北朝鮮の偵察衛星打ち上げ:半島の緊張高める
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3年越しの野望をロシアが手助け?
北朝鮮が衛星を打ち上げたのは、11月21日深夜。翌22日には、「軍事偵察衛星『万里鏡1号』の軌道投入に成功した」と誇らしげに発表し、金正恩朝鮮労働党総書記の「多様な偵察衛星を順次打ち上げて配備せよ」との追加命令を伝え、来年以降も複数の衛星打ち上げを続行する意向を明示した。
金正恩氏が偵察衛星の開発を指令したのは、2021年1月の国防5カ年計画(2021~25年)だ。▽固形燃料型の大陸間弾道ミサイル(ICBM)、▽小型戦術核、▽極超音速滑空ミサイル、▽原子力潜水艦――などの開発とともに完成を急がせてきた。いずれも「米国による核威嚇に対抗するため」としている。
だが、23年5月と8月に強行した衛星打ち上げは、惨めな失敗に終わった。このため、金正恩氏はロシアの宇宙基地で9月に行われたプーチン・ロシア大統領との首脳会談で、ウクライナ戦線で不足している武器・弾薬をロシアに提供する見返りに、衛星打ち上げ技術の支援を求めたとされている。
北朝鮮の核・ミサイル開発を巡っては国連安保理で過去11本の厳しい制裁決議が採択され、禁止項目には衛星打ち上げ技術の支援や提供も含まれている。これらの決議に賛成票を投じてきたロシアがどこまで支援に応じたかは不明だが、この前後に「ロシア製の大型ロケットエンジンが北朝鮮に供与された」(韓国軍事筋)との情報もある。いずれにせよ、首脳会談から約2カ月で「偵察衛星が欲しい」という金正恩氏の野望がついに達成されたことになる。
高まる衝突リスク
米韓などの専門家によると、北朝鮮の偵察衛星による空撮写真は解像度が低く、船舶や航空機など大型の物体しか識別できない(※1)とみられる。韓国が12月1日に打ち上げた偵察衛星と比べても大きく見劣りがするものの、米韓の基地など大型施設を標的に設定するには十分とされている(※2)。また、衛星打ち上げ技術は、同じサイズ・重量の核弾頭をミサイルに搭載する能力の向上も意味しているため、限定的とはいえ、米韓などにとって脅威が増したのは確かだろう。
だが、そうした事実もさることながら、より懸念されるのは、韓国と北朝鮮の「売り言葉に買い言葉」の反応がもたらす偶発的な軍事衝突リスクの増大だ。
韓国の尹錫悦大統領は北の打ち上げ直後の11月22日未明、「衛星発射は北の監視能力やミサイル技術を一段と高めるものだ」と非難し、南北軍事境界線周辺で2018年以来続いてきた「監視・偵察飛行禁止合意」を即座に撤廃するよう指示した。この合意は、南北非武装地帯(DMZ)周辺での敵対行為を制限し、偶発的衝突の回避や相互の信頼醸成のために結ばれたが、撤廃によって米韓側には無人機や戦闘機による偵察飛行を再開する道が開かれた。
北朝鮮も23日、これに直ちに対抗して軍事境界線付近に「より強力な武力と新型装備を配備する。衝突が起きても、責任は韓国側にある」と威嚇した。22年に発足した尹錫悦政権は、対北・中国傾斜が著しかった前任の文在寅政権とは真逆の日米協調路線を明確にしているだけに、北朝鮮も激しい対決意欲を燃やしている。南北間で着実に緊張感が高まりつつあるのが現状だ。
4正面を迫られる米国
バイデン米大統領は8月、日韓首脳を米国のキャンプデービッドに招いて日米韓首脳会談を開き、3カ国の戦略的協調をインド太平洋に拡充することで合意したばかりだ。韓国の懸念に応じるために、米空母や戦略原潜の韓国寄港に加えて、北朝鮮のミサイルに関する情報を日米韓で瞬時に共有して対処する「ミサイル関連情報即時共有システム」を年内に本格稼働させることでも合意している。
もともとバイデン政権の対北外交は中国、ロシア、中東などに比べて優先順位が相対的に低く、対中国を含むインド太平洋方面に米韓の余力をシフトする狙いが込められていた。ところが、朝鮮半島情勢が緊迫化すれば、こうした狙いは裏目となりかねない心配がある。
米国は既に欧州(ロシアのウクライナ侵略)、中東(イスラエルとハマスの戦闘)、インド太平洋(台湾情勢)の3正面外交を抱え込んでいる上に、朝鮮半島で火の手が上がれば、4正面の苦境に追い込まれるリスクが高いからだ。しかも、北朝鮮はロシア、中国を巻き込んで偵察衛星打ち上げを成功させたばかりか、国連安保理は新たな対北制裁決議はおろか、非難決議すら採択できない状態に陥っている。北東アジアは朝鮮戦争(1950~53年)当時と同じような「中国、ロシア、北朝鮮vs日米韓」の冷戦構図に戻りつつあるといっていい。
米国の専門家は、そうした逆境においても、米国が同盟・パートナー諸国と協調してロシア、中国に対する国際的圧力を高めるよう求めている。北朝鮮を抑止するための日韓両国との安保協力をさらに強化する一方、日韓の連帯を深めるべきだと提唱(※3)している。日韓にとっても、ここは踏ん張り時である。
バナー写真:北朝鮮の「偵察衛星」発射を報じるニュースを、鉄道駅のテレビ画面で見るソウル市民=2023年11月22日(AFP=時事)
(※1) ^ “North Korea’s spy satellite is a big deal, regardless of how advanced its technology is,” By Justin McCurry, The Guardian, Nov.22, 2023.
(※2) ^ 読売新聞12月2日朝刊「北『衛星』低解像度でも脅威 本格運用開始か…峨山政策研究院 梁旭・研究委員」
(※3) ^ “North Korea’s Spy Satellite Launch Is One Giant (and Dangerous) Question Mark,” By Bruce Klingner, The Heritage Foundation, Nov. 28, 2023