災害時のデマ情報拡散どう防ぐ 一呼吸おいて慎重に確認を 能登半島地震の事例から
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2024年1月1日に発生した能登半島地震に関連して、インターネット上でのデマの拡散が深刻な問題となっている。特に、X(旧Twitter)を中心に多くのデマが流され、翌日の2日には岸田文雄首相が「被害状況などについての悪質な虚偽情報の流布は決して許されない」と述べるに至った。本稿では、このような災害時のデマについて、そのパターン・影響と、それらの情報との向き合い方を論じる。
災害時のデマのパターン
災害時にデマが広まりやすい背景として、社会全体が不安に包まれていることが挙げられる。歴史を振り返れば、例えば関東大震災の際にも同様の現象が見られた。人間社会において、災害とデマは切り離せない関係にある。インターネットやSNSの普及により、デマの拡散速度と範囲はかつてない規模で増大している。
災害デマのパターンはおおよそ5つに分類できる。今回拡散しているデマの事例と共に紹介しよう。
【災害規模や被害に関するデマ】
東日本大震災の津波の映像を今回の地震による津波だと偽って投稿するケースが報告されており、中には数百万回表示されているものもある。さらに、地震や火災の原因、北陸電力の志賀原子力発電所の状況に関する根拠のない情報も広まっている。
【犯罪行為に関するデマ】
「全国から能登半島に外国人の盗賊団が大集結中」など、根拠不明の情報が拡散された。避難所での略奪行為などのデマが拡散されることも多く、本災害に限らず、警察が注意を呼び掛けることが度々ある。
【偽の救助要請】
「地震で車に閉じ込められました」「親友が家のドアが壊れて外に出られません」などの救助要請が、真偽不明のまま広まっている。「#SOS」「#拡散希望」「#助けて」などのハッシュタグを使って拡散されやすくしており、実際の被災状況とは異なる情報が流布されている。
【不正な寄付の呼びかけ】
「今後のための資金を寄付していただけると幸いです」などと投稿し、電子マネーでの募金を呼びかけているアカウントが確認されている。
【陰謀論】
今回の地震が人工的に引き起こされたとする根拠のない主張も広まっている。NHKの分析によると、地震発生から丸一日たった2024年1月2日午後5時30分までに「人工地震」に関する投稿は約25万件に上り、中には850万回近く閲覧されたものもある。
災害時のデマの深刻な影響
デマは多くの場合、感情に訴える要素や「教えたい」という欲求を刺激する内容で構成される。不安や怒りといった強い感情や、利他的な動機によって人々はデマを拡散しやすい。実際、筆者の研究チームの調査によると、「不安に感じたから」とか「伝えることが他人や社会のためになると思った」という理由でデマを拡散している人が多いことが明らかになっている。
災害発生時のデマが引き起こす問題は甚大である。誤った情報に基づくパニックや混乱は、不適切な避難行動や物資の不正確な取り扱い、誤った対応へとつながり、被災地の事態を一層厳しくする。さらに、救助活動への悪影響も無視できない。無用の救助隊の派遣や地方自治体の業務の過重負荷が発生することがある。
社会的分断は、デマを信じる人々と信じない人々の間の亀裂を生み出し、特定のグループへの排除や差別を助長する。間違った自衛手段の普及は、逆に人々を危険にさらすリスクを増加させることもある。
そして何より深刻なのは、正確な情報の取得を困難にする点だ。災害時の正確な情報は、人命を守る行動を後押しし、災害対応に関わる全ての主体にとって意思決定の前提となり、被災者の心理に安心をもたらす。しかし、デマの流布は、提供される情報の信頼性全体を低下させる。この結果、人々が情報に対して持つ疑念が増し、適切な判断が難しくなる。
PV至上主義がデマの拡散を加速
能登半島沖地震で多くのデマが広がった理由として、「アテンション・エコノミー」(関心経済)が指摘されている。
あまり聞きなれない言葉だが、ネット上の情報が私たちの処理能力を超えて指数関数的に増加している現代においては、情報の質よりも人々の関心をいかに集めるかが重視される。その関心や注目の獲得度合いが経済的価値を持って交換財になるという概念だ。
それが分かりやすく形になっているのが、インターネット広告とPV至上主義である。広告収入で運営するウェブサイトにとっては、PV数を稼いで少しでも多くの広告収入を得ることが至上命題となったおり、その結果、情報の質よりも、「人々の関心を多くひく」ことに特化するようになっている。
アテンション・エコノミーは、ここ数年で急激に裾野が広がっている。かつては、マスメディアやネットメディアがPVを競っていたが、誰もが情報発信できる人類総メディア時代になり、個人でウェブサイトを作成したり動画を投稿したりして関心を集め、もうけることが可能になった。過激なコンテンツほど閲覧されやすくなるため、「暴露系」や、「迷惑系」、「私人逮捕系」のYou Tuberなど過激な動画を投稿して人々の注目を集める手法が活発になっている。
