米中の制裁合戦は世界の半導体産業の発展を根底から阻害しないか

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今年9月、世界有数の通信機器メーカー、中国・ファーウェイ(HUAWEI)社が、新型フラッグシップ・スマートフォン「Mate 60 Pro」を発表。このスマートフォンが線幅7ナノメートル(nm)の5Gチップを搭載していることに、米国の関係者は大きな衝撃を受けた。このような先端チップは、昨年10月7日に米国が発表した半導体チップの製品・技術の対中移転を禁止する規制(以下「10月7日規制」と呼ぶ)によって、中国は調達できなくなったはず、だったからだ。そればかりか、ファーウェイ社が進めているAI開発専用チップや関連ソフトも長足の進歩を遂げており、AI半導体で世界をリードする米ネヌビディア(NVIDIA)社との技術格差を縮めていることも明らかになった。

もくろみが外れた対中「半導体」規制

中国が先端半導体を入手・利用することを米国が異例の厳しさで禁圧しようとするのは、それら先端半導体、さらにはそれを用いたAI技術の発達が軍事的な安全保障を直接脅かすことを懸念しているからだ。

それだけに、米国は中国の半導体技術の進化が想像以上に速いことに危機感を覚えており、これらの中国製チップがなぜ製造できたのか、生産量やコストはどれくらいかを懸命に分析している(その一端を示すCSISの分析レポートを参照)。

このチップは、中国の半導体製造会社SMIC社が、最先端より一世代前で規制対象になっていない露光装置を使って製造しているとみられている。工程を工夫することにより、生産歩留まりなど経済性で劣っても7ナノ級のチップを製造できたようだ。

半導体チップの製造には、露光以外にも薄膜形成、エッチング、イオン注入などの工程を担う多くの製造装置が必要だが、西側メーカーが中国に販売を続けている規制対象外の製造装置は、7ナノ級のチップにも使えるという。

一方、このチップの設計に米国企業が販売した設計ツールが使われていることは疑いないと言われる。米国の規制強化によって中国企業向けのライセンスは既に失効しているはずだが、今なお利用されているとみられる。

米シンクタンクCSIS(戦略国際問題研究所)のレポートによると、中国のチップメーカーは10月7日規制によって当初大打撃を受けたものの、多額の政府補助金、規制前に駆け込み調達した米国の製品・技術、日本やオランダなどの製造装置・部品の調達、中国地場企業の技術レベル向上などの要因により、勢いを回復させているとする。

同レポートはさらに、10月7日規制が米側のもくろみ通りに中国の技術レベル向上を防げなかった原因を分析して、

  1. これまでの規制に猶予期間が設けられたことが中国企業に大量の駆け込み輸入を許し、日本やオランダが米国に同調した規制を導入するのに時間がかかりすぎた。
  2. 規制対象製品・技術をダミー会社名義などによって輸入する道を封じきれておらず、規制対象外の装置を使っても規制対象製品が製造されてしまうなど、10月7日規制にも抜け道が残っている(西側企業も、そうと知りながら輸出している疑いがある)。
  3. 上記2の手段による製品・技術の入手を察知できるインテリジェンス能力が不十分

──などを挙げて、対策強化を求めている。

ファーウェイ「Mate 60 Pro」は、普及型スマートフォンとして世界で初めて衛星電話に対応。地上ネットワークの電波がなくても、ユーザーは衛星電話で通話ができるという(CFOTO/Sipa USA via Reuters Connect)
ファーウェイ「Mate 60 Pro」は、普及型スマートフォンとして世界で初めて衛星電話に対応。地上ネットワークの電波がなくても、ユーザーは衛星電話で通話ができるという(CFOTO/Sipa USA via Reuters Connect)

米国の政策が抱える数々の問題点

同レポートを読むと、「中国の技術進歩を止められていない」という切迫感が伝わってくるが、同時に、米国の政策がはらむ根本的な問題点も浮き彫りにしている。

第一は、米国の規制こそ中国の技術進歩を加速させる最大のドライバーだというパラドックスだ。

中国にとってのゴールは米国技術を盗用・模倣することではなく、米国に依存しない自前技術の確立である。中国はこれまでも「製造2025」(中国政府が2015年5月に発表した、中国における今後10年間の製造業発展計画)で半導体産業の育成に注力してきたが、米国が規制を強化して以降、この政策に拍車がかかった。特許や論文から中国の技術進歩の度合いを分析する専門家も、米国の輸出禁止措置以降は、中国の技術進歩が加速していると警告している。

