「ロータリーの火は消さない」―EVシフト加速のいま、マツダが唯一無二のエンジンを復活させた理由
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ハイブリッドで復活した新型ロータリーエンジン
2012年に「RX−8」の生産を終了して以来、マツダがおよそ11年ぶりにロータリーエンジン搭載車を発売した。そのモデル名は「MX−30 e−SKYACTIV R−EV」(以下「MX−30 R−EV」と表記)という。
「MX−30 R−EV」は、ロータリーエンジンが生み出す力を直接、自動車の推進力として用いるのではなく、ロータリーエンジンで発電機を駆動。ここで得た電力をモーターに供給して推進力を得る。
これは一般的にシリーズハイブリッドと呼ばれる方式で、すでに製品化されているものとしては日産の「e−power」やホンダの「e:HEV」などがある(「e:HEV」はシリーズハイブリッドだけでなくエンジンがダイレクトに車輪を駆動するモードも備えている)。
しかし「MX−30 R−EV」は、「e−power」や「e:HEV」のようにピストンの往復運動により動力を得るレシプロエンジンではなく、“おむすび型”のローターが回転して動力を生むロータリーエンジンを採用しているところが最大の特徴。さらに大容量バッテリーを搭載することで、電気自動車のようにも使えるプラグインハイブリッドとしたことも特徴のひとつだ。
マツダが「MX−30 R−EV」にシリーズ式プラグインハイブリッドという凝ったテクノロジーを採用したのには訳がある。
ロータリーエンジンは一般的に燃費が悪く、しかも排ガス中のHC(炭化水素)が多いことが弱点とされる。かつてないほど環境問題が重要視される現在、ロータリーエンジンのこうした弱点は致命的であり、2011年に搭載車の量産中止を決定したのも、これらが原因だったと考えられる。
それをシリーズ式プラグインハイブリッド・システムと組み合わせることで、熱効率や排ガスの弱点をカバー。ようやく市販にこぎ着けたのである。
なぜ、マツダはそうまでしてロータリーエンジンの復活に尽力したのだろうか。
ロータリーエンジン実用化への苦難
かつて「未来のエンジン」と称されたロータリーエンジンを、マツダが最初に量産したのは1967年のこと。この時発売された「コスモスポーツ」は、ドイツNSU社が1964年に発表した「NSUヴァンケルスパイダー」に続く「史上2番目の量産ロータリーエンジン搭載車」とされる。
マツダは、ロータリーエンジンの開発で先行していたNSUと1961年に技術提携を交わし、その基本技術を手に入れたが、トラブル続きでロータリーエンジンの量産を早々に諦めたNSUと異なり、数々の困難を克服して半世紀近くもロータリーエンジンを世に送り続けた。
しかも、ロータリーエンジン搭載車を量産したのはこの2社以外にないので、実質的にマツダはロータリーエンジンを実用化した唯一の自動車メーカーといっても過言ではない。
なお、NSU社製ロータリーエンジンは、考案者の名前をとってヴァンケルエンジンと呼ぶのが一般的だが、ここではマツダが用いたロータリーエンジンという呼称に統一する。
ロータリーエンジンを実用化する過程で、マツダはどのような苦難に直面したのか。
開発初期の最も深刻な課題はチャターマークの発生だったとされる。
チャターマークは、一定期間の使用後に、レシプロエンジンのシリンダーに相当するローターハウジングの内壁に発生する波状の模様、つまり摩耗で、ロータリーエンジンの耐久性を確保する上で最大の難関になったとされる。
これを克服するため、燃焼室の気密性を確保するアペックスシールに自己潤滑性を備えたカーボン素材を採用したり、オイルメーカーと協力して新たな潤滑方法を生み出したり、ローターハウジングの内壁に硬質クロムメッキを施すなどの対処法をマツダは考案してきた。
さらにはチャターマーク発生の原因となるエンジン内部の振動を解明するため、1963年には早くもコンピューター解析を導入したという。