2023年8月からはX(旧Twitter)で、特定の条件を満たすユーザーに広告を分配する収益化プログラムが開始された。例えば、フォロワーが500人以上であること、過去3カ月のインプレッション(表示回数)が500万件以上であることが条件になっている。
XはYouTubeに比べて投稿のハードルが低く、拡散力がはるかに高い。より一層多くの人がアテンション・エコノミーに参入可能になったのである。その結果、人々の目を引くようなさまざまなデマが大量に投稿されることとなった。このシステムにより、アテンション・エコノミーは個人レベルに浸透し、ユーザーはより多くのフォロワーや表示回数を獲得するために、過激な投稿や偽情報を流布する動機付けを持つようになった。
能登半島沖地震では、デマが多く投稿されただけではなく、一度拡散されたデマが次から次へとコピーされ、改めて投稿されるという現象があった。いわゆる「パクツイ」ともいえる行為であるが、行っているアカウントが明らかに普段日本語を使用していないようなケースも少なくなかった。ユーザーの国内外問わず、表示回数稼ぎに参入し、大きなイベントが発生するたびにデマを生産したりコピーしたりすることがすでに起きているのだ。
AIが社会的混乱を加速する
生成AIの広がりは、個々のユーザーが偽の画像や動画を簡単に作り出すことが可能な状況を生み出し、ディープフェイクの大衆化をもたらした。これは、虚偽の情報や誤った情報が急増することを意味し、「Withフェイク2.0時代」ともいえる新しい時代の始まりを示している。
実際、イスラエルとハマスの対立の例では、AIにより生成された偽の画像や動画が頻繁に投稿され、国際世論の誘導に使われている。
デマの拡散は、災害時の情報共有にも既に影響を及ぼしている。2022年の静岡県での水害時、ドローンによる撮影とされる水害の写真がSNSで広まったが、実際にはAIで生成した偽画像だった。この偽画像を作成したのは専門的な技術を持つわけではない一般市民で、「Stable Diffusion」という誰もがアクセス可能なサービスを使用していた。彼は普段通りにスマートフォンを操作しながら布団の中でこの画像を投稿したと述べている。
現在は、過去の画像や動画がデマの素材として用いられがちであるが、AI技術のさらなる発展により、将来は本物と見分けがつかない偽画像や偽動画をより簡単に生成できるようになるだろう。この技術の進化は、デマの量を飛躍的に増加させ、社会的混乱をさらに悪化させる可能性がある。生成AIとアテンション・エコノミーは非常に相性が良いのだ。
デマとの向き合い方
デマへの対応にあたり、自己反省の重要性を強調することから始めたい。これは、私たち自身がデマにたやすくだまされ得る存在であるという認識を持ち、情報に対して常に慎重な態度を取るべきであるということを意味する。
筆者らの研究グループによる調査結果によると、デマに接触した人々のうち77.5%が自分がだまされていることに気がつかなかった。特に50代から60代の層は若年層に比べ、その傾向が強いことが判明している。デマは若者だけの問題ではなく、全世代が自分もだまされる可能性があると認識することが必要である。
また、米国の研究では、大半の人が自身の情報の真偽判断能力を実際の能力よりも過信しており、そのように過信している人ほどだまされやすいという結果も出ている。
情報の精査もまた、不可欠である。他のメディアや人がどのように取り扱っているかを見る、画像であっても画像検索などで調べる、情報の発信源を確認する、ソースを検証するなど、さまざまな手段が存在する。情報があふれる現代社会で常時すべての情報を精査するのは難しいが、情報を共有したくなった時だけでもひと呼吸おき、確認することが重要である。
Xでは、誤解を招く投稿に対しユーザーが追加情報を付与する「コミュニティノート」機能が実装されている。この機能は投票により情報が追加されるため、集合的な知識に基づく信頼性のある情報が提供されることが多い。これを確認することも情報検証の有効な手段である。
また、デマの問題はインターネットに限定されず、「家族・友人・知人との直接会話」が主なデマ拡散手段となっていることが、筆者らの調査から明らかになった。身近な人の情報を専門家のそれより信じやすいとするコミュニケーション研究の結果もあり、身近な人からの情報であっても検証なしに信じることのリスクを認識することが求められる。災害時にSNSで広まったデマが、直接の会話を通じてさらに広がるケースも考えられる。
SNSプラットフォーム事業者による取り組みも重要で、特にXはイーロン・マスク氏の買収後、コンテンツへのチェック機能が弱まっていると指摘されている。表現の自由の尊重は前提としつつも、社会の混乱を招く虚偽情報に対しては、より厳格な基準の適用が求められる。虚偽情報を拡散しての収益化の停止も、重要な対策の1つである。
バナー写真:PIXTA