清和会(旧安倍派)の解体と日台関係の危機
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1月下旬、日本の国会議員でつくる台湾友好グループ「日華友好議員懇談会(日華懇)」が臨時総会を開き、台湾選挙の最新情勢について報告が行われた。総統選挙の際には日華懇の古屋圭司会長が訪台し、当選直後の頼清徳氏や蔡英文総統と会談している。その場で、古屋は蔡総統に「退任後の訪日」を呼びかけたという。
蔡英文総統は明確な回答はしなかったが「日本は大好きなのでいつか必ず訪れたい」と話したという。総統経験者の訪日といえば、思い出すのは2001年の李登輝訪日だ。当時、中国は大反対。日本政府も賛否両論割れて大騒ぎになった。当時朝日新聞記者だった私の台湾取材キャリアは実はこの2001年から始まった。
蔡英文総統の訪日は実現するだろうか。陳水扁、馬英九の両氏は退任後、訪日はしていない。総統経験者は私人であるが、その立場は非常にデリケートなものだ。加えて、中国は民進党政権を警戒し、日台の接近にも非常に嫌悪感を示している。蔡英文総統の退任後の訪日でも必ず反発を示すだろう。ただ、日本政府は「政治活動をしない」という前提ならばビザを出す可能性はあると思う。ただ、講演や政治家との会談などが日程に入ったものならばどうなるか。いずれにせよ間違いなく、今後の日台中関係の火種になるだろう。
複雑化する台湾政治
次期総統に当選した頼清徳氏は中国へ厳しい姿勢を見せる一方で、台南市長時代から日台交流を重視する立場が際立つ。従来の蔡英文路線の継承をうたい、今後も日台関係を重視することは確実と見られ、対日政策に大きな変更はなさそうだ。
ただ、立法委員の選挙で民進党は第一党の立場を失い、国民党が最大議席を得て、立法院の議長ポストを得た。キャスティングボートは新興勢力の第三党である民衆党が握っており、台湾政治は複雑化する。今後、日本に関わる安全保障や外交に関する予算や法案の審議が、以前ほどはスムーズにいかない恐れがある。
日華懇総会での議員らの議論を聞いていて不安になったのは、立法委員選挙で民進党が「敗北」を喫した点に対する分析が弱かった点だった。2月に会期がスタートした立法院は早速、混乱含みで動きだした。民進党が4年後の選挙で総統ポストを失う可能性だってある。日本の政治家は、台湾の民進党以外の政党との交流も強めるべきだろう。
ワクチン提供で蔡政権をサポート
今後の日台関係で懸念されるのは、これまで日本側で関係強化に重要な役割を担ってきた自民党の旧清和会(安倍派)が、政治資金パーティーの裏金事件をめぐって派閥幹部が政権中枢から一掃され、派閥そのものも解体となったことだ。清和会は解体前、党の最大派閥として100人近くの規模を持ち、その多くが日華懇にも加入していた。
台湾と日本は外交関係がないので、議員による交流・外交が重要となる。その中心を担ってきたのが日華懇だった。現在、300人ほどの国会議員が加入する日華懇は、もともと自民党内の保守派=親台派を軸に1973年に結成され、当時の田中角栄、大平正芳両氏に代表される「親中派」対抗するグループだった。
断交によって経済・文化などの非政治領域に限定されることになった日台関係において、それでも時に応じて発生するハイポリティックス(政治、外交、軍事など)案件を処理する上で日華懇はしばしば活躍した。
近年の日台関係で日華懇が存在感を発揮したのが、新型コロナ問題における日本から台湾へのワクチン提供だ。古屋会長によれば、台湾側から火急の求めでワクチンの提供要請があり、古屋会長―謝長廷・駐日代表ラインで意思疎通をはかりながら、日華懇の事務局長であった木原稔・首相補佐官ルートで菅義偉首相サイドと詰めを行った結果、異例ともいえるスピードでワクチンを台湾に向けて供出することになった。当時、世論から厳しい批判にさらされていた民進党・蔡英文政権への大きなサポートになった。