こうしてマツダは素材、表面処理、振動解析、燃焼解析などに関するさまざまなノウハウを蓄積。いまもマツダが有する世界トップクラスのエンジン開発技術の礎を作ったのである。
ロータリーエンジンがマツダにもたらしたのは技術力の蓄積だけではない。マツダが現在のような“総合自動車メーカー”へと成長を遂げる上でも、ロータリーエンジンは重要な役割を果たした。
1960年代初頭、日本政府は国内自動車産業の国際的競争力を強化するため、乗用車メーカーを量産車グループ、スポーツカー/高級車グループ、軽乗用車グループの3つに集約しようとしていた。60年に軽自動車で乗用車市場に参入したマツダ(当時は東洋工業)は、このうちの軽乗用車グループに組み込まれようとしていたが、早くより総合自動車メーカーとなることを夢見ていた彼らにとっては不都合な状況だった。そこで、総合自動車メーカーへと成長できるポテンシャルを示すため、マツダ独自の先進技術を実用化しようとした。その象徴として選ばれたのがロータリーエンジンだったのだ。
乗用車メーカーを3グループに集約する案は、日本車メーカーが急速に成長したことを受けて見送られたが、技術力の面だけでなく自動車メーカーとしての規模を拡大する上でも、ロータリーエンジンは重要な役割を演じたといえる。
課題はエネルギー効率
話を「MX−30 R−EV」に戻せば、マツダはロータリーエンジンの復活に際して、シリーズ式プラグインハイブリッド・システムを組み合わせただけでなく、ロータリーエンジン本体も新設計し、その燃費性能や環境性能の改善に努めた。
たとえば燃料を燃焼室に直接噴射する直噴方式の採用で効率を向上させたり、直噴化により燃料を微細化して低温時の燃料噴射量を抑制したほか、燃焼室形状を大幅に見直して急速燃焼を実現し、効率化に役立てたという。さらにエンジンの重要な構成部品のひとつであるサイドハウジングをアルミ化して15kg以上の軽量化を図り、表面にセラミック溶射を行うことで耐久性の向上を達成している。
「8C」と呼ばれる復活したロータリーエンジンは、レシプロエンジンに例えればシリンダーブロックやシリンダーヘッド、さらにはピストンに至るまで新設計したのに匹敵する力作で、エンジンをゼロから作り直したといってもいいくらいの“純”新開発品なのである。
それでも「MX−30 R−EV」のエネルギー効率が際立って高いとはいえない。カタログ上の燃費は15.4km/L(WLTCモード)。同種のモデルがあまりないので単純比較はできないものの、トヨタの「RAV4 プラグインハイブリッド」は22.2km/L、「プリウス・プラグインハイブリッド」は26.0km/Lと発表されている。燃費面で「MX−30 R−EV」が不利なことは明らかだろう。
だから、たとえプラグインハイブリッド・システムで武装しても、ロータリーエンジンの未来が安泰というわけではない。そこでマツダとしては、エネルギー効率だけでなく、マツダらしいクルマ作りや走りの良さという部分で商品性を高めることで、ロータリーエンジンを未来へつなげようとしている。なぜならば、ロータリーはマツダのアイデンティティそのものだからだ。
先日、開催されたジャパン・モビリティショーでコンセプトカー“アイコニックSP”を発表したのもその一環で、「MX−30 R−EV」用のシングルローター・エンジンを発展させた2ローター・エンジン採用のプラグインハイブリッドシステムを流麗なスタイリングのスポーツカーボディに搭載し、ロータリーエンジンによる走りの可能性を示している。
「ロータリーの火は消さない」──「 MX−30 R−EV」の発表に際して、マツダはそう力強く宣言した。彼らの願いが届くことを期待したい。
バナー写真:「MX−30 e−SKYACTIV R−EV」搭載のロータリーエンジンを象徴するおむすび型のローター。この部品がまゆ型のハウジング内を回転し、圧縮、爆発、排気の工程を繰り返してエネルギーを作り出す ©MAZDA