上輸送費がコストを押し上げ、メリットは小さい。この問題を解決するには、国内の原発をカーボンフリー水素の供給源にして、国産化を進めれば良いのである。

これまでのように、原発が生み出す電力をそのまま供給すると、需要減退時に供給過剰が生じ、再生可能エネルギー電源の出力制御を行わなければいけなくなる。しかし、原発で得た電力を水素供給用に回せば、その分だけ電力の供給過剰は起きにくくなり、再エネ電源の出力制御もしなくて済む。カーボンフリーであるという共通の特徴を持つ再生可能エネルギーと原子力との共存が、実現するのである。

東日本大震災での東京電力福島第1原発事故以来、原子力に対する国民の評価はネガティブに傾きがちだ。第7次計画の電源構成見通しで原子力の比率を高めるには、国民からの支持が欠かせない。原子力を従来型の電源として捉えるだけでなく、カーボンフリー水素の供給源としても位置づける新しい視点が明確に示されれば、原発に対する国民的評価は高まるだろう。

バナー写真:東京電力が再稼働を目指している柏崎刈羽原発6、7号機(奥から順に)=2015年12月7日、新潟県(時事)

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