岸田政権、秋までの退陣不可避か:自民、「選挙の顔」刷新で政権維持図る―2024年政局展望

政治・外交

自民党安倍派を中心とする政治資金パーティー収入の裏金化疑惑が、岸田政権を直撃。支持率低下が止まらず、2024年は首相退陣が避けられそうにない情勢だ。

底なしの支持率急落にあえぐ岸田文雄首相は、1988年のリクルート事件以来とも言われる疑獄事件の直撃を受けた。昨年12月、自民党最大派閥・安倍派を中心に政治資金パーティー収入の一部を裏金化していたとされる事件が表面化。世論の政治不信は頂点に達し、岸田首相は今年9月の党総裁任期切れまでの退陣が避けられそうにない情勢だ。自民党は次期衆院選で苦戦必至とみて、「選挙の顔」となる首相を交代、速やかに衆院を解散して政権維持を図る展開が予想される。ただ、元日に発生した能登半島地震の影響で解散時期が制約されるとみられ、政局の行方は不透明感を増している。

「安倍派一掃」で支柱失う

疑惑が表面化したのは昨年11月下旬だ。安倍派が政治資金パーティー収入を所属議員に還流させ、組織的に裏金化していた疑いが持たれている。政治資金規正法上、収支報告書の不記載・虚偽記載罪の時効にかからない2018~22年の5年間で、裏金の総額は6億円規模に上るとされる。

とりわけ、松野博一官房長官や西村康稔経済産業相、自民党の萩生田光一政調会長ら政権中枢を占める安倍派幹部が1000万~数百万円を裏金として受けていた疑いが明らかとなり、岸田首相はこれら幹部の更迭に追い込まれた。臨時国会閉幕後の12月14日、同党の高木毅国対委員長、世耕弘成参院幹事長を加えた安倍派のいわゆる「5人衆」を政権中枢から一掃。同派の副大臣5人も全員交代させた。

安倍派を政権の支柱として頼りにしてきた首相にとっては、計り知れない打撃となった。この日公表された時事通信の世論調査で、岸田内閣の支持率は初めて2割を切り、17.1%に落ち込んだ。排除される形になった同派は反発を強め、他派閥も含めて党内に首相を支えようという空気は乏しい。岸田政権は「もはや立て直しは不可能」(自民党ベテラン)という見方が広がっている。

行き詰まる政権運営

疑惑が表面化する以前から、岸田政権は行き詰まりつつあった。首相が政務秘書官に起用した長男の不適切な行動や、健康保険証の廃止を前提とするマイナンバー制度の混乱が批判を招き、支持率は昨年5月の38.2%をピークに急落。起死回生を狙った9月の内閣改造・自民党役員人事は不発に終わり、首相肝いりの1人当たり4万円の定額減税は既定方針の防衛増税との矛盾は否めず、「政権浮揚狙い」と見透かされ、民心の「岸田離れ」が鮮明になった。

疑惑が発覚した後の対応もお粗末だった。違法行為の疑いをかけられた松野官房長官が記者会見や国会で、一切の説明を拒んでいる様子が連日のように報じられた。ほかの安倍派の閣僚や党幹部も、悪びれもせず「職務を全うする」と言い放った。岸田首相は松野氏ら安倍派幹部を交代させるまで1週間近くにわたってこうした状況を放置し、人々の政治不信をどれだけ助長したか分からない。この人事に当たっては「国民の信頼回復のため火の玉となって自民党の先頭に立つ」などと大仰な言葉を口にしたものの、具体策は示さないままだ。年明けになってようやく、再発防止策を検討する新しい党組織として「政治刷新本部」(仮称)を設置し、1月中に中間とりまとめを行う考えを示した程度で、スピード感も指導力もうかがえない。

裏金疑惑は安倍派にとどまらず、東京地検特捜部の今後の捜査でどこまで波及するのか見通せない。12月の人事は「急場しのぎ」と言え、1月下旬とも見込まれる通常国会召集まで新体制が無傷でいられる保証はない。通常国会で2024年度予算案審議が始まれば、首相は引き続き野党の追及のやり玉に挙げられる。自民党の派閥政治に起因した今回の不祥事に説得力のある対応策を示せなければ、政権は立ち往生しかねない。

待ち受ける「政治改革国会」

大きな課題となるのが、政治資金の透明性を高めるための政治資金規正法の改正と、自民党の派閥の在り方見直しを含む政治倫理の確立だ。だが、過去の例を見ても、自民党は政治改革の諸課題に後ろ向きだ。リクルート事件を踏まえ、1991年の通常国会で最大の焦点となった政治改革関連3法案は、その柱となった小選挙区比例代表並立制の導入に党内の反対が根強く、廃案に追い込まれた。現行の小選挙区制に道筋が付いたのは自民党の野党時代だ。

派閥は弊害がクローズアップされるたびに解消が叫ばれ、歴代首相のほとんどが形式的にせよ派閥を離脱して距離を置いてきた。だが、岸田首相は就任以来、こうした慣例を無視。岸田派会長にとどまっただけでなく、派閥の例会にもたびたび顔を出していた。今回の疑惑発覚を受け、派閥離脱を表明したが、遅きに失したと言うほかない。

