米大統領選2024

「トランプ政権2.0」となった場合の日米関係は?:同盟の行方に不安材料見えず

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今秋の米大統領選でトランプ氏が大統領に返り咲いた場合、日米関係はどうなっていくのか。筆者は、米中対立の中で日本の重要性は増しており、現状では同盟の安定を揺るがす材料は見えないと指摘する。

2024年の米大統領選挙は、現時点でその結果を予測することが困難なほどの接戦が予想される。勝敗のカギを握る接戦州では、ドナルド・トランプ前大統領が、世論調査で僅差でリードしており、「トランプ氏が再選したら…」という議論が活発化している。本稿ではトランプ政権2.0における日米関係がどうなるのかを考える。

米中対立で日米同盟は安定

地政学的には日米同盟はきわめて安定している。それは、中国を地政学上の最大のライバルと位置づけている米国にとって、中国の太平洋進出を阻む第一列島線上に位置し、米国と同盟を結び米軍基地をホストしている日本の役割は極めて重要だからだ。

中国を米国の最大の地政学上のライバルと最初に位置付けたのはトランプ前政権だ。2017年の国家安全保障戦略では、「中国とロシアは米国の安全と繁栄を侵食することで、われわれのパワー、影響力、利益に挑戦している」という認識を示し、「米国に有利な勢力バランスを維持するためには、同盟国とパートナー国への強いコミットメントと緊密な協力が必要となる」と記述された(※1)。ただし、これはトランプ氏ではなく当時のNSC(国家安全保障会議)スタッフの認識だ。

トランプ氏自身は、米国の軍事力にただ乗りする同盟国に厳しい態度を取る傾向にある。ただし彼はビジネスマンらしく、相応の負担を分担する同盟国については、それほど厳しくない。今年2月に欧州で波紋を呼んだサウスカロライナでのトランプ氏の演説では、「もし同盟国が拠出金を払わず、かつロシアから攻撃を受けた場合に、米国が防衛してくれるか」とのNATO同盟国の首脳からの質問に対して、「私はあなた(の国)を防衛しない。逆に、彼らに好きなようにするよう伝えるだろう。拠出金は払わなければならない」と回答したと述べている(※2)。重要なことはあくまでも金銭的な支払い義務にこだわる点だ。岸田首相が、すでに日本の防衛力の飛躍的なアップグレードを図り、これまでGDPの1%程度だった日本の防衛費を27年度には2%とする目標を定めていることは、安定材料だ(※3)

トランプ政権2.0の日米関係を占う上で重要なことは、どのような人物が安全保障スタッフとして政権に入るかだ。名前が挙がっているのは、ロバート・オブライエン前国家安全保障担当大統領補佐官、エルブリッジ・コルビー前国防次官補代理、マイケル・ピルズベリー・ハドソン研究所上席研究員など、厳しい対中姿勢と強い親台湾姿勢を持つ専門家であり、これも日米同盟の安定に寄与する(※4)

トランプ氏の最優先課題は?

トランプ氏が大統領として再選された際の最優先の課題も重要だ。身もふたもない話だが、自身にかかる4つの刑事訴追とトランプ氏が経営する不動産企業「トランプオーガニゼーション」への民事訴訟などを、大統領時の権限を使って、できるだけ軽くすることだろう。それなしには、4年後の大統領退任の際には、待ち受ける多くの訴訟に対処するために自身の築いてきた財産とビジネスを失いかねないからだ。

トランプ氏は前大統領時代に、自分には自分を恩赦する権限があるとたびたび語っている(※5)。しかし、ニクソン前大統領がウォーターゲート事件で訴追されそうになった際の司法省の見解は、大統領には自分自身を恩赦する権限はないというものだった(※6)

ただし、ニクソン氏は議会の弾劾を受ける前に大統領を辞任し、1974年9月、副大統領からに昇格したフォード大統領が、「国家を分裂から救い団結させるため」という理由で、起訴される前のニクソン氏を恩赦した(※7)。この恩赦は当時は大きな批判を浴びたが、歴史を経てニクソン氏の米国外交への功績などが再評価される中で擁護する声が増えてきた。ニクソン氏が、ヘンリー・キッシンジャー国家安全保障担当大統領補佐官とともに米国をベトナム戦争の泥沼から抜け出すことに成功したからだ。キッシンジャー氏は、73年1月23日にニクソン政権の特使として、北ベトナム政府とパリ和平協定をまとめた功績でノーベル平和賞を受賞した。ウォーターゲート事件がなければ、ニクソン氏がともに受賞してもおかしくなかった。

トランプ氏が自身のノーベル平和賞受賞にこだわるのも、そのあたりの計算がありそうだ(※8)。トランプ政権2.0の外交優先順位は、本人が公言している「24時間以内のウクライナの停戦」といったノーベル賞級の外交実績にあると思われる。世界が歓迎するような実績があれば、例えばトランプ政権の副大統領が大統領に昇格をして、トランプ氏を恩赦するハードルは低くなるはずだ。

したがって、トランプ政権は4年の間に着実に成果を上げることができる外交成果を優先するはずだ。ウクライナでの停戦、北朝鮮の核合意などが優先され、内部からの抵抗で時間がかかりそうな台湾の地位をめぐる中国とのディールなどの優先順位は低くなるはずだ。

中国に圧力をかけるためにも重要な日米同盟は、中国との経済競争を勝ち抜きたいトランプ大統領にとっては重要なツールのはずだ。そして、すでに1期を経験しているトランプ政権の任期は4年であり、トランプ氏にとっても残された期間は短い。着実に優先順位の高い課題に取り組むしかないはずだ。

個人的関係を再び結べるか?

