日朝首脳会談から20年:停滞する拉致解決-核心に近づくためには

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2002年に初の日朝首脳会談が行われ、拉致被害者5人が帰国したのに続き、04年5月に2度目の首脳会談が行われて5人の家族が帰国した。しかし、その後、日朝関係は進まず、拉致問題も具体的な展開を見せないまま20年が経過した。拉致問題を巡る日本国内の新たな動きと北朝鮮の対日認識について分析し、日本が目指すべき方向性を探る。

断続的対話、具体的な結果に結びつかず

2002年の首脳会談で発出された日朝平壌宣言は、国交正常化の早期実現や核・ミサイル問題の解決を図る必要性などで合意した画期的な内容であった。04年の2度目の首脳会談では、北朝鮮側が安否不明の拉致被害者の調査を再開することに同意し、日本側は諸問題の解決を図った上で国交正常化を実現する方針を確認した。

ところが、 北朝鮮が拉致被害者の横田めぐみさんのものだとして日本側に渡した遺骨から別人のDNAが検出されたことなどから、日本側は「横田さんら拉致被害者は死亡した」とする北朝鮮の主張を受け入れず、これに北朝鮮が反発して交渉が停滞した。

14年になってようやくストックホルム合意が結ばれ、北朝鮮が拉致被害者や行方不明者、日本人配偶者を含む日本人に関する全面的な調査を行う一方、日本側が独自の制裁措置の一部を解除することで合意した。しかし、結局、北朝鮮による核実験と弾道ミサイル発射を受けて日本が再び独自制裁を決めたことに北朝鮮側が反発して調査を一方的に中止するという結果に終わった。

2度目の日朝首脳会談から20年、ストックホルム合意から10年を迎えた今年、北朝鮮が日本との対話に前向きとも受け止められる動きを見せた。

1月、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党総書記が岸田首相宛てに能登半島地震を見舞う異例の電報を送り、2月には妹の金与正(キム・ヨジョン)党中央委員会副部長が、拉致問題を解決済みとしながらも「首相が平壌を訪問する日が来ることもあり得る」と言及したのである。昨年5月以降、岸田首相が首脳会談の早期実現に向けて「私直轄のハイレベルで協議を行っていきたい」と述べるなど意欲を示してきたことに呼応した形だ。

しかしながら、北朝鮮は3月、金与正氏らが相次いで談話を発表し、拉致問題は解決済みとする北朝鮮の主張を受け入れられないとする日本の立場を批判し、「首脳会談はわれわれにとって関心事ではない」 などとして、日本との接触を拒絶するとの姿勢を明確にするに至った。

このように、両国間で断続的に対話は行われてきたものの、現在に至るまで大きな動きに結びついていない。

被害者生存情報、「日本政府が受け取らず」

両国間の動きが停滞する中、この2年ほどの間に拉致問題で新たに明らかになった事実もある。

そのひとつが、ストックホルム合意の後、神戸出身の拉致被害者・田中実さんと、田中さんの知人で拉致の疑いが排除できない金田龍光さんの生存情報が北朝鮮から提供されたものの、日本政府が調査報告を受け取らなかったことだ。長く北朝鮮との交渉に携わった外務省の斎木昭隆・元外務事務次官が朝日新聞の取材に事実関係を認めた上で、「それ以外に新しい内容がなかったので報告書は受け取りませんでした」と明らかにしている(※1)。共同通信 は、北朝鮮が2人の一時帰国を提案し、安倍政権が、「これに応じれば拉致問題の幕引きを狙う北朝鮮ペースにはまりかねない」と警戒して拒否したと伝えている(※2)

もうひとつ明らかになったのは、日本に帰国した拉致被害者を対象に帰国の2年後の2004年に政府が行った聞き取り調査の詳細だ。「極秘文書」を入手した元参議院議員でジャーナリストの有田芳生氏によると、横田めぐみさんと同じ施設で生活した別の拉致被害者らが、めぐみさんが厳しい精神状態にあったと証言していたというのである。初の首脳会談が行われた02年秋に北朝鮮当局がめぐみさんの遺骨を探していたとの証言もあるという(※3)

さらに、拉致問題を長期取材してきた日本テレビ報道局の福澤真由美氏は、北朝鮮がめぐみさんの遺骨だとして日本側に渡した骨つぼに、めぐみさん本人のものとみられる歯が入っていたという政府関係者の証言を手記の中で明らかにしている(※4)

この手記を収めた編著書の中で和田春樹・東京大名誉教授は、政府方針について、生存が分かった被害者の帰国を要求することに改め、「死亡と通知された被害者については、死の状況の説得的な説明を求める」ことが必要だと主張する。さらに、北朝鮮と国交を樹立した上で、拉致問題や核・ミサイル問題、過去の植民地支配に対する償いとしての経済協力に関する交渉を開始すべきだと述べている (※5)

国民の関心低下に危機感

拉致問題に関して伝えられた新たな情報は、拉致被害者の安否が判明したことを意味しない。拉致被害者や家族などは、拉致問題への国民の関心が薄らぐことを懸念している。蓮池薫氏は、月刊誌に「『拉致問題』風化に抗して」というタイトルで連載を掲載し、北朝鮮は大韓航空機爆破事件を起こした金賢姫(キム・ヒョンヒ)に日本語を教えた田口八重子さんなど、「北朝鮮当局がこれまで自らの犯行と認めてこなかった過去のテロ事件などをクローズアップさせる可能性」があると見なした拉致被害者などを生存者リストから除外したに過ぎず、「8人死亡、2人未入境」とした北朝鮮の主張は虚偽だと強調する(※6)。国交正常化先行論については、「もっともらしく聞こえるが問題解決につながらず、幻想だ」と批判している (※7)

