習近平「新時代」の思想教育・統制の「憲法」―愛国主義教育法が目指すもの

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中国が制定し、1月施行となった「愛国主義教育法」。筆者は同法が習近平「新時代」の思想統制の総仕上げであり、「台湾統一に対する強烈な意志が込められている」と指摘する。

習近平「新時代」の愛国主義教育

2024年1月1日、中国は「愛国主義教育法」を施行した。その第1条では「社会主義現代化国家の全面的な建設と中華民族の偉大なる復興の全面的な前進のための大いなる力を結集する」とうたい、最高権力を握る習近平が目指す社会主義現代化強国の実現に向けた統一的かつ体系的な愛国主義教育制度を法制化した。

草案の審議開始が23年6月、可決が10月だったので実質4カ月間で成立させたことになる。審議開始後、草案全文が公開され、大衆にもネットなどを通じて意見を寄せるよう呼びかけられた。法治を掲げる中国共産党(以下、中共)は、統治の正当性を担保するため、法の制定に際しては「民意」を反映した「適正な手続き」を経ていることをことさら強調するが、今回も同様だった。

一見、短期間で法制化されたようにみえるが、その理解は正しくない。19年11月、習近平は「新時代愛国主義教育実施綱要」をすでに公表し、習近平思想に基づく「新時代」の愛国主義教育の基本方針を示していた。愛国主義教育といえば、まず思い浮かぶのは江沢民である。1990年代初頭、中国を厳しい体制の危機が襲ったが、中共統治の求心力の源泉として、江沢民は94年に「愛国主義教育綱要」をさだめ、社会主義に代えて愛国主義を強調した。

もっとも、この「綱要」は実質的には鄧小平の「綱要」といえるものだった。「鄧小平同志が建設する中国的特色を持つ社会主義理論と党の基本路線」を基本的な指導思想と定めており、その随所には鄧小平の言葉がちりばめられていた。92年春の南巡講話以降、鄧小平が再び改革開放を推し進めるにあたり、愛国主義教育は思想面における安全装置としての意味を有していた。

習近平は「歴史決議」でもそうしたように、「愛国主義教育綱要」、さらには愛国主義教育そのものでも「鄧小平越え」を目指したといえる。

着々と進められた愛国主義教育・思想統制の「法制化」

さらに習近平は「綱要」の公表にとどまらず、愛国主義教育法の制定を念頭に置きつつ、愛国主義教育にかかわる法整備を着実に進めてきた。2014年2月、全人大常務委は南京大屠殺死難者国家公祭日(12月13日)と中国人民抗日戦争勝利記念日(9月3日)を抗日戦争と世界反ファシズム戦争を結びつける2つの重要な日、すなわち「双日」として法制化した。

このような動きは、翌15年の世界反ファシズム戦争・抗日戦争勝利70年を視野に入れたものと考えられたが、その力点は対日歴史戦にはなかったといえよう。米国への「新型大国関係」の秋波がものの見事に挫折し、米中対立の激化が想定される中、中国を統べる者であれば、歴史にならって「対日接近」を選択するのは必然であった。

案の上、習近平は14年12月の「南京事件」追悼の国家公祭儀式で「少数の軍国主義者」と「日本人民」を区別する「二分論」に言及した。近年、中国の対日原則であった「二分論」は国内で非難にさらされてきたが、習近平はその権威のもとに「二分論」を再公式化した。その後、民主党政権の尖閣国有化で「戦後史上最悪」となった日中関係は一定の改善基調に回帰していった。

「双日」の法制化以外にも習近平は手を打った。同年8月、全人大常務委は9月30日を抗日戦争や国共内戦の犠牲者を追悼する「烈士記念日」に新たに定めた。わずか1カ月後の最初の記念日には天安門広場の人民記念碑の前に中央政治局常務委員7名が勢ぞろいし、献花儀式で烈士を哀悼する姿を全国に示した。

