60年超運転へ 岸田政権の原子力政策大転換 : 揺らぐ「推進」と「規制」の分離
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「可能な限り低減」から「最大限活用」へ
岸田文雄内閣は2023年2月10日、「GX(グリーン・トランスフォーメーション)実現に向けた基本方針」を閣議決定し、原子力政策を大転換した。
安倍晋三内閣、菅義偉内閣は、原子力発電所の再稼働は進めつつも、原発依存度を「可能な限り低減する」とし、原発の新増設やリプレース(建て替え)は現時点では想定していないとの立場をとってきた。
これに対しGX基本方針は、「エネルギー安全保障に寄与し、脱炭素効果の高い」原子力を「最大限活用する」とし、次世代革新炉(※1)の開発・建設に取り組み、まずは廃炉を決定した原発の敷地内での建て替えから進めていくことを明記した。
また、福島第1原発事故後、新規制基準に基づく審査や、裁判所からの仮処分命令などにより原発が停止していた期間を運転期間から除くことで、「原則40年、最長60年」と定められていた原発の寿命を延ばすことも決められた。この基本方針に基づく「GX脱炭素電源法」は、5月31日に成立する(※2)。
福島第1原発事故の傷は未だ癒えてはいない。最長40年とされた廃炉作業は、約880トンある燃料デブリの取り出しができず、完了の見通しが立たない。2023年になっても、7市町村にまたがる帰還困難区域の総面積は337平方キロメートルに及び、福島県からの避難者は2万6808人に上る(8月1日現在。福島県発表)。8月24日からは、地元漁業者の反対を押し切って、放射性物資のトリチウムを含むALPS処理水の海洋放出が開始された。原発の安全性への懸念が依然として強い中、なぜ原子力政策は転換されたのであろうか。
政策転換に慎重だった安倍・菅内閣
原発の発電コストは、バックエンド費用(使用済燃料再処理費用、放射性廃棄物処分費用、廃炉費用)や事故リスク対応費用、さらに建設費と安全対策費が福島第1原発事故後に大幅に上昇したことなどを勘案すると、低いとは言えない。しかし既存の原発については、燃料費だけを考えると発電コストは低く、電気料金の抑制につながる。また原発は、停止期間中も高い維持管理費がかかる。
このため電力会社、産業界、経済産業省は、新規制基準に基づく審査で停止した原発の再稼働を強く要請してきた。また安倍内閣のときから、発電コストの抑制や電力の安定供給、エネルギー自給率の向上、気候変動対策としての脱炭素化を理由に、今後も原発は必要だとして、原発の新増設をエネルギー基本計画に明記するよう求めてきた。原発が新設されなければ、原発に関わる専門人材や技術が失われていくからである(※3)。
しかし首相官邸は、内閣支持率への悪影響を危惧して、原発の新増設やリプレース(建て替え)は現時点では想定していないとの立場をとり続けた。朝日新聞の世論調査では、原発の再稼働に賛成が3割前後、反対が5~6割で推移するなど、世論は原発に厳しい目を向けてきたからである(※4)。
菅内閣も、この方針を踏襲する。菅首相は、脱原発派の河野太郎や小泉進次郎を閣僚に登用し、再生可能エネルギーの推進に力を入れた。岸田首相も、政権発足当初は原子力政策の転換に「そこまで意欲的ではなかった」という(※5)。岸田は自著で、「将来的には、洋上風力、地熱、太陽光など再生可能エネルギーを主力電源化し、原発への依存度は下げていくべきだというのが私の考えです」と記していた(※6)。
エネルギー価格高騰・円安が推進派の神風に
ところが、原発推進派に「神風」が吹く。エネルギー危機の到来である。2021年に入ると、欧米諸国では新型コロナウイルス感染症の影響が落ち着き、エネルギーの消費量が増えた。これに生産が追いつかず、エネルギー価格は上がり始める。消費も活発化し、物価が高騰したため、各国は利上げに踏み切る。それに対し日本は異次元緩和を続けたことから、円安が進み、円建てでの石油・天然ガス価格が一層上昇した。さらに2022年2月24日にロシアがウクライナへの軍事侵攻を開始したことで、資源の供給不安からエネルギー価格が急騰し、電気料金は大きく値上がりする。
他方、気候変動対策として脱炭素化が求められており、火力発電所の新規建設が進まず、効率の悪い老朽火力の廃止も相次いだ。このため、日本の電力供給力は低下し、2022年3月には東京電力管内と東北電力管内で「電力需給ひっ迫警報」が初めて出されるなど、大規模停電のリスクが高まった(※7)。