第二は、レポートが「関連規制(とくに日本、オランダ、韓国など同志国の追随)は実施が遅く、猶予期間を設けるなど内容も手ぬるい」と不満を表明している点だ。

「安全保障上の問題がある」からと言って、これまで西側の半導体関連業界が重要な収益源としてきた中国市場を放棄させるような措置を、一晩で導入することはできない。われわれは専制主義国家ではない以上、そこでは説得や調整のプロセスが不可欠であり、猶予期間は企業に収益源を諦めさせる条件として設けられたものだ。まして、第三国が米国の規制に同調するのにさらに時間がかかるのは致し方ないことだ。

それを「時間がかかりすぎだ」と言われれば、「中国の軍事的脅威が増大している、との懸念を日本が幾度も伝えてきたのに、2014、15年頃まで取り合おうとしなかった米国がそれを言うか」と言いたくなる。

第三は、この種の規制はもともと完璧な効果など期待できないということだ。

米国は10月7日規制の導入にあたって「スモールヤード・ハイフェンス」を標榜(ひょうぼう)した。経済的な利益も勘案して、安全保障に直結するような技術・製品の範囲は狭く限定する(「スモールヤード」)一方、囲いの内側に入った技術・製品を中国が入手することは可能なかぎり防ぐ(「ハイフェンス」)という意味だ。

しかし、規制対象外の装置を使っても規制対象製品が製造されてしまう事実は、標語の実行が口で言うほど易しくはないことを物語る。中国の進歩が予想以上に速いから囲いを広げるというのでは、西側関連業界は不安定な立場に置かれてしまう。

結局のところ、中国の技術進歩を止めることはもともとできないことを踏まえた上で、われわれの側の技術進歩のスピードを加速させて、彼我の技術ギャップが縮まらないように努力するしかないのだ。

大切なのは「ムーアの法則」の維持

実はわれわれの政策は、中国をスローダウンさせることに十分成功していないだけでなく、われわれの側がスピードアップする点でも問題を抱えているのではないか。

半導体技術の進歩を象徴する「ムーアの法則」は有名だ。インテルの共同創業者ゴードン・ムーア氏が1965年に指摘した経験則であり、「半導体回路の集積密度は1年半~2年で2倍となる」というものだ。

この集積度は、いまや最先端のチップの上に数百億個のトランジスタが搭載されるところまで来ているが、近年の集積度向上を支えてきた大きなドライバーは、先端チップの供給で圧倒的な地位を占める台湾TSMC社などの豊富な収益だったと言えるだろう。

経済安全保障が叫ばれるようになって以降は、米・日・欧が半導体チップを自国内で生産・供給できるようにする「産業政策」を相次いで始めているが、これが半導体工場の乱立、過剰供給をもたらす恐れはないのか。

また、中国も安全保障を理由とする米国の中国製品締め出しに対抗して、アップル社のiphoneの国内での利用を制限し始めている。今後、ファーウェイ社のハイエンドスマートフォンが販売を伸ばして、中国でiphoneの売れ行きが伸びなくなれば、その分TSMC社の先端チップの売れ行きも鈍る。

こうして半導体産業の収益が損なわれれば、ムーアの法則に従った集積度の向上、技術進歩のスピードも鈍り、中国との技術ギャップが縮まってしまうだろう。

もう一つの懸念は、中国が西側同志国による先端チップ封鎖に反撃するために、数世代前の技術で生産される、いわゆる「レガシー・チップ」で世界市場を席巻しようと考えているらしい、ということだ。

家電や自動車には膨大な数のレガシー・チップが使われている。スマートフォン上級機種の中身を見ても、最先端チップはわずか1~2個、残りの数十のチップはレガシー・チップだ。

つまり、半導体メーカーの売上のボリュームゾーンはレガシー・チップなのだ。その市場を多額の補助金で支援された安価な中国製に席巻されると、ムーアの法則を維持することがいよいよ難しくなるばかりか、少数の例外を除いて西側半導体企業の生存そのものが危うくなるだろう。

半導体を巡る米中の桎梏(しっこく)は、半導体に関する技術や産業の発展を根底から阻害する結果を生む恐れがある。10年後、われわれが「政府が補助金や規制によって経済に直接介入する産業政策は、ろくな結果を生まない」という過去の経験則を、苦い思いで再確認することにならないように望む。

バナー写真:ファーウェイの新型スマートフォン「Mate 60 Pro」は、上海、北京、深センなどのファーウェイ直営店で販売が開始され、爆発的な人気を見せている(CFOTO/Sipa USA via Reuters Connect)

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