さらに17年10月には国歌法を新たに制定し、改正された国旗法や国徽法などの罰則規定と合わせて「愛国的行動」の強制が法の名のもとに徹底された。国旗法や国徽法が鄧小平の「綱要」の発表直前に法制化されたことを踏まえれば、国歌法も習近平の「綱要」に向けた準備のひとつであったといえる。翌年4月には「英雄烈士保護法」も制定され、烈士を侮辱する行為などには詳細な罰則が設けられた。

このような習近平の周到な布石を踏まえれば、その「愛国主義教育法」は、愛国主義教育制度の法制化の総仕上げであったといえる。つまり、習近平「新時代」の思想教育・統制の「憲法」と位置づけるのがふさわしく、中国社会における愛国主義教育がまさに常態化されたといえよう。

習近平の台湾統一実現の意志

では、愛国主義教育法で台湾問題はどう扱われたのか。結論からいえば、習近平はそこに台湾統一に対する強烈な意志を露骨なまでに込めたと評価できる。

前述の習近平の「綱要」では、宗教関係者などを含めた社会各界の人びとに対する呼びかけの中で台湾問題に触れているにすぎなかった。「台湾同胞」の位置づけも香港・マカオの特別行政区の同胞や海外僑胞とあわせて国家アイデンティティの強化や国家ならびに民族の統一維持に対する自覚の強化を訴える対象にとどまっていた。

だが、愛国主義教育法の草案審議の過程で習近平は動いた。草案の段階でも台湾問題を独立した条文として置き、その意志を示していたが、あくまでその内容は「綱要」の域を出るものではなかった。つまり、香港やマカオの特別行政区の同胞とともに「台湾同胞」に対する歴史文化や国情、「一国二制度」に関する教育を通じた愛国主義教育の強化を定める程度であった。

だが、審議を経て最終的に確定した条文は、草案のそれとは本質的に異なるものとなった。すなわち「祖国統一の方針政策の宣伝教育を強化」し、「台湾同胞を含むすべての中国人民の祖国統一という大業の完成という神聖な職責に対する認識を強化」するとともに、「法に基づき台湾同胞の権利と利益を守り、『台独』分裂行動に断固として反対し、中華民族の根本的利益を守る」という内容の段落を新たに追加したのである(第23条)。条文にある「台湾同胞を含むすべての中国人民」という踏み込んだ表現も「台湾同胞」の位置づけを大きく変えるものとして見逃すことはできない。

中華民族発展史の核心となった中国共産党

愛国主義教育は、「反日」と結びつけて論じられることも多いが、愛国主義教育法の真の狙いは、まったく異なったところにある。習近平が総書記就任以前から歴史教育に強い関心を有していたことはよく知られるが、政権獲得後も公式の党史『中国共産党的九十年』を刊行すると同時に、「中国共産党史」「新中国史」「改革開放史」「社会主義発展史」という「四史」の教育を推し進めた。

愛国主義教育法で最も重要なのは、これに「中華民族発展史」を追加したことである。これまでの「四史」はアヘン戦争以来の列強による半植民地・半封建体制からの脱却の過程、特に抗日戦争や国共内戦を経た新中国樹立など、中共の役割を強調する「歴史の語り」を基礎としてきた。

一方、「中華民族発展史」は、数千年におよぶ中国の歴史のなかに現在の中共の治世を位置づけ、中共が中華民族の発展を担うことの正当性を強調し、中共こそが「中華民族の偉大なる復興という中国の夢」を実現する唯一の存在であることを教育するための「歴史の語り」といえる。「中華の優秀な伝統文化の伝承と発展」(第8条)を独立の条文として設けたのもその反映といえる。

このように考えるとき、愛国主義教育法の制定は、「反日」教育や対日歴史戦といった文脈で理解すべきものではなく、中共が目指す社会主義現代化強国の構成員にふさわしい「中華民族」の創出というより大きな政治目標の文脈で評価すべきものといえよう。

バナー写真:愛国主義教育法について小学校の児童に説明するボランティアの法曹関係者=2023年12月28日、中国江蘇省淮安市(CFOTO/共同通信イメージズ)

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