その首相が、疑惑追及と政治改革が焦点となる通常国会で派閥の弊害除去を唱えたところで、誰が耳を貸すだろうか。自民党に政治資金規正法改正案の内容を検討させようとしても、指導力を発揮しようがないだろう。自民党ベテランは「首相は信用をなくしてしまっている」と言い切る。もはや「岸田首相の下では選挙は戦えない」というのが党内の大勢だ。「ポスト岸田」有力候補の一人と目される石破茂元幹事長は、2024年度予算成立直後の首相退陣を唱えている。

だが、自民党の体質そのものが問われている局面だけに、首相を代えたところで信頼回復は容易ではない。世論の理解を得るには、政治資金規正法の改正は避けて通れないとみられるが、実効性のある改革に向けた党内合意の形成は難航必至だ。どうにか改正案の提出にこぎ着けたとしても、審議は予算成立後の後半国会以降に持ち越される。「ポスト岸田」をうかがう候補は、うかつに岸田降ろしに動けば火中の栗を拾うことになりかねない。むしろ満身創痍(そうい)の岸田政権に委ねた方が得策との打算が働きそうだ。

当面の政治日程

1月下旬 通常国会召集
3月下旬? 2023年度予算成立
6月13日 G7サミット(イタリア、15日まで)
6月20日 東京都知事選告示(7月7日投開票)
6月下旬? 通常国会会期末
9月 自民党総裁任期満了

次の節目は、6月の通常国会会期末だ。国会が閉幕するのに合わせて首相が退陣を表明し、秋の自民党総裁選を前倒し実施する案も取り沙汰される。同13日にイタリアで開幕する先進7カ国首脳会議(G7サミット)を政権の総仕上げとする、いわゆる「サミット花道論」に通じる。ただ、東京都知事選が同20日告示、7月7日投開票の日程で行われることが決まっている。自民党は総裁選を国のトップリーダー選びとして大々的にアピールするのが常で、同じく注目度の高い都知事選との同時実施で世論の関心が分散するのを嫌う可能性がある。

政局の行方を読みづらくしているのが、能登半島を中心に日本海側を襲った大地震だ。甚大な被害を受けた石川県では3万人を超える住民が避難生活を強いられている。早期の衆院解散が困難になっただけでなく、自民党内での岸田降ろしの動きや、国会での予算案審議を妨げるような野党の戦術は、震災復旧・復興そっちのけの政争と受け取られれば世論の厳しい批判を免れない。こうした状況は、図らずも岸田政権の延命に手を貸すかもしれない。

総裁再選出馬は困難か

総裁選は前倒しがなければ、9月末の任期満了に伴い、秋に実施される。岸田首相は21年秋の菅義偉首相と同様、再選出馬はできずに退陣する公算が大きい。新総裁選びで各派閥は前面には立てず、候補者も石破氏や小泉進次郎元環境相ら無派閥議員や、麻生派所属ながら派閥横断的な支持を集めてきた河野太郎デジタル相ら、知名度が高い議員の争いが軸になりそうだ。

新総裁が選出されれば速やかに臨時国会を召集、首相指名選挙を経て新内閣発足の運びとなる。新政権は鮮度が落ちないうちに衆院を解散、公明党と合わせて過半数の維持を目指す流れになるとみられる。自民党にとっては逆風、公明党も組織力の低下が顕著で、厳しい選挙戦となるのは避けられない。

一方で、野党陣営に対しても期待が高まっているわけではない。立憲民主党は党勢立て直しの手掛かりがつかめず、日本維新の会も不祥事続きで一時の勢いは失われた。しかも、両党は政策も体質も「水と油」。小選挙区での候補者一本化は議論すら行われておらず、各地で競合して非自民票を食い合い、自民党を利する展開が繰り返されるとみられる。

ちなみに衆院議員の任期満了は25年10月。法的には来年への先送りも可能だ。ただ、来年の夏には参院選が控えており、年内の衆院解散を逃すと、来年はほぼ必然的に衆参同日選となる。東京都議選も同じ夏に予定され、都議会を重視する公明党が同時期の衆院選に強硬に反対するのは確実だ。自民党にとっても、衆参で一気に議席を減らしかねないダブル選はリスクが大きく、党関係者は「ダブルは絶対にない」と断言する。

自民党は今回の疑惑の広がりに危機感を強めながらも、野党の低迷を踏まえ、議席は減らしても政権を追われることはないと高をくくっている節がある。同党ベテランは「野党がだらしないから自民党に緊張感がない」と認める。自民党に真摯(しんし)な反省がない以上、今年の政治の一大テーマとなる政治改革は掛け声倒れに終わる可能性が高く、同党に向けられる世論の視線は一段と厳しさを増すに違いない。

バナー写真:記者団の取材に応じた後、一礼する岸田文雄首相。この日、松野博一官房長官ら4閣僚が辞任した=2023年12月14日、首相官邸(時事)

選挙 自民党 岸田文雄