安倍人脈が親台派広げる
これまでの日台関係が総じて良好だった背景には、日華懇の主体となった岸信介元首相の流れを汲む清和会(細田派→安倍派)の存在感が日本政界で極めて大きかったことがある。故・安倍晋三元首相は、祖父である岸元首相の強い影響のもとで政治の道に入り、憲政史上最長の長期政権を形成することに成功した。
安倍氏の首相在任中、とりわけ重要な日台間の出来事といえば、第二次政権発足直後の2013年に「日台漁業協定」が締結されたことだろう。台湾漁船の尖閣諸島海域への入漁を一部認める内容で、法的論議からすれば日本には受け入れることは難しい部分が含まれ、水産庁は反対の姿勢だった。しかし、官邸主導で日本側は台湾との締結に踏み切った。その最大の理由は、同じく尖閣諸島の領有権を主張する中国と台湾を組ませることは日本としても回避したい。台湾を日本の味方につけておきたいという安倍氏ならではの考えがあったと目されている。
また、18年に台湾で起きた花蓮での地震の際、安倍氏は動画を撮影し、「日台友好」と揮毫した色紙を見せて台湾を励ました。自民党に半導体議連を共に結成してTSMCの日本誘致に貢献したとされる甘利明氏も安倍氏と親しい関係にある。前出の古屋氏、高市早苗氏、安倍氏の弟である岸信夫氏など、清和会以外にも広がる安倍人脈が日本政界で台湾の友好勢力として根を張っていた。
台湾に意外に少ない「知日派」
ところが、安倍氏の殺害、岸信夫氏の病気による政界引退が重なると、清和会や日華懇の議員らは、われこそは安倍路線の継承者であるとばかりに台湾との良好な関係を競って誇示するようになり、台湾の民進党政権内に困惑する声があがるほどだった。パーティー券問題で前述のように清和会が解散するという事態となり、この2月29日に衆院政治倫理審査会が開かれたとはいえ、清和会幹部への責任追求の声はやまない。清和会と日華懇はイコールではないが、今後、日本政治の親台派のパワーがどれだけ維持されるのか極めて不透明な状況になっている。
一方、台湾側では今一つ、日本の政治状況への危機意識が浸透していないように見える。台湾の政党や議員の中には、意外なほど知日派が少ない。日本のほうが台湾の知識を持っている議員が多いように感じる。民進党ですら、日本に強い関心を持っている議員は数えるほど。国民党や民衆党はまったく思いつかない。両党のなかにも、例えば日本外交について担当者を探しても、見つからないのが現実である。
台湾の民間の人々は日本の情報を日々詳しくフォローしており、能登半島の大地震に対しても、2週間で25億円相当の義援金を集めてくれた。台湾社会の幅広い対日理解に比べて、台湾政治のほうは「知日派」の育成がかえって遅れているような気がする。
台湾側が日本側に対して繰り返し環太平洋パートナーシップ協定(CPTTP)の台湾参加について協力を求めるのもいいが、清和会の衰退でさらにその道は遠くなる可能性もある。現在の自民党内で主流である岸田派や麻生派、茂木派についても、対日人脈を開拓していくべきだろう。この3派は、実はもともと1972年に中国を選び、台湾を切り捨てた「田中派」「大平派」の系譜を引き継いでいる。本質的には台湾にそこまで友好的ではない。現実的に台湾がどのような対日外交を展開すべきか、5月に発足する頼政権にはしっかりと考えてもらいたいところだ。
バナー写真:安倍晋三元首相の母、洋子さん(左から4人目)と並ぶ台湾の頼清徳次期総統(同3人目)[頼氏のX(旧ツイッター)より](時事)=編集部注:この写真は2022年7月、安倍晋三元首相の葬儀に頼氏が個人として参列した際に撮影されたものとみられ、24年2月の洋子さん死去の際にXに投稿した=