電気料金の値上がりと電力不足に直面して、世論も変化し始める。2022年2月の朝日新聞の世論調査では、原発再稼働への反対が5割を下回った(※8)。岸田首相の政務秘書官・嶋田隆は、経済産業省の元事務次官で、実質国有化後の東京電力の取締役も務めた。嶋田は秘書官就任直後に「リプレースには、この政権で手をつけてもいい」と語っていた(※9)。経済産業省内では「今決めるしかない」との声が広がり(※10)、岸田も、「古いものを使い続けるより、新しくした方がよい」と、原発の新増設、建て替えを推進するようになる(※11)。
2022年7月10日の参議院選挙に勝利し、衆議院の解散がなければ国政選挙がない「黄金の3年」を手に入れた岸田は、7月27日に「GX実行会議」の初会合を開き、原発の新増設や運転期間延長に動き出す。原発の運転期間延長や新規建設の効果が出るのは10年以上先のことで、現下のエネルギー危機の解決にはつながらない。しかし、それが錦の御旗として用いられたのである(※12)。
このように原子力政策の大転換は、もともと政策転換を図っていた産業界や電力会社、経済産業省が、エネルギー危機を利用して実現したものである。それでは、なぜ岸田は安倍や菅とは異なり、内閣支持率の低下につながりかねない原子力政策の転換に踏み切ったのであろうか。
「安倍さんもやれなかったことをやった」
岸田は首相就任以前から「やりたいことが見えない」と批判されていた。その岸田が2022年12月に、原子力政策の大転換に加えて、安保関連3文書を改定して敵基地攻撃能力(反撃能力)の保有を決めるという安全保障政策の大転換にも打って出た。
岸田は周囲に「俺は安倍さんもやれなかったことをやったんだ」と高揚感を隠しきれない様子で語っていたという。さらに岸田は、2023年1月4日の記者会見で、岸田政権の歴史的役割として、「これ以上先送りできない課題に正面から愚直に挑戦し、一つひとつ答えを出していく」と述べ、「異次元の少子化対策」を掲げた(※13)。
要するに岸田は、やりたいことがあって首相になったわけではなく、首相になることが目的であった。そこで「これ以上先送りできない」困難な課題に取り組み、政府・自民党内での評価を得て政権の求心力を高めることで、政権の長期化を図ろうとしていると考えられる。
核燃サイクルの破綻、最終処分場未定という難題
原子力政策の大転換には、多くの課題が指摘されている。原発の新規建設については、はたして現実的なのか、疑う声が多い。次世代革新炉の中では、欧州の最新型原発に取り入れられている革新軽水炉が有望視されているが、建設費は1兆円規模になると見られている。地域住民の反発も予想される。また、原発の運転期間の実質的延長については、設計の古さや設備の劣化に対して実効性のある安全規制が可能なのか、懸念の声が上がっている。
従来から原発を推進することには、六ヶ所村の使用済核燃料再処理工場の完成が見込めないなど、核燃料サイクル政策が破綻していることや、高レベル放射性廃棄物(核のごみ)の最終処分場が決まっていないことから、批判がなされており、こうした問題は解決されていない。また原発事故時の避難計画を策定できていない周辺自治体も多く、避難計画が策定されていたとしても、複合災害が発生した場合に住民の避難が本当に可能なのか、その実効性が疑われている。さらにロシアがウクライナの原発を攻撃して占拠したことから、原発が軍事攻撃やテロの標的になる可能性が現実味を帯びて指摘されるようになった(※14)。
原発の再稼働も十分には進んでいない。与党や経済界からは、審査が長期化していることについて、原子力規制委員会への不満の声が上がっている。だが、審査が長期化している原発は、自然条件が厳しい場所にあるものが多く、電力会社が災害時の原発の安全性を示せないことが、再稼働が進まない原因である。電力会社が提出した資料の間違いが指摘されることも多い(※15)。
揺らぐ推進と規制の分離
さらに問題なのは、運転期間の実質的延長の決定にあたり、原子力規制委員会の独立性に疑いが持たれたことである。2022年7月1日付で原子力規制委員会の事務局である原子力規制庁の長官、次長、原子力規制技監のトップ3全員が経済産業省出身者になり、経済産業省と原子力規制庁の蜜月は深まったように見える。その後のGX脱炭素電源法の策定過程では、原子力規制委員長への報告なしに、原子力規制庁と経済産業省資源エネルギー庁の担当者が、法改正の検討を重ねていたことが発覚している(※16)。
