“抑止力”を念頭に周到に用意した「戦う覚悟」発言:麻生自民党副総裁の台湾訪問

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8月の麻生太郎自民党副総裁の台湾訪問時に飛び出した、国際フォーラム基調講演での「戦う覚悟」発言。筆者は台湾有事の抑止を念頭に、日本社会と中国に向けて周到に準備されたメッセージだと分析する。

2023年8月7日から9日にかけて、麻生太郎自由民主党副総裁(衆議院議員)が台湾を訪問し、8日に台北市内で開催された国際フォーラム「ケタガランフォーラム」で基調講演を行った。麻生氏の訪問で話題となったのが、①同党に記録の残る限りで1972年9月29日の日華断交後、現職の自民党副総裁の訪台は初めてだったこと、②麻生氏が「ケタガランフォーラム」での講演の中で「戦う覚悟」に言及したことである。

現職の自民党副総裁訪台の意義、「戦う覚悟」に込められた真意はどこにあるのだろうか。

活発な日台国会議員の往来

日本政府と台湾当局との間に外交関係がないため、両者の間では基本的に日本の公益財団法人日本台湾交流協会(以下、日台交流協会。出先機関は日台交流協会台北事務所)と台湾の台湾日本関係協会(出先機関は駐日台北経済文化代表処)を通じて意思疎通が行われている。東京、台北、高雄で勤務する日台交流協会の職員の多くは、外務省や経済産業省など各省庁を休職・出向したメンバーである。それと同様に、東京や大阪などで勤務する台湾側職員も外交部や経済部等各部会から派遣されている。日台間の協定は、それぞれの政府の強力なサポートを受けた両協会が民間協定の体裁をとって署名している。

このように外交ルートが欠落している日台関係を補完するのが「議員外交」で、超党派の日華議員懇談会や自民党青年局など多くの日本の国会議員が訪台している。2022年12月には自民党の萩生田光一政調会長(10日)、世耕弘成参院幹事長ら自民党参院議員一行12人(28日)が相次いで台湾を訪問した。23年には、5月3日に「自民党熊本国会議員団」4人、5月4日に「自民党青年局訪問団」6人、同日「山東昭子参院議員訪問団」4人、7月3日「立憲・維新・国民超党派訪台団」11人、7月5日「日華議員懇談会訪台団」3人、7月19日「安倍昭恵氏一行」2人、8月2日「日本維新の会訪台団」8人、計38人の国会議員が総統府を訪れて蔡英文総統に対面している。

衆参両院正副議長の訪台はほぼない。僅かに2011年5月に衛藤征士郎衆院副議長が東日本大震災における台湾の日本支援に対して感謝するために訪台した例が見られる程度である。日本の各省庁の政務三役以上は訪台できないが、例外もあり、17年3月には総務副大臣が台湾に公務出張している。一方で、台湾閣僚の訪日は正副総統、行政院院長、外交部長、国防部長を除くと、比較的自由である。23年6月には29年ぶりに行政院副院長(鄭文燦氏)が訪日している。

基調講演登壇で「強固な日台関係を演出」

麻生氏の件を取り上げる前に、引き合いに出された約半世紀前に訪台した自民党副総裁、椎名悦三郎の事例を確認しよう。椎名は外相・自民党総務会長・通産相などを歴任していた人物だった。その椎名が党副総裁の地位に就いたのは1972年である。この当時、閣僚など政府の公職についていなかった椎名だが、自民党総裁でもある田中角栄首相に副総裁に指名されるまで、そのポストは2年近く空席であった。副総裁任命は訪台する椎名に「箔(はく)を付ける」意味があったと解釈できる。当時の日本は中華民国と国交を結んでいただけに、外相など閣僚を派遣することもできた。しかし、それをしなかったところに、中国との国交正常化に向けてシフトしていた田中内閣の考えが透けて見える。このような状況の下で、椎名は断交直前の厳しい雰囲気が待つ台湾に派遣されている。

それに対して、麻生氏の訪台(個人としては12年ぶり)は民進党政権から歓迎されている。麻生氏は国会議員だけでなく、現職の自民党副総裁(政権与党ナンバー2)であること加えて、首相経験者という経歴も持つ人物である。その点で、前述の現職衆院副議長や現職副大臣というレアケースを除き、日華断交以後の訪台国会議員の中で最も格上だとの評価は故なしとはしない。松野博一官房長官から「議員・政党の活動について、コメントすることは差し控えたい」との発言はあったものの、それは方便に過ぎない。日本側も大物副総裁である麻生氏の訪台の意味の大きさを十分に理解し、利用することを考えていたと思われる。

麻生氏が基調講演を行った「ケタガランフォーラム」は、外交部と国家安全局系列のシンクタンクである財団法人両岸交流遠景基金会が毎年共催する形で行われる、台湾では格式の高いインド太平洋安全保障関係の国際フォーラムと位置付けられている。2024年1月13日に総統・立法委員同時選挙を控えた民進党政権が、世界各国の要人や著名な研究者とともに自民党の現職副総裁を招き、基調講演を依頼することで、強固な日台関係を自然な形で演出する舞台として「ケタガランフォーラム」が選ばれたのである。

