植田日銀、円安加速で迷走:縮まらない日米金利差

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植田和男総裁率いる日銀の政策運営が迷走しかねない状況となっている。マイナス金利などを解除した今年3月までは順調だったが、その後は円安に翻弄(ほんろう)される場面が目立つためだ。植田日銀は6月14日、長期金利の上昇をある程度容認する政策を決めたものの、米国との金利差はなかなか縮まらない。物価の安定に向け一段の円安阻止に踏み込まざるを得なくなる可能性がある。

巧みな政策転換

植田氏が日銀総裁に就任したのは昨年4月だった。学者出身ながらも日銀では長く審議委員を務め、金融政策の実務に精通する。前任の黒田東彦総裁から引き継いだ大規模緩和(異次元緩和)は、「量的緩和」と「マイナス金利」に「長期金利操作」が加わった複雑怪奇なもので、これを解除するには「うってつけの人材」(日銀OB)と期待された。

もっとも、就任当初はハト派姿勢をアピールし、正常化には慎重な姿勢を見せた。黒田日銀が量的緩和の一環として大量の国債を買い上げており、拙速に利上げすれば国債価格は急落(金利は上昇)しかねなかったからだ。

象徴的だったのは昨年5月の内外情勢調査会での講演で、「拙速な政策転換で、ようやくみえてきた(物価目標)2%達成の『芽』を摘んでしまう場合のコストは極めて大きい」との認識を示したことだ。これは「早めの解除で失敗するより、インフレを許容した方がましだ」(大手シンクタンクのアナリスト)という考えに基づく。この戦略では「正常化は急がず、任期中にマイナス金利が解除できればいいのだろう」(同)とみなされた。

ところが、実際の政策運営は長期金利の誘導目標を徐々に引き上げ、正常化の布石を打った。また、今年に入ってマイナス金利などの解除に向けた情報発信を強化。2月には内田真一副総裁が奈良県での金融経済懇談会で、「大規模緩和修正の論点整理とも言うべき講演」(銀行系証券アナリスト)を行った。これにより、ほぼ織り込まれた形で3月のマイナス金利解除を迎えた。

発足から1年も経たずして、大きな混乱もなく大規模緩和を解除したのは「見事な手腕」(外資系ファンド)と評価されよう。振り返ってみれば、就任後のハト派姿勢は金融市場を安心させるための“偽装”だったようにも思える。長期金利の誘導目標の引き上げも厳密には「利上げ」だが、あくまでも「技術的な調整」と位置付け、大規模緩和修正の環境整備を行った。結果論ながらも、3月までの政策運営は大成功であろう。

岸田首相に釘を刺される

もっとも、その後の政策運営は順調とはとても言えない。為替市場で円安が再燃し、日銀自身が円安を加速させる「失態」を演じてしまったのだ。具体的には、植田総裁の4月26日の記者会見だった。同日の金融政策決定会合は現状維持で、この決定自体は想定通り。為替市場も冷静に受け止めた。問題となったのは会見内容で、「追加利上げに慎重な発言に終始し、円安を容認している」(大手邦銀)と受け止められたのだ。

とりわけ「円安は今のところ基調的な物価上昇率に大きな影響を与えていない」との発言は円売りを活発化させ、日本がゴールデンウィークとなった翌週の海外市場で、円相場は1ドル=160円台に急落。慌てた政府が大規模介入を余儀なくされる事態となった。政府は介入の有無を公式には認めていないが、財務省の介入実績(4月26日~5月29日)によると、介入規模は9兆7885億円に上った。

もとより、為替の所管は財務省で、「物価の安定」に専念する日銀は日々の為替変動に配慮する必要はなく、金融政策で為替相場を誘導するのは本来、「禁じ手」だ。しかし、この分担はあくまでも制度上の建前で、急激な為替変動は日銀を巻き込む。

実際、円安の家計への打撃を憂慮する政府は、植田総裁による円安加速を問題視。岸田文雄首相は5月7日、植田総裁を官邸に呼んで会談。植田総裁は会談後、「最近の円安については、日銀の政策運営上、十分注視していくことを確認した」と記者団に明らかにした。

岸田首相との会談を経て、「日銀としては円安配慮の金融政策が至上命題になった」(先の外資系ファンド)のは間違いない。実際、6月7日に公表された「新しい資本主義の2024年度改訂版」では「政府と日本銀行は緊密に連携(中略)2%の物価目標を持続的・安定的に実現する。その際、年初来進行している円安の影響が、今後物価に反映されてくることも踏まえ、円安が今後の物価に与える影響についても十分に注視する必要がある」と円安配慮が明記された。

経済への影響が大きい金融引き締め

厄介なことに、円安配慮の金融政策は、過去の円高配慮の金融政策と同じというわけにはいかない。ほとんど緩和余地を失った下での、円高対応の追加緩和は「演技」に過ぎず、円高阻止に非力であったと同時に実体経済への影響もなかった。

これに対し、円安対応の金融政策は「引き締め」となり、経済への実害を伴う。円安進行に対して利上げを重ねると、「実体経済への打撃が大きく、再びデフレに後戻りするリスクが高まる」(別の日銀OB)わけだ。

また、利上げしても「円安阻止の効果がほとんどないかもしれない」(先の大手邦銀)という。なぜならば、日本は「変動相場制」を採用し、資本移動の自由を認めているからだ。現在の円安(ドル高)は、米国との金利差が大きいことが主因だ。資本が金利の高いドルに流れて円安になる以上、金利差をかなり解消しないと円は安定しない。現在、米国の政策金利は5%超であり、この水準に接近させる必要があるわけだ。

しかし、現実問題として、日本経済が大幅な利上げに耐えられるはずもない。膨大な財政赤字も抱え、利上げを重ねると国債暴落も招きかねない。つまり、「日銀がさほど利上げできないことを為替市場は見透かしている」(先の外資系ファンド)のだ。円安阻止で利上げしても、せいぜい数回にとどまり、その程度では日米金利差はほとんど解消せず、「ずるずると円安が進んでしまうだろう」(同)という。

なお、1970年代前半に変動相場制に移行してから、日本は通貨安阻止の「利上げ」を行ったことはない。植田総裁は審議委員時代、ある懇談の場で「インフレファイターとして思いきり利上げしてみたいものだ」と語ったことがある。それから四半世紀近く経ち、まさか総裁として一段の円安阻止に大幅な利上げを迫られかねない羽目になるとは思いもよらなかっただろう。

日銀は6月14日の金融政策決定会合で、国債買い入れの減額方針を決定。「長期金利のより自由な形での形成」を目指し、ある程度の金利上昇を容認するものだ。だが、具体的な減額幅の決定は次回(7月)会合に持ち越したことから、為替相場は政策発表直後に円安方向に振れた。

円安阻止で政府・日銀にできることは一つしかない。米国のインフレが落ち着き、米連邦準備制度理事会(FRB)が早めに利下げするのを願うことだ。米連邦公開市場委員会(FOMC)は同月12日、年内の利下げ回数の見通しを「1回」とし、これまでの「3回」から減らした。日米の金利差はなかなか埋まらない。米国の物価安定は、日本経済にとっても極めて重要になっている。

バナー写真:岸田文雄首相と会談後、取材に応じる植田和男日銀総裁=5月7日、首相官邸(時事)

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