2023年2月13日に原子力規制委員会は、所管する原子炉等規制法から運転期間の規定を削除して経済産業省所管の電気事業法に移す法改正案を審議する。石渡明委員が「安全側への改変とは言えない」と反対する中、異例の多数決をとり、4対1で法改正案を了承した。ところが賛成した複数の委員からも、「外から定められた締めきりを守らねばならないという感じでせかされて議論してきた」「(60年超の審査手法など)重要な指摘が後回しになったのは違和感がある」といった不満の声が上がった。この決定は、法改正を急ぐ政府が原子力規制委員会に圧力をかけた結果と見られている(※17)。
岸田内閣は原子力を最大限活用するため、原発事故の教訓から採用された「推進と規制の分離」を揺るがしている。だが、これにより安全規制への信頼が損なわれれば、原発の活用はかえって困難になるであろう。
バナー写真 : 関西電力高浜原子力発電所。1号機は7月、2号機は9月にそれぞれ12年ぶりに再稼働した。1970年代に運転開始した古参で、既存原発の「60年超運転」の最初のケースとなる可能性がある(共同イメージズ)
(※1) ^ 次世代革新炉は、現在の軽水炉よりも安全性を高めた原子炉を指しており、革新軽水炉、小型軽水炉(SMR)、高速炉、高温ガス炉、核融合炉の5種類が想定されている。水野倫之・山崎淑行(2023)『徹底解説 エネルギー危機と原発回帰』NHK出版、20、38-42頁。
(※2) ^ 「GX脱炭素電源法」は、原子力規制法、電気事業法、原子炉等規制法、使用済燃料再処理法、再生可能エネルギー特別措置法を改正する束ね法である。
(※3) ^ 原発に関わる専門人材と技術の維持は、エネルギー安全保障の観点からも重要視されている。原発新設に慎重であった日米欧が、技術力を低下させ、世界の原子力市場での競争力を低下させているのに対し、ロシアと中国が原発輸出を進めることで、新興国での影響力を増している。このことを懸念して日米欧は、次世代原子炉の開発・建設により巻き返しを図っている。『日本経済新聞』2022年12月18日付朝刊、同2023年6月10日付朝刊。
(※4) ^ 『朝日新聞』2023年2月21日付朝刊。
(※5) ^ 『朝日新聞』2022年12月23日付朝刊
(※6) ^ 岸田文雄(2021)『岸田ビジョン 分断から協調へ』講談社、55-56頁。単行本は2020年9月に公刊されている。
(※7) ^ 水野・山崎(2023)、前掲書、4-5、17-19、24頁
(※8) ^ 2023年2月の朝日新聞世論調査では、賛成が51%、反対が42%と、初めて賛成が反対を上回る。原発の建て替えを進めることへの賛成は45%、反対は46%、運転開始から60年を超える原発の運転を認める政府の方針については、賛成45%、反対43%であった。『朝日新聞』2023年2月21日付朝刊
(※9) ^ 『朝日新聞』2022年12月23日付朝刊
(※10) ^ 『日本経済新聞』2023年1月23日付朝刊
(※11) ^ 『朝日新聞』2022年12月23日付朝刊
(※12) ^ 『朝日新聞』2022年12月23日付朝刊
(※13) ^ 『朝日新聞』2023年5月4日付朝刊
(※14) ^ 水野・山崎(2023)、前掲書、38-89頁、『朝日新聞』2022年9月16日付朝刊、同2022年11月29日付朝刊、同2022年12月23日付朝刊
(※15) ^ 『朝日新聞』2022年9月19日付朝刊、同2022年9月20日付朝刊、同2023年4月25日付朝刊。とりわけ東京電力柏崎刈羽原発については、2021年1月以降、テロ対策の不備が相次いで発覚し、4月14日に原子力規制委員会が、核燃料の移動を禁じる是正措置命令を出すなど、東京電力の原発事業者としての適格性が疑われている。『朝日新聞』2021年10月25日付朝刊、同2023年7月13日付朝刊。
(※16) ^ 『朝日新聞』2022年12月22日付朝刊、同2022年12月28日付朝刊、同2023年1月6日付朝刊、同2023年6月6日付朝刊、『毎日新聞』2022年12月28日付朝刊。
(※17) ^ 『朝日新聞』2023年2月14日付朝刊、同2023年2月16日付朝刊、同2023年3月14日付朝刊