抑止力を効かせるための「戦う覚悟」

麻生氏の同フォーラムにおける基調講演でひときわ耳目を集めたのは「戦う覚悟」発言だった。もちろん「戦う覚悟」発言は台湾側から求められたものではなく、麻生氏側が独自に決定したわけだが、フォーラムがインド太平洋の安全保障をテーマにしたものだけに、日台関係と日本の政策が絡むものになることを台湾側は期待していたことだろう。他方、日本側も自らは表明しにくい台湾への明確なメッセージを、麻生氏を通じて発信することを狙う。その観点に立てば、麻生氏の基調講演原稿を官僚が公務として作成したと考えるのが自然である。

実際、麻生氏の基調講演は、「自由と繁栄の弧」、「自由で開かれたインド太平洋」という歴代のキーワードを手掛かりにして、台湾海峡の平和と安定の重要性、「戦略三文書」を題材に現下の日本が直面している安全保障の諸課題への対応、G7など国際会議における台湾問題への言及、経済安全保障の一環としてのCPTPPの役割と台湾がそれに加盟申請することへの歓迎の表明、台湾の講じたコロナ対策への称賛という流れで構成された完成度の高いものだった。基調講演の原稿は、命を受けた少数の外務官僚が作成した案を外務省、首相官邸が何重も入念にチェックを行い、麻生氏本人の修文を経て、自民党における麻生氏の唯一の上司(総裁)である岸田総理大臣の最終承認を得たと推測される。「戦う覚悟」は、事実上日本政府のメッセージだったと解釈できるのである。

では、「戦う覚悟」は文字通りの意味なのか。マスコミにはキャッチ―な単語として取り上げられたが、麻生氏は、必要な時は戦える能力と意思の双方があり、それを相手に伝えることで初めて「抑止力」が機能することを強調しつつ、「強い抑止力を機能させる覚悟が求められている」と述べた。言葉を続けて、それをさらに「戦う覚悟」と表現してみせたのである。抑止力を十分に機能させるために必要な作業の一環として、「戦う覚悟」を示すことの重要性を強調したのである。

「戦う覚悟」発言は日本国民と中国政府向け

台湾に対して「戦う覚悟」を持てと迫ったと捉えた者も中にはいるようだが、「戦う覚悟」発言は明らかに主として日本国民に、次に抑止すべき対象である中国政府に向けたものと映像を視聴した筆者は解釈した。日本国民の「台湾有事」に対する関心の高まり自体は歓迎すべきである。日頃からそれに対して思いを致していなければ、有事に際して冷静な判断は期待できないし、はなはだしい場合は思考停止に陥りかねないからである。また、「台湾有事」が勃発した際に、それが「日本有事」やそれに準じる事態に波及する可能性がないと断じる確証を得られない以上、日本はさまざまな想定を行って対応策を練っておく必要がある。日本人は、依然としてその二つの有事を繋いで考える心理的具体的な準備が遅れているように筆者には見える。

さて、仮に中国が台湾本島に本格的に侵攻を試みようとした場合、想定される戦争の規模と烈度は朝鮮戦争を超えるものとなるだろう。侵攻に失敗すれば中国共産党政権の崩壊に直結する危険性がある。ぎりぎりで侵攻を成功させて、台湾に親中政権を打ち立てたり、「一国二制度」を敷いて「台湾特別行政区行政長官」を置いたりしても、台湾が新疆やチベットを超える不安定な地域になっては、火種を内部に取り込むことに等しい。

中国人民解放軍の能力も依然として台湾本島侵攻には不足している。失敗の危険を冒してまで数年以内に台湾本島への侵攻を決断しなければならない差し迫った状況に中国共産党政権は置かれてはいない。だが、中国の台湾統一の方針に揺るぎがないことも、また事実である。そのベストな戦略は「戦わずして勝つ」であり、そのために「戦って勝てる軍隊」の建設に力を注いでいる。強い軍隊をつくるために習近平主席は実戦的な訓練・演習を中国人民解放軍に要求している。

台湾では藍白連合が崩壊した結果、民進党が有利に総統選挙戦を進めている。8年を超える民進党政権継続が視野に入りつつある今、中国人民解放軍の台湾攻撃を念頭に置いた訓練・演習は強化されるだろう。台湾の覚悟は潜水艦の自主建造、兵役の1年間への延長、予備役改革、全民国防教育などで示されている。台湾民衆の戦う覚悟も徐々に固められてきているという世論調査結果もでている。そのような中、日本が「戦う覚悟」を示すことで、台湾海峡の安全保障環境を少しでも安定的な方向に誘導し、戦いを遠ざける努力をすることが以前にもまして重要となっている。

【注】麻生太郎自民党副総裁の基調講演は以下のYouTubeで視聴できる。

「麻生太郎訪台開講! “凱達格蘭論壇—2023印太安全對話”君悅酒店舉行開幕儀式 總統蔡英文.林佳龍.吳釗燮等人出席|【直播回放】20230808|三立新聞台」

バナー写真:台湾の蔡英文総統(右)との会談であいさつする自民党の麻生太郎副総裁=2023年8月8日、台湾・台北市(時事)

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