北朝鮮、対話への切迫感薄く

その北朝鮮は、日本との交渉を急いでいない。1990年代後半の「苦難の行軍」と呼んだ食糧難のような厳しい経済的な苦境に直面しておらず、日本からの経済協力に期待して日本との首脳会談に踏み込んだ2002年とは状況が異なる。中国への経済関係の依存を強めるにつれ、相対的に日本への期待は下がっている。

また、11月に予定されている米大統領選挙でトランプ前大統領の再選が現実味を増しており、金正恩総書記がトランプ氏と2度にわたって行った米朝首脳会談の再現に期待しているとしても不思議ではない。北朝鮮を「悪の枢軸」と呼んで攻撃も辞さない姿勢を示した米ブッシュ政権との橋渡し役を日本に期待した02年のような切迫感はない。

米朝関係が直ちに進展しなくても、北朝鮮は、ウクライナ侵攻を続けるロシアとの軍事協力をテコに首脳会談を重ね、中国とも一定の関係改善を進めており、「朝ロ中」対「米日韓」という「新冷戦」の構図を描き、「北方三角形」の中に生存空間を見いだそうとしている。要するに北朝鮮にとって、日本との交渉のモチベーションを持ちにくい状況であるのは間違いない。

「日朝双方の利益」呼びかけは有効

にもかかわらず、現在、日朝間で交渉が止まっていることを過度に悲観する必要はないだろう。すでに安倍政権期から日本は北朝鮮に首脳会談を働きかけてきたが、岸田首相はさらに周到に手を打ち、事態が動きかけたのも事実である。

岸田首相は2023年5月に首脳会談の早期実現に向けた意欲を見せた際、「日朝間の実りある関係を樹立することは、日朝双方の利益に合致する」、「今こそ大胆に現状を変えていかなければならない」、「日朝双方のため、自ら決断していく」と前向きなワーディングを重ねた。同年10月の所信表明演説でも、「日朝双方の利益」に言及した。日朝関係の進展は北朝鮮にも利益になると呼びかけるとともに、その先に国交正常化とそれに伴う経済協力が待っていることを想起させるものだ。

岸田首相は23年1月の施政方針演説以降、拉致問題に「人道問題」との位置づけを加えている。拉致・核・ミサイルの包括的解決という大原則を維持しつつ、北朝鮮の前向きな対応を引き出そうとしたと言える。北朝鮮が一時的とはいえ、日本との対話再開に関心を見せたのは、日本側のこうした働きかけがあったからに相違ない。

3月になって北朝鮮が日本との対話拒絶に転じた理由ははっきりしないが、ロシアとの関係進展や米大統領選挙、それに、岸田首相の支持率下落などが背景にあり 、必ずしも永続的なものではないと考えられる。日本としては引き続き北朝鮮にとってのメリットも示しながら協議を呼びかけていけばよいのであろう。前述の斎木元外務次官は、「北朝鮮は対ロ関係や2024年秋の米大統領選挙の結果などを見つつ、今後、日本との対話を探る可能性はあると思う。独裁体制で意思決定に関わる人の数が少ない分、世界情勢の変化に合わせた方針転換の判断は早い」と指摘する(※8)

それまでの間に、日本国内で腰を据えた準備が求められる。交渉が再開すればストックホルム合意に立ち戻ることになるが、合意では、北朝鮮側が調査を開始する時点で、日本側は北朝鮮籍の船舶の日本への入港禁止措置など独自制裁を解除することになっている。国内の反発が予想されるだけに、政府には十分な説明と説得が求められる。

人道問題解決と安全保障の追求を

何より重要なのは、北朝鮮問題の解決に向けた政治指導者の決断とリーダーシップ、広範な国民の強い意志である。人道問題として拉致問題の風化があってはならず、同時に、北朝鮮による核・ミサイル開発が国民全体にもたらす脅威も除去しなければならない。いずれの問題も交渉は容易ではなく、苦痛を伴う判断を迫られる局面もあるだろう。

それでも対話の機会を逃さず、まずは北朝鮮を交渉のテーブルに着かせることが重要である。国交正常化を先行させる「入り口論」と、問題解決の最後に実行する「出口論」のいずれが有効かなど今後の戦略は、相手の出方も見ながら検討するほかないだろう。拉致問題では、いずれ、日朝両政府による合同調査が必要になるかもしれない。北朝鮮に対する不信や怒りがあっても、拉致問題の事実の核心に近づき、生存者の帰還をはじめとする人道問題を解決するとともに、安定した安全保障環境を実現するための粘りと覚悟が問われることになる。

バナー写真:日朝首脳会談を終え、握手する小泉純一郎首相(右)と金正日労働党総書記=2004年5月、北朝鮮・平壌市郊外の大同江迎賓館(時事)

(※1) ^ 『朝日新聞』デジタル、2022年9月17日

(※2) ^ 共同通信、2022年9月17日

(※3) ^ 有田芳生『北朝鮮 拉致問題:極秘文書から見える真実』、集英社、2022、pp.64-100

(※4) ^ 福澤真由美「拉致された人々を取材して」、和田春樹(編著)『北朝鮮拉致問題の解決:膠着を破る鍵とは何か』、岩波書店、2024、pp.134-173

(※5) ^ 和田春樹「拉致問題の真実とその解決の道」、前掲書、2024、pp.72-115

(※6) ^ 蓮池薫「『拉致問題』風化に抗して」第1回、「『八人死亡、二人未入境』の虚偽(その1)」、『世界』、2023.1、pp.32-38

(※7) ^ 北海道新聞社オンラインイベント『蓮池薫さんに聞く、北朝鮮問題の今とこれから』、2024年6月20日

(※8) ^ 鈴木拓也『当事者たちの証言で追う北朝鮮・拉致問題の深層』、朝日新聞出版、2024、p.253

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