日本は故安倍晋三首相が、トランプ氏との個人的な関係構築に成功したが、日本の指導者はそれを再現できるだろうか。安倍首相は国内でコアな保守支持層に支えられ、一般にも人気がある長期安定政権であった。また安倍氏自身が、米国との強固な同盟維持が最重要の国益と考えており、米国の指導者が誰であっても良好な人間関係を築く覚悟があった。

安倍政権当時、外務省の友人と話した際に、安倍首相がトランプ大統領に対して敬意をもって接したことが、良好な関係を築くことができた理由だと語っていた。裏を返せば、トランプ氏が大統領就任当時、欧州の指導者は、軒並みトランプ氏に敬意を持って接しなかったために、緊密な人間関係の構築ができなかったともいえる。

例えば、2019年12月のNATO首脳会議において、トランプ大統領の長い記者会見をジョークのネタにしていたカナダのトルドー首相と英国のジョンソン首相の音声が流出した。トランプ氏は首脳会議後に予定していた記者会見をキャンセルして帰国したが、「トルドー氏には裏表がある」と批判している(※9)

トランプ氏が、NATOの同盟国と民主的価値や同盟の意義を共有していなかっただけでなく、欧米の独特のエリート倶楽部の雰囲気に溶け込めず、首脳会談の席で「浮いていた」状況が想像できる。

一方で、この出来事の約2年前の2017年11月5日、安倍首相は、訪日したトランプ氏と親密なゴルフをした(※10)。これも外務省の別の友人から聞いた話だが、その際に国際会議の経験が少ないトランプ氏は、安倍氏にG7サミットの雰囲気などについて詳細に聞いていたらしい。エリート然とした欧州の首脳には聞きにくかったのだろう。

岸田文雄首相、あるいは次の首相が安倍氏の経験から学べる点は多い。トランプ氏に対して敬意を持って接することは、日本の保守政治家にとって難しいことではない。ただし単に礼儀正しい態度だけでは、トランプ氏との人間関係を築けないだろう。そのためには国内の政治資本が必要となる。

トランプ政権は17年1月に始動したが、その時期には第二次安倍政権が成立して丸4年が経過し、安倍氏の支持率は高かった。安定した支持基盤は、トランプ氏への接近について、野党やリベラルメディアからの批判を跳ね返すだけの政治資本を安倍氏に与えた。

25年にトランプ政権が成立した場合、その時点での日本の首相が安倍氏のような政治資本を持っている可能性は低い。安倍政権では外相を務めた岸田首相は、21年10月から続く長期政権ではあるが、現在の支持率は低く、秋の自民党総裁選での再選にも黄信号が灯っている。

この点で、日本の首相がかつての安倍氏のようなトランプ氏との個人的な関係を築くことができるかどうかは、神のみぞ知るということになる。ただ日本にとって朗報なのは、同盟国としての日本の存在がかつてないほど地政学において重要となり、それを理解している安全保障スタッフが、トランプ政権2.0に入る可能性が高いことだ。

バナー写真:78歳の誕生日を迎え、自宅に近いフロリダ州ウエストパームビーチの集会で演説するドナルド・トランプ前米大統領=2024年6月14日(AFP=時事)

(※1) ^ National Security Strategy of the United States of America, December 2017, p. 25

(※2) ^ James FitzGerald, “Trump says he would ‘encourage’ Russia to attack Nato allies who do not pay their bills,” BBC, February 11, 2024

(※3) ^Japan set to increase defense budget to 2% of GDP in 2027,” Nikkei Asia, November 28, 2022

(※4) ^ Seth Cropsey and Harry Halem, “Trump 2.0: A huge question-mark for national security policy,” The Hill, November 6, 2023

(※5) ^ Jacob Knutson and Ivana Saric, “What to know about whether Trump can pardon himself,” Axios, updated May 31, 2024

(※6) ^ Mary C. Lawton as Acting Assistant Attorney General, Office of Legal Counsel, “Presidential or Legislative Pardon of the President,” US Department of Justic, August 5, 1974

(※7) ^Sept. 8,1974 | Richard Nixon Is Given Pardon by President Ford,” The Learning Network, The New York Times, September 8, 2011

(※8) ^ Tsuyoshi Nagasawa, “Trump says Abe nominated him for Nobel in ‘beautiful’ letter,” Nikkei Asia, February 16, 2019

(※9) ^トランプ氏「カナダ首相には裏表ある」NATO首脳に笑い種にされ」『BBC』, 2019年12月5日 原文は“NATO summit: Trump calls Trudeau ‘two-faced’ over video,”

(※10) ^Abe, Trump make a show of close ties with golf diplomacy,” Nikkei Asia, November 5, 2017

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