対北制裁パネル廃止へ:ロシアの秩序破りが北東アジアにも波及

国際・海外 政治・外交

国連安全保障理事会による対北朝鮮制裁決議の履行状況を調査・監視する「専門家パネル」が4月末に廃止される見通しとなった。ロシアが同パネルの活動継続に拒否権を行使したためだ。北朝鮮の核・ミサイル開発に拍車がかかる恐れがあるだけでなく、国際秩序に敵対するロシアの行動が北東アジアにも波及しつつあるといえそうだ。

制裁破りを監視

北朝鮮が初の核実験を行った2006年10月、国連安保理は全会一致で経済制裁措置を含む非難決議1718を採択し、制裁の履行を任務とする「北朝鮮制裁委員会」を設置した。「専門家パネル」(現在の定員8人)は、この制裁委員会を支援する下部組織として09年に設置されたものだ。核・ミサイル技術、金融、通関などを含む多様な分野の専門家を国連事務総長が任命し、ニューヨークを拠点に活動している。

北朝鮮の核実験や弾道ミサイル発射に対しては2006年10月から17年12月にかけて計11本の安保理決議が採択され、▽ヒト(制裁対象者の移動)、▽モノ(貿易)、▽カネ(金融)、▽輸送経路(海上・航空)の4分野で具体的な制裁措置が定められている。

パネルの専門家は、加盟国の情報提供、メディア報道、研究機関の報告などを手掛かりに制裁に違反する事例を捜査し、現地調査や関係者の事情聴取も行う。制裁委員会の手足となって制裁の履行状況をまとめ、年2回の報告(中間報告と年次報告)を安保理に提出し、履行状況の改善に関する提言や勧告を行うなどの重要な下支えをしてきた。ただし、設置期間(任期)は当初から「1年」とされ、毎年3月の年次報告を終えた後に安保理で延長を決議するのが通例だった。

背景にロ朝の軍事協力

ところが今年3月、安保理で行われたパネルの設置延長を巡る討議で、ロシアのネベンジャ国連大使は「朝鮮半島情勢は根本的に変わった」と、制裁自体の見直しを要求した上で「見直さないなら、延長に反対する」と表明した。

日米韓などは採決を延期してロシアの説得に努めたが、最終的に3月28日、安保理15カ国の13カ国が賛成、中国は棄権し、ロシアが反対票を投じたため、延長決議案は否決されてしまった(※1)。ロシアの姿勢は変わりそうにないため、同パネルは現行の任期が満了する4月30日をもって廃止される見通しとなった。

ロシアが拒否権を行使した背景には、ウクライナ侵攻に伴うロ朝間の軍事協力の急進展があると指摘する見方が少なくない。昨年9月、北朝鮮の金正恩総書記はロシア極東部の宇宙基地を訪問してプーチン大統領と首脳会談し、ウクライナ侵略でロシア側に不足しているミサイルや砲弾などの武器・弾薬を北朝鮮が供与する密約が話し合われたと報じられた。

ロ朝間の武器取引は明確な安保理決議違反であり、両国ともこれを否定している。だが、米政府は今年1月、衛星監視情報などに基づいて「北朝鮮はロシアに数十発の弾道ミサイルと発射装置を供与した」と公表した。また、韓国の申源湜国防相は、北朝鮮が昨年7月以降、ウクライナ侵攻を支援するために7000個近いコンテナ入りの武器・弾薬をロシアに提供したと述べ、「300万発以上の152ミリ砲弾か50万発の122ミリ弾が積まれていた可能性がある」としている(※2)

こうした情勢を踏まえて、ロシアが拒否権を行使した安保理討議では、日本政府が「ロシアが北朝鮮から調達した軍需品をウクライナ侵攻に使用して安保理決議に違反しているのは無責任で恥ずべきこと」(山崎和之国連大使)と非難したほか、他の理事国からも遺憾の表明が相次いだという。

「瀬取り」やサイバー犯罪も

専門家パネルの監視の目は、北朝鮮の核・ミサイル開発を支えるさまざまな違法活動の摘発に役立ってきた。過去の年次報告では、北朝鮮の船舶が石油製品や覚醒剤、武器などの禁制品を東南アジアなどの公海上で密輸船と受け渡しする「瀬取り」の実態を何度も指摘してきた。米国がシンガポール船籍のタンカーを拿捕・没収した事件(2021年)などにつながった(※3)

2018年5月に中国・上海の東約250キロの公海上で、北朝鮮船籍のタンカー「SAM JONG 2号」(下)と、横付けする船籍不明のタンカー。国連安保理決議で禁止されている洋上で石油などを密輸する「瀬取り」を実施していた疑いがある[防衛省提供](時事)
2018年5月に中国・上海の東約250キロの公海上で、北朝鮮船籍のタンカー「SAM JONG 2号」(下)と、横付けする船籍不明のタンカー。国連安保理決議で禁止されている洋上で石油などを密輸する「瀬取り」を実施していた疑いがある[防衛省提供](時事)

また、安保理が3月20日に公表した年次報告では、北朝鮮が外貨収入の半分をサイバー攻撃で得ており、世界の暗号資産(仮想通貨)関連企業へのサイバー攻撃の被害額が約30億ドル(約4500億円)にのぼると指摘した(※4)。これらの違法な収益は核・ミサイル開発にあてられているという。この報告では、ロ朝間の武器取引に関しても「北朝鮮がロシアに1000個以上の軍事品入りのコンテナを提供した」可能性に言及しており、こうした指摘がロシアの拒否権行使につながった可能性が高い。

専門家パネルが廃止されれば、これが最後の報告となってしまう。パネルの活動に関わってきた専門家の間では、「核・ミサイル拡散を狙う勢力による金融アクセスを防ぐために、世界の金融機関や保険会社が依存してきた貴重な報告が失われることになる」と、悲観する意見が高まっている(※5)

ロシアはウクライナ侵攻によって欧州の平和秩序を踏みにじっているだけでなく、国際社会の平和と安全の秩序に対する敵対的姿勢を欧州から北東アジアにも拡大させたことになるのではないか。この点については、パネル延長を支持せずに、棄権票を投じた中国の姿勢も厳しく問われそうだ。

バナー写真:2023年9月13日、ロシア極東アムール州のボストーチヌイ宇宙基地で出迎えたプーチン大統領(右)と握手する金正恩朝鮮労働党総書記(朝鮮通信=共同)

北朝鮮 ロシア 国連 核問題 